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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第六章――I wanted to die with you.
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51――チョコレートをください

 久しぶりにぐっすり寝た。

 エリシオニアから帰ってきて初めての朝。昨日の夜は皆疲れていたのか、マルメロすら夜這いしに来なかった。そのおかげもあってか気持ちいくらいに快眠。

 部屋に置いてあった観葉植物と共に日光浴。

 大きく伸びをしながら欠伸を数回。すぐに洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨く。この世界でも勿論風邪などの病気はあるからうがいも欠かせない。

 さっぱりとした気分で再びベッドにダイブ。せっかくだから二度寝してやろうかと考えたがやっぱりダメだ。今日も今日とて特訓だ。せめて、バルサミナに腕相撲で勝てるくらいには強くならないと。

 そういうわけなので今からランニングだ。

 寝間着から元の世界で言うところのジャージに着替え、熱射病にならないようにタオルを首にかけて、腰には剣を提げいざ出発!

 まだ日が昇って間もないのでレンガ造りの街中は人気がほとんどなく、空気は冷やりとしていた。

 ランニングコースは以前バルサミナと走ったのと同じでいいか。とりあえず街を一周だな。


 ネルセットの中心部、首都でもあるコーデックは他の町との境目を縫うように運河が通っている。それに沿って街をグルっと一周だ。

 途中、ちょっと街から離れた場所にある人の寄り付かない森で剣術の特訓。

 戻ってくる頃には丁度皆も起きているだろう。


 走りながら天空都市で天使に言われたことを思い出す。

 俺達が元の世界に帰れる確率はほとんどゼロに近いこと。そして俺が夢で見たあの荒野はこの世界に実在する場所で、『Re:Bury』とはゼレーネの親玉だということ。

 結局、有耶無耶にって山茶花にはまだ言えていない。

 『Re:Bury』については、確定していることではないと言葉を濁らせていたが、墓石が並ぶ荒野については本当にあるようだ。ネルセットの南、サマギやサーヴァリアがある大陸よりも更に南へ進んだ先、熱帯気候に包まれた『エスティパ』という国にある。

 事実、エスティパではゼレーネの被害が他に比べて多いらしく、『Re:Bury』と刻まれた墓が大量に並ぶ荒野、そしてその名を冠した存在がゼレーネの親玉であると考えるのも頷ける。

 『Re:Bury』がどういう存在なのかはなんとなく分かったが、その言葉の意味についてまでは分からないそうだ。

 まあ、いずれエスティパにも