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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第六章――I wanted to die with you.
53/81

52――病・丁

「ここは……」


 目を覚ますとそこはどこかの家の中。

 少なくともギルドの寮ではない……と思ったが、内装が違うだけで同じギルドの寮、その一室だ。窓からの景色を見ればほとんど同じ光景だった。

 となると導き出される結論は――


「やっと起きたぁ。おはようホーズキ君」

「おかげさまでいいお目覚めです」

「それはよかったぁ」


 皮肉に全く干渉せずに話を進めるクロユリ。


「ごめんねぇ。ロシアンルーレットじゃないけど、あの六つのチョコの一つに睡眠薬を入れておいたのぉ。もし私のチョコがホーズキ君のお口にあったなら、ホーズキ君は私のものになってくれる……と思ってぇ」


 なんだその理論は!?

 まあ確かにチョコレートは美味しかったが、やはりクロユリは少々危険な女の子だったようだ。朝はあった指の絆創膏がなくなっている。

 そして俺は今、椅子に座らされた状態で手首を後ろ手に拘束されている。幸い、胴や足は縛られていないらしい。その縄もそれほど強く結ばれておらず結び目も甘い。抜け出そうと思えばいつでも抜け出せるが……これがクロユリにとっての愛情表現なのだろう。

 それを無碍にするのはいささか可哀相だ。


「ねぇ、おいしかったぁ? 私のチョコレート」

「ああ。すごく美味かったぞ。料理とか上手いのか?」

「うん! よく分かったねぇ! そうだ、せっかくだから今から作ってあげるよぉ!」


 そう言うが早いか、キッチンに行ってしまった。

 多分、最初からそのつもりだったんだろうな。さっき飯食ったばっかだけど、どうせ作ってくれるんだからご馳走になろう。

 いやダメだろ。絶対また何か入ってるじゃねぇか!

 媚薬とか惚れ薬とか……その危険性もなくはないが、もし純粋に美味しい料理を食べてもらいたいだけだった場合、もしここで逃げれば乙女の心を傷付けてしまう可能性が。そんなことが山茶花達にバレでもしてみろ、何を言われるか分かったもんじゃない。

 そうだ! ナーシセスさんを呼んでくれば――


「おまたせぇ! できたよぉ!」


 早い!

 しかも朝にはかなり重い肉料理と、野菜炒めに餃子っぽいやつ。

 やはり既に準備されていたようだ。この速度でこの量はほぼ完成している状態で俺を誘拐したな……? なんて冷静に考えている場合ではない。

 今にも、あ~んしてあげる(はぁと)と言いながら箸で掴んだ肉を俺の口に入れようとしている。

 くっ……どうする? 食べるべきか食べないべきか――!?




 食べました。


「やっぱり……何か入って」

「ふふっ……優しいよねぇホーズキ君は。分かってて、私を悲しませない為に食べてくれたんだから。嬉しい……ねぇ、体に力入らないよねぇ。でも、心の底から何か沸き上がってくるでしょぉ? 熱く滾るものがぁ」


 そう、クロユリの言葉通り、胸が締め付けられるような感覚と同時に、力が入らないはずの体、その下腹部の辺りが熱を帯びている。

 これはやはり――


「そう、媚薬。私特性の媚薬を入れたのぉ。私ね、ネクロマンサーでね、お薬作るの得意だからぁ、ホーズキ君の為に一生懸命作ったんだよぉ」

「うっ……ぐっ……」


 マズい、このままでは活字では表せない大変なことになるぞ……なんとか抑え込まなければ。しかし俺の体もとい下腹部のアレは言うことを聞かずにどんどんと。


「我慢しても無駄だよぉ。ほらぁ」


 つつ……と脇腹に指を這わせられ体がビクッと跳ねる。

 あまりに強すぎる感覚は脳髄がはじけ飛ぶかと思うほどの快感だった。何度も、何度も、同じように指を全身に這わされる。

 こんなものをずっと続けられて耐えられるはずがない……!


