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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第六章――I wanted to die with you.
55/81

54――病・乙

「――貴方達にも、愛を与えてあげる。さあ、早く始めよう?」


 バトンでも扱うような鎌捌きは、少女の余裕の表れか。

 その朱い眼から殺気は感じない。無邪気な少女のような笑顔から見えるのは、これから起こることに対する期待感。これから殺し合いをするのだという雰囲気には全く見て取れない。

 だが間違いなく、この惨劇はあの少女が引き起こしたものだ。

 むせ返る血の湿気を纏った死神の少女。


「――みなサン! 先ほど言ったようにお願いします!」


 バイオレットの掛け声が終わる前に、ピアニーがまるで弾丸のような速度で死神姫に突っ込んだ。

 鉄骨すら一撃で破壊できそうなその拳を、死神姫は真正面から受けた。


「嘘だろ……!?」


 なんの抵抗もなく拳は死神姫の鳩尾を抉ったが、狂気の宿った無邪気な笑顔は動かない。

 ピアニーの一撃は凄まじい衝撃を生み烈風が吹き荒れる。

 憎悪に燃える復讐者は間髪入れず抜き手を死神姫の首元に突き入れる。休まず何度も人間の急所を狙うもそれら全て、死神姫は防御も一切せずに受け止めた。

 だが一切、ダメージを感じさせない。


「痛い……いたいいたいいたい、すごく痛いよぉ。でも、でもね、久しぶりに嬉しいんだ。だってこんなに積極的にわたしを愛してくれた人は久しぶりだから!」

「……っ、訳の分からないことをッ!!」


 死神姫が動いた。

 刃に歪なかえしがついた大ぶりの鎌、血に染まった死神の得物が風を切り襲い掛かる。目で追えない素早い斬撃。

 ピアニーは刃の側面を叩くことでそれら全てをいなしていた。

 だが死神姫の猛攻は怪物染みている。狂ったように、人ではなく物に打ち付けるように鎌を振り回す。やがて刃はピアニーの脇腹を切り裂き――


「――? なんで、血が出ないのかな?」


 死神姫も驚いたような声を出す。

 その隙を逃さず俺は斬りかかる。当てるつもりは最初からない。傷を受けることを厭わなかった死神姫は後ろに避けた。

 それでいい。

 そこにはマルメロが構えている――!


「――"Kaioo"!!」


 詠唱が紡ぐ魔法陣から火炎の柱が業火を撒き散らし吹き上がる。

 空気を叩きつけ、爆風に煽られ俺達は顔を抑える。

 生物を一瞬で焼却する炎に包まれて無事なはずがない。死神姫がどれほどの再生能力を持つのかは分からないが、アズダハと同じく焼き切ってしまえば問題ない。

 これで死神姫は――


「熱い熱い、熱いねぇ。こんな熱帯の島で焚火するなんて奇特な人達」

「マジで!? 最大出力だったのに!!」

「我々が思っていたより数段上の怪物のようじゃな……」


 煤をかぶってはいたが、火傷の痕すら存在しなかった。

 まるで軽い火事の現場から逃げ出したくらいの、とても火の海の中心で焼かれた生物とは思えない。

 不死身か……?


 炎から這い出る死神に臆さずピアニーが再び殴り掛かるが跳躍し回避、俺達の背後にいる山茶花に、再びターゲットを向けた。

 ここからじゃ間に合わない――音速を越えた速度を以て死神姫はその凶刃を山茶花の首筋に宛がおうと振り上げる。人間離れした速度、バルサミナも反応したが距離的に間に合わない。

 絶望が見えた。

 山茶花が死ぬ。

 あと数秒後には、胴と切り離された山茶花の頭が血の海に転がって――だが、その柔らかい首筋は刃を通さなかった。


「――”災厄の箱”は再び開かれマシタ」


 バイオレットが静かにそう告げた。

 |鎧の一部、首元を守る部分ネックアーマーが甲高い音を立てた。

 まるで、山茶花が受けるはずだった傷をその鎧が肩代わりしたかのように。

 死神姫は驚愕からか硬直している。


「ダウニーサン!」

「”Cheiristeite”なの!!」


 死神姫の足元の土が隆起し、骸骨の手が何本も這い出ると足首から太腿までを固定する。

 背後から殴り掛かるピアニーに、死神姫は反応し鎌を持つ手を動かすが、ルピナスに手元を撃たれ得物を落とす。

 完全にチェックメイトだ。

 ピアニーの右拳は肉を突き破り、死神姫の心臓をぶち抜いた。

 水風船が割れるように胸から漏れ出すドス黒い流血。

 だがまだ死神姫は動く。手元から離れたはずの鎌が塵の粒子となり、その手元へ戻り再び鎌の形を形成する。


「無駄なの。もう体は動かないの」


 そう、ダウニーの使うネクロマンシー”|Cheiristeiteキリスティーテ”は死体を操る死霊術。そして、ダウニー及びダウニーの所有物が傷付けたモノも操ることができる。死神姫は胸に大穴を開けた状態で最後の抵抗をすることもできずに死ぬ、


「痛い……」


 はずだった。


「すごく痛い……これが、貴方達の『愛』なんだね。嬉しいよ。こんなに嬉しい気持ちは久しぶり」


 笑っていた。

 本当に久しく喜んだような表情で、死神姫は笑っていた。


「本当に不死身なのかこいつは……!?」


 ピアニーが悲痛の声を上げる。

 ここまでやって、なお殺せない存在をどうやって倒せばいいんだ?


