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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第六章――I wanted to die with you.
54/81

53――病・丙

「着いたー!!」


 船から降りると、そこはジャングルだった。

 生い茂った森なら、以前天空都市で見たが、この森は一切手入れがされていない本当の密林。

 人が歩くことなんて最初から想定されていない獣道だった。


「マルメロさん、海に来たみたいなテンションで行ってもここは森ですよ」

「分かってるよう。少しでもこのジメジメした空気を払いたくてさ」

「確かに、まだ少ししか経ってないのに汗ばんできましたね……」


 山茶花が汗ばんでいる……いやいやいいや、何を考えているんだ俺は。そんなことよりもまず、ジムナスターが言っていた人達を見つけないと。

 とは言えここは森、ちゃんとした港があったエリシオニアとは違い船着き場は閑散としており、停船させる以外の用途が全くない場所だった。人すらいない。本当にここが国なのかどうかすら疑いたくなる。

 と、バルサミナが森とは反対側を指さした。


「……あそこに小屋がある。地図的には、アレが休憩所のようなものだろう」

「本当に小屋だな」


 それは木造の小屋だったが、外から見ても分かるほどに小さい。

 俺達全員が入ると窮屈になるくらいには小さい。

 まあ、とりあえず行ってみるか。


「……警戒は怠るな。山茶花とマルメロはいつでも魔術が使えるように準備しておけ」


 バルサミナの言葉に二人は首肯する。

 俺も周囲に気を配りながら小屋に近付いていく。周りは森だ。薄暗く、人の目が届かない鬱蒼とした森。

 俺達が訪れたペルリード大陸は南半球にある巨大な大陸だ。昔からゼレーネの出現や、それによる被害が多いらしく、好きでここに近付く者は少ない。

 これから向かう『ゲルダン』は村が集まってできた小国。土地神への信仰が強く、たとえゼレーネが頻繁に現れる地であっても国を出る者は少ないらしい。


「……敵意は感じない。気配は二人感じる。恐らくジムナスターとかが言っていた奴らだろう」

「よし、じゃあ入るぞ」


 木の扉を開けると、以外と外寄りは涼しかった。

 元世界で言う扇風機的なものが三台くらい、最大出力で回っているところを見ると相当暑かったのだろう。


「ユー達がナーシセスの言ってた方々デスネ?」

「はい。てことは二人が……」

「ハイ! ミーはバイオレット、デス! ヨロシクお願いしますネ」


 バイオレットは金髪少女で、瞳は碧と翠のオッドアイだ。

 すごい片言だな……しかもゴツくて重たそうな鎧を着ており、動く度に鉄がこすれる音がしている。

 特徴的なのはその笑顔だ。ダウニーの、のほほんとしたものとはまた違った元気な笑顔。そんな笑顔で見つめられるとかなり照れる。


「ピアニー、来ましたヨ」

「ん……ああ、分かってるよバイオレット」


 もう一人は堅そうな長椅子の上で仮眠していたポニーテールの少女。

 バイオレットに呼ばれ、体を伸ばしながら俺の前に立つ。思っていたよりも背が高く、女性のものとは思えない引き締まった体は威圧感さえ感じる。そして汗の混じったいい匂いがする。


「あたしはピアニーだ。よろしくな。見ての通り殴ることしか能がない、そこんところ分かった上で共に戦ってくれ。アンタ等のことはよく聞いてる、期待してるぜ」

「ああ、任せてくれ」


 差し出された右手を強く握り返した。

 その直後嫌な予感がして手を引き戻そうとしたが間に合わなかった!


「痛い! ちょ、待って!」


 こういう感じの人は得てして握手をすると手を死ぬほど強く握ってくる。

 ピアニーも例外ではなかった!

 以前の俺なら折れていたに違いない。


「おお、耐えたか。これはやっぱり期待できるな! じゃあ早速行こうか」


 そう言ってさっさと外に出てしまうピアニー。

 その奔放さに意外さをを感じていたのは言うまでもない。

 ジムナスターは頭が堅く融通が利かない奴がいる、と言っていた。バイオレットもそんな雰囲気は全くしないし、言っていた人は来ていないということか。


「……なんだ。またあたしで変なこと考えたな」

「いや別に何も考えてないです」

「……まあいい。でも」


 バルサミナは、他に聞こえないように俺に耳打ちした。


「あのピアニーとか言う女は気を付けろ。何に、というのはまだ分からないが、とにかく警戒心は消すな」

「分かった。バルサミナがそう言うなら」




「ハイ! ミーは『パラディン』デスから、皆さんをお守りしますヨ!」


 俺達は森の中を歩きながらバイオレットと話していた。

 パラディンか。イメージ通りの重装備だしなんかそれっぽいな。

 だがそれだと山茶花と被ってるような気が……まあ山茶花は確か『ヒーラー』だったしな。また別か。


「……それはいいが、作戦はどうする。あたし達だけならともかく、お前達とはこれが初めてだ」

「ウーン、そうデスね。もし道中にゼレーネが現れた場合は、ピアニーとマルメロサンに任せまショウ。マルメロさんもすごい火力なんデスよネ?」

「特攻なら任せて!」


 トリッキーな魔術も得意な天才だが、やはりマルメロと言えば白蛇のゼレーネ〈アズダハ〉との戦闘時に見せたあの凄まじい火炎の印象が強い。

 ピアニーはどうやら『モンク』らしく、今まで幾度もゼレーネを屠ってきたゼレーネ殺しのスペシャリストらしい。


「それ以外――最優先駆除対象である死神姫に遭遇した場合も、前線はこの二人を中心に、ホーズキサンとバルサミナサン、ルピナスサンがその補助、ミーが守りますので、傷を負った者を適宜サザンカサンが回復してくだサイ。基本はこれで、後は臨機応変に」