「いいよぉ私も、私もホーズキ君のと同じの飲むから。一緒にしよぉ?」


 媚薬の錠剤を開けっ放しになった口に入れられる。クロユリは俺にキスすると同時に、口移しの容量で自らの口に運び。

 飲み込――もうとしたが、突然現れた何者かによって背中を強打され吐き出した。


「まっ、またこのパターン……今度こそもうちょっとだったのに……」


 バタッと床に倒れるクロユリ。

 だが俺はもう媚薬を呑んでしまったので収まらない。どうしてくれるんですか。


「あーこれはあかんわ。コスモス、水持ってきて」

「いいんすか?」

「ええねんええねん。つめったい水かけたら目ェ覚ますやろ。じゃあホーズキ、ちょっと我慢しててな」


 関西弁の少女に言われて、猫の着ぐるみを着た幼女が水が入ったバケツを持ってきて俺にぶっかけた。

 当然死ぬほど冷たい。氷のような冷たさの水に濡れた体が外気に触れて一気に内側の芯まで冷え切って脳が凍えた。


「大丈夫か?」

「な、ななななんとか。もうぢょっど別の方法ながったのが……?」

「よしコスモス。次は熱湯や」

「もうやめろ! リアクション芸じゃねぇんだよ!」


 俺の反応に満足したのか、流石に熱湯はかけられなかった。

 関西弁で話す少女と着ぐるみ幼女。あと一人足りないが、この組み合わせは見たことがある。そう、以前相席した三人の内の一人だ。

 乾いた服に着替えて暖炉の前で暖まりながら二人の名前を思い出す。


「ジムナスターとコスモス!」

「そうや! よう覚えとったなぁ嬉しいわ」


 印象はかなり強かったので覚えている。

 ちなみに、もう一人いた刀を下げた女侍みたいな人はビオラだったはずだ。


「なんでクロユリの部屋に二人が? あ、そうか」

「そう、そうやねん。私ら二人とあの侍もナーシセスの仲間。後でナーシセスに聞いてビックリしたわ。これは何かの縁やしせっかくバレンタインなんで冷やかしに行ったろか思てたら部屋におらんし、アンタんとこの仲間に聞いても分からん言うしで、最終的に消去法でここに来た」

「もう少しでも遅れてたら俺は……」

「まあできちゃったゴールインしてたやろな。クロユリは執念深いからなぁ、今日は危険な日言うとったで。危なかったな」


 なんと恐ろしい……とは言え、正直なことを言うと責任取ってよねシチュエーションは味わってみたかった。


「買ったものっすけど、ホーズキさんにもあげます」


 着ぐるみ幼女のコスモスちゃんが小さな手で、この前店で見たチョコレートを渡してくれた。

 また少し泣きそうになるが、ジムナスターはそういうところをネチネチいじってきそうな気がしたのでなんとか堪える。


「ん? あたしはなんも持ってないで」

「いや! 別にそんなつもりじゃ!」

「図星やなぁ? 物欲しそうな目ェしとったしどうせ期待してたんやろ? 幸せな男やなぁ」

「ぐっ……」


 痛いところを突いてきやがる。

 やはりジムナスターはバルサミナとは少し違った細かいところを逃がさない奴だな。発言には気を付けないと。


「まあ飴ちゃんならあるで。ほれ」

「お、おう……ありがとう」

「あぁそうや、ついでに伝えたいことがあったんやけど……なんやったっけ?」

「ジム、忘れちゃダメっすよ。ゼレーネのことっす」

「そうそうそれそれ、流石コスモスや可愛いなぁもう!!」


 まるで犬でも可愛がるみたいに着ぐるみごしに頬ずりするジムナスター。

 俺もしたい。

 しかし、ゼレーネの話が気になる。


「ゼレーネの話って、なんですか?」

「まあ大体察しはつくと思うけどいつもの奴や。ペルリード大陸……あー、サマギの南にある大陸のゲルダンっちゅう国の村でゼレーネ及びゼレノイドが暴れとる言う話が入ってきた。あまりに凶暴なんで手に負えへん状態や。例の如く誰も行きたがらへん。どうする?」