「まだ大丈夫だよねぇ……? まだできるよね? まだ愛してくれるよねェ!!」


 死神姫の周囲に重力が収束していく。

 漆黒の帳のようなオーラが胸の傷口から漏れ出している。周囲の空気が一変し、肌が痺れるような感覚がする。


「……逃げるぞ」


 バルサミナが冷静にそう告げる。

 どう考えても何かやろうとしている死神姫の手前、このままそれを待っていてもどうもならないだろう。確かに一旦退くのが得策か。


「クソッ!!」


 苦虫を嚙み潰したように吐き捨てるピアニー。

 あれだけゼレーネに対する憎しみが強かったのだ。仇を仕留めきれないとなるとその心情は計り知れない。


「逃げるっつってもどこに逃げるんだよ!?」

「……分散して逃げるぞ。固まっても袋の鼠、獰猛な猫の餌食だ。鬼灯はピアニー達と行け」

「お、おい!?」


 有無を言わさずバルサミナに尻を蹴られピアニーとバイオレット、山茶花がいる所へ吹っ飛ばされる。ここまで来るとバルサミナの言う通り行くしかない。

 動きを止めている間に、俺とピアニー、バイオレット、ダウニーは死神姫を置いて森の中に逃げ込んだ。

 待てよ、山茶花はどこだ!?


「サザンカサンなら、バルサミナサンが運んで行きましたヨ?」

「なんでアイツ……!」


 確か、俺がバルサミナに吹っ飛ばされた所にいたはずなのに、わざわざ山茶花を俺から遠ざけたのか? なんの目的で?

 森を駆け抜けながら、つまらなさそうにピアニーが言った。


「ずっとサザンカサザンカと、助けようとしていたのを見かねたんだろ」

「っ……」


 確かにそれはそうだが……まあ、相手が相手だ。バルサミナなりの気遣いだろう。

 バルサミナやマルメロと一緒なら安心だし、山茶花自身も治癒魔術を使える。無理に心配しても無駄な心労を生むだけだ。深く考えないようにしよう。


 密林を少し進むと、湖がある開けた場所に出た。

 焚火の跡があるから、以前にもここで誰かが野宿でもしたのだろう。


「ここで一旦休みまショウ」

「あたしは向こうで水を汲んでくる。ホーズキはダウニーと火を起こしとけ」

「分かった」


 ピアニーに言われて、俺達はそれっぽい木を拾ってくる。

 火なんて起こしたことはなかったが、ダウニーが操る骸骨がやってくれた。万能だな、骸骨。


 空はすっかり暗くなっている。

 熱帯の地域とは言え、夜は肌寒い。気を抜いているとすぐに体の体温を奪われている。

 俺達は焚火を囲んで暖を取っていた。

 あの時は咄嗟に散らばって逃げたが、本当に良かったのだろうか。あの死神姫はどこか山茶花を執拗に狙っている節があった。山茶花はあっち側にいる。


「心配デスか?」

「分かりましたか」

「顔に書いてマス」


 そんなに顔に出てたのか……今まで気にしてなかったが、表情でも皆に気を遣わせていたかもしれない。

 バイオレットは変わらぬ明るい笑顔で俺に言った。


「安心してくだサイ。ミーのパラディンとしての能力が彼女を守ってマスから」

「パラディンの能力?」

「ハイ! さっきも何度か使ってましたが、ミーは対象の人間の傷、痛みを肩代わりできるんデス。だからピアニーやサザンカサンが切りつけられても、無傷だったワケです」


 そういうことだったのか。

 そして、鎧を着ているからバイオレット自身も守られている、と。

 

「すげぇ……! 無敵じゃないですか!」

「当たり前だが、自分を守る物を突き破る強さのものは体にダメージがいくからな」


 やっぱりそうか……となると、やはりバイオレットに任せきりにはできないという事か。

 他者の傷を全て背負うということは、俺が考えているよりも遥かに辛く恐ろしいことのはずだ。バイオレットはいつも笑っているし、戦っている時も不安そうな表情は全く見せなかったが、怖くはないのだろうか? いや、怖いのは当たり前なのは分かっている。分かってはいるが、もし恐怖をなくす方法があるのなら、それを知りたい。

 山茶花の為にできることはなんでもしたい。


「バイオレットさんは……こ――

「捕ったの!!」

「おうぇ!? いきなりどうしたんだダウニー!? 今までずっと黙ってると思ったら……は!?」


 ダウニーはずるずると、何か巨大なものを引きずってこちらへ近づいて来る。

 土を捲り上げるほど巨大で重量なソレは、異様な生臭さを放っている。まるで……動物、というか、動物なのかこれは。

 火の明かりが届くところまで近づくとそれが何かはっきりと見えた。


「ダウニーお前……イノシシ狩ってきたのか? つーかなんで」

「そうなの! 一向にご飯を食べる雰囲気にならなかったから自分で獲ってきたの!」


 そのガッツポーズは力強い。

 表情は分からないが、ダウニーの横に佇む骸骨も心なしか手応えを感じていそうだ。

 流石のピアニーとバイオレットもダウニーのこの行動には驚いているようで。

 というかまた、イノシシという俺の世界の言葉が通じたぞ……?