「分かりました。なんかバイオレットさん、司令塔みたいですね。指示も的確だし迷いがないし」

「ありがとうございマス。慣れてマスから。ピアニーは誰かに言われないと勝手に戦闘を始めてしまうので、指示する人間がいないと大変デス」

「あはは……なんとなく分かります」


 今もピアニーは我先にとどんどん進んでしまっている。

 速足で歩かないと追いつけないくらいだ。

 足場は草だらけだし、大木の根っこで段差だらけだし歩きにくいったらありゃしない。さっきマルメロもこけていた。


「時にバイオレットよ、臨機応変にとは言ったが、具体的には考えているのか? ダウニーが余っとるし」


 確かにルピナスの言う通りだ。

 ダウニーに役割がない。


「ダウニーさんはいざという時まで待機してもらいマス。傷付けたモノを数秒間操ったり、死体を操るネクロマンシーは強力ですが、替えが訊かないので」

「なんでもいいからお腹空いたの」

「ダウニー……しょうがねぇな。こんなこともあろうかと持ってきた肉まんやるよ」


 船の中で買った肉まんが入った袋を差し出す。

 今回はちゃんとバルサミナに毒味してもらっているので安心だ。

 というか、船の中で散々食ってたのにまだ食欲があるのか……食べる姿が可愛いのであげてしまうジレンマをなんとかしなければいけないな。


「死神姫は非常に戦闘に長けていマス。運よく生き残った者によると、その戦闘スタイルは防御を一切鑑みない徹底的なインファイト。加えて動きに無駄がなく身のこなしも軽いので隙も掴みどころもない。鎌による変幻自在の斬撃はリーチを読みにくく気が付けば被弾していることもしばしば……なので、被弾した者はすぐに後ろに下がってくだサイ。要はローテーションデス」

「なるほどな。下がった者はサザンカが治療しまた入れ替わる……と。我の出番は薄そうじゃな……もっと撃ちたかったが」


 流れ弾が怖いです。


「……ふん。前衛ならあたしに任せておけばいいものを」


 お前は忍者だろ。

 こう見ると我が道を行く奴ばっかりじゃねぇか! 確かに優秀な統率者は必要だな。俺では頼りないし。


「わたしは、とてもいい作戦だと思います」

「山茶花は偉いな~頭撫ででやるぞ~」

「ちょっとおにーちゃんっ、皆の前なのに……もう」


 なんでバルサミナはそんなに俺を睨んでるんだ……まさか嫉妬――


「……ああ? 何か言ったか? 死ぬか?」

「いいえ何も!」

「仲が良いですね皆サンは。ナーシセス達とはまた違った賑やかさデス。彼女達も集まるとうるさいデスからねぇ。それが楽しいのデスけど」

「おーい! 見えたぞ村が!」


 さっきから顔に当たっているシダ植物で見えないが、遠くでピアニーがそう言っているのが聞こえた。

 もうすぐ、その問題の村に着く。

 残虐非道にして目の前の命全てを刈り取る不当な死神の少女――『死神姫(グリムリーパー)』と呼ばれるソレともうすぐ相対する。

 自然と体に力が入る。


「……震えてるぞ」

「武者震いだ。動けないよりはいいだろ」


 冗談を言えるくらいの心の余裕はある。

 大丈夫だ。自信を持て。俺ならできる。


 森を抜けた。


「――これは」


 そこにあったのはこの世の地獄だった。

 最初に感じたのは汗ばんだ肌を撫でる生暖かい風に交じった鼻をつく鉄の臭い。後に続いて酷い腐臭が五感を殺そうとする。

 目を凝らして見ると、辺り一面に死体が転がっていた。

 腐肉に群がる虫の羽音がうっとうしい。

 かなり時間が経っているのだろう。ほとんどの死体が腐っていた。血は黄色く変色し、蛆が沸いているのが鮮明に見える。


「……っ、山茶花」

「わたし、逃げません。進みます」


 声も足も震えていた。

 だが山茶花はこう言った。なら止める必要はどこにもない。

 俺も意を決して足を踏み入れた。


「これは酷い有様デスネ……」


 まるで死体の展覧会だった。

 ただ死んでいるだけじゃない、死因はともかく同じような姿の死体は一つもない。どれも一工夫凝らしたような、言い方は変だがユニークなものばかりだった。

 五体全てと下顎から上を失ったまま磔にされた死体、引き千切られた腕を喉に突き刺され窒息死した少女、誰のものか分からない引きずり出された腸で首を絞められた死体。挙げればキリがない。