「勿論行きます」


 誰かがまたこの世界で死んでいる。

 苦しんでいる。

 それを放っておける訳がない。


「いい返事や。ちなみに今回はあたしらも何人か行くから。あたしとコスモスは別件があるから行かれへんけどな。ま、ビオラ以上の堅物で融通利かん奴やけど、仲良くしたって」

「融通が利かない奴には慣れてるんで……」

「ははは! お互い様やな! ほな、出発は明日の朝らしいから、それまでゆっくりしとき」

「はい」



「てな訳なんだ」

「……分かった。情報だけならあたしもさっきナーシセスだっけ? まあそいつに聞いた所」


 とりあえずバルサミナに話したがやはり話が早い。

 そうと決まれば皆にも伝えてこないと。ゼレーネだけならともかくゼレノイドまで暴れている。恐らく……いや十中八九『ヴァイタル』だろう。


「……そのことなんだけど」


 少し、言葉を濁すようにバルサミナは言った。

 表情もいつにも増して難しい顔をしている。

 どうしたのか訊くと、逡巡した末に重苦しい声色で話し始めた。


「……今回も少しはヴァイタルの息がかかってるだろうけど、本命は別」

「本命?」

「……『死神姫』。狂信的なファンからはそう呼ばれている連続猟奇殺人鬼。でも、姫なんて呼ばれるような人格ではなく、その猟奇さは度を超していて、彼女が通る道には血の風が吹き肉片の雨が降る。あまりに容赦なくかつ無駄もなく自らを省みない戦い方に歴戦の戦士でさえも一筋縄ではいかない。実際に、彼女の前に立って生きた者はほとんどいないし、もし生き残ったとしても五体満足で帰ってきた者は一人もいない」


 話の内容と、鬼気迫るバルサミナの言動が相まって明確な恐怖を心に植え付ける。

 だが――


「死神姫……でも、そんな奴を放っておいたらもっと多く犠牲者が出る。動ける奴が動かないと……」

「……怯えて許しを請う子どもの腕を嗤いながら素手で千切って、それを食わせるような奴をサザンカの前に立たせて無事で生きて返す自信はある?」

「それは……いいや、そうだ。俺は決めたんだ。俺がいる限り、山茶花が死ぬことは絶対にない。神に誓う。それに、結局のところ、それは山茶花自身の強さが決めることだと、俺は思う」

「……そう、ならこれ以上は何も言わない。サザンカのところへ行ってあげて。そして、ホーズキの言ったことをその目で見て」


 どういうことなのかは、訊いても答えてくれなかった。

 有無を言わさず俺は山茶花の部屋に向かうことになる。

 山茶花の部屋のドアの前で、バルサミナの言葉を思い出す。

 それと、俺の決意を照らし合わせる。天秤にかける。


 ドアをノックしたが、誰も出てこない。

 寝ているのか?

 そう思いながらも、ノブを捻ると鍵は開いていた。ゆっくりと中を覗く。

 すると、部屋の中で山茶花は床の上に置いた大きな羊皮紙に何かを書いていた。エリーマイルでマルメロとやった、術式を作るための工程だった。

 たった一人、あんなに真剣な顔でやっている。

 じっと見ていると、いつの間にかマルメロが隣にいた。


「この前いったでしょ? 〈Epitachynsi〉。本来は基礎治癒魔術に使われる、『現象の速度を加速させる』魔術。あれを応用するとね、魔力の壁を作ることもできるの。すごく難しいんだけど、ホーズキくんを守る為に、ああして頑張ってるの」

「俺を守る為に……?」

「そう。誰だって守られるだけじゃ嫌になっちゃうよ。サザンカちゃんだってお荷物にならないように努力してるんだよ」


 ああ……そうか、俺はバカだな。

 すっかり忘れていたんだ。当たり前で、散々言われてきたことを。

 山茶花への信頼。味方への信用。たとえ守ると豪語しても、これだけは忘れてはいけないものだった。

 どれだけ危険な道のりであったとしても、絶対に生きて帰ろう。

 山茶花の力を信じて。

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