「お前やるな! ちょっとトロそうな奴だとは思ってたがこんなにアグレッシブだったとはな。早速焼いて食おうぜ!」

「今捌くからちょっと待ってるの。サバイバルは慣れてるから任せてなの!」


 そう言えば、ダウニーは行方不明の親友を探してゼレノイドをずっと追っていたんだったな。

 その道のりで身に着けたものなのだろう。

 それはいい……それはいいんだが、どう考えても生臭いだろ!!


「なんだホーズキ。微妙な顔してんな。まさか野生動物は臭くて食えないとか抜かすんじゃねぇだろうな?」

「そんなことは……そんなことは割とある!」

「いつでも暖かくて美味しいメシが食えると思ったら大間違いだぞ。これから何度でもこんなことはあるんだから、慣れとけ」

「くっ……絶対胃に残る……」

「胃薬ならありますヨ」


 と、そんな俺を見かねてかダウニーが笑顔で言った。

 その厚着の胸ポケットから小瓶を取り出した。


「調味料くらいならいつも持ち歩いてるから安心してなの」

「おお……! 流石ダウニー!」

「ふふん。ボクがただ食べるだけのウドの大木だと思ったら大間違いなの。食を知る者は食に通ずるの」


 そんな訳でダウニーが作った即席イノシシの炙り焼きをご馳走になった。

 やはりまだ生臭くはあったが、その生臭さを旨味だと思わせるダウニーの手腕には感服する。ピアニーとバイオレットもうんうんと唸っていた。


 腹がいっぱいになった俺は少し胃を休める為に三人から離れた場所で、木に背もたれて帳の落ちた空を見る。

 光が少ないこの場所は、やはり星がよく見えた。

 そして大きな月も。


 いまもこの月を、山茶花達は同じように見ているのだろうか。

 この、どんなことが起きても自分が思う様にしか表情を変えない、自分勝手な空色は。


「詩的ですね」

「――誰だっ! って、シクラか」


 もう少しで刃が首根っこを掻っ切るところだった寸前で止まった。

 いつもと変わらず目尻に涙を浮かべてオロオロしている。

 小動物のようで非常に可愛い。


「ふぇぇ……酷いですよぅ。ずっとホーズキさんの傍にいました……」

「いたか……?」


 思い出してみても、全くシクラが俺と一緒にいた記憶がない。

 天空都市レイピテルからエリシオニアに戻って、ネルセットに帰って寮で寝て……バレンタインでひと悶着あったがその時にもいなかったはずだ。

 よく見ると天使の翼と輪っかがついたシクラの体はちょっと半透明だった。


「そ、存在感が薄いとか、そういうのじゃないですからね! 今のわたしは、ホーズキさんにしか見えないようになってるんです」

「なんで?」

「だ、だってわたし、『天使』ですから。皆さん着いていくとは言っても、本来は天使が下界で好きに歩いてはいけませんから。例外なんです、ホーズキさんに対するわたしは」

「俺達に着いて来るのは、守護天使としてと言ったよな?」

「は、はい……」


 あの時は二つ返事で受け入れてしまったが、例外と言うほどなのだから何か他に理由があるはずだ。

 本来のルールを犯してまで、あのよく喋る天使が俺達に着いて来させたのだから。

 だが、シクラは苦い顔をするだけで答えようとしない。

 何かを隠している顔だった。嘘を吐いている時の山茶花によく似ている。


「まあいいや」

「い、いいんですか?」

「言いたくないなら別にいい。言いたい時に言えよ。今はまだその時じゃないとか、そういう感じだろ?」


 この世界を俯瞰している天使なのだ。

 きっと、世界の維持、その根幹に関わる秘密があったりなかったりするのだろう。わざわざ言い渋るのだから、それだけのことはあってくれないと困る。


「……分かってないです」

「シクラ……?」

「ホーズキさんは何も分かってないです。でもいいんです。ええ、今は話せません。これからも話せないかもしれません。それでも、待っていてくれますか? いつか話せる日が来るまで」


 少女に射す影は月の明かりによるものだった。

 一筋の涙を流す笑顔の中には、俺の見えない延々と深く下まで広がるブラックボックスが存在していた。今の俺には、絶対に触れることのできない領域。

 シクラ自身が、今は話せないと言った、ソレ。


「シクラ俺は――


 何故いつも、誰かが俺の会話を遮るのか、これは何か外から大きな力が働いているのではないかと、疑っても許されるだろう。


「――み ぃ つ け た」


 月光の色彩は見事に塗りつぶされた。

 そこには二つの(アカ)――俺を射抜く死神の瞳だった。

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