 それら全てに殺した者の意図を感じるようで、気持ち悪さが一層増した。こんなことができる人間の思考が尋常であるはずがない。

 こんな場所にずっといては、俺まで頭がおかしくなりそうだった。


 ピアニーがふと足を止める。

 誰かの返り血でも浴びたのか、べっとりと乾いた血が付いた壁の一軒家があった。おもむろにそこへ入る。


「惨いのう。これでは誰も行きたがらないのも頷ける。さっきから頭が痛い」

「とても……人間にできることじゃないよね……」


 ルピナスの言葉にマルメロがそう答える。

 人間ができることじゃない……ゼレノイドは人間ではないのだから、ある意味ではそれも当たり前だろう。


「ゼレーネも現れてたんだよな?」

「そうみたいじゃが、例えば犬や蛇のゼレーネが、こんな彫刻でも彫るような死体を作れるとは思えん。明らかに人、いや、人に近い脳を持った者によるものじゃろう」

「やっぱりゼレノイドはゼレーネと変わらないのかな……」


 彼等にもきっと人の心があるはずだと感じていた。

 ユウガオが俺をゼレノイド化させようとした動機、クロッカスの悲痛な叫び――あれら全て、人間的な感情が籠っているのは見るに明らかだった。

 死体には人一倍に思うところがあるのか、腐臭など全く気にせず一つ一つ、肉片の一片までを調べていたダウニーも口を開いた。


「ゼレノイド化にも程度があると思うの。ゼレーネ細胞に反応した『強い意志』、これの歪み具合がゼレノイド化した際の思考の形成に強く影響していると考えてるの」

「となると、『死神姫』とは元から相当ヤバい奴だったということじゃな。どちらにせよ救いようはなさそうじゃ」

「でも……少しでも可能性があるなら、元が人間である限り殺したくはない。アイツきっと話せば分かるかも――


 言い終わる前に突然、視界が揺れた。

 誰かに胸倉を掴まれていた。

 ピアニーだ。

 鬼神のような形相で俺を睨み付けている。


「今なんと言った……?」

「なにって……」

「なんと言ったと訊いているッ!! ゼレノイドと話せば分かるかもしれないだと……? 騙るな青二才が! ゼレノイドも等しくゼレーネだ。奴らは意味もなく人を殺し罪のない命を奪う悪魔だ。そんなものと心を通わせるなど気でも触れているのか貴様は!」


 あまりに突然の豹変だった。

 鬼気迫る、間欠泉のような怒りに怯えないはずもない。

 ピアニーは乱暴に俺を投げ捨てた。

 その眼は怒りに満ちている。明確な、それだけで人を殺せるような憎しみに満ち満ちている。ピアニーはまた、一人歩きだしてしまった。


「ホーズキサン……もっと、早く話しておけばよかったデスネ。こうなる可能性は考えられマシタから」

「すいません……俺、余計なことを……」

「いいんデス。でも、もう彼女の前ではその話はしないでくだサイ。勝手な話デスが……ピアニーは、ゼレーネに家族を殺されているんデス」


 それほど裕福な過程ではなかったピアニーの両親は、ピアニーの誕生日に無理をして豪華なパーティーを予定していたらしい。だがその日、ピアニーの両親はゼレーネに襲われ死んだ。そのゼレーネはその場で駆除されたが、その一連の出来事を少女は間近で見ていた。

 それが積りに積もって、今の憎しみに燃えるあのピアニーがいるのだと言う。


「……あの隠しきれていない殺気はそういうことか。さしずめ、ゼレーネだけを殺す殺戮兵器だな」

「その怒りの矛先はゼレーネだけでなく、ゼレノイドにも向いてイマス。だからどうか、たった少しだけのことなのデス。気を遣ってあげてくだサイ」

「はい……」


 当たり前のことだ。

 ヴァイタルを始めとして、ゼレノイドも人々に死と不幸を撒き散らしている悪魔だ。それを、目の前で両親を殺したゼレーネとほぼ同じ存在を、許せる人間がいるはずがない。

 そう、それが当たり前のことなんだ。


「行きまショウ。まだ、死神姫は見つかっていまセン」


 こんな、惨たらしいことができるゼレノイドと、対話しようと思う方が、おかしいのかもしれないな。

 死神姫、いったいどんな――


「山茶花!!」


 ――俺の直感は確かにソレを捉えた。

 這うように確実に山茶花の首を狙った凶刃。咄嗟に堅い地面を蹴り抜き、引き抜いた剣で払い落とす。

 火花が散り、甲高い音が辺りに響いた。


「おしい。おしいねぇ」


 赤く血に染まった歪な鎌。


「もう少しで、『愛せる』ところだったのに」


 珠玉のような双眸はまるで紅い月だった。

 血風に(なび)くボロボロの黒いマント。

 その姿はまるで――”死神”だった。


「ねぇ、痛いことをしよう? 私と共に傷つけ合おう? 愛の名のもとに」


 それは死神姫。

 この惨劇を作り出した張本人だ。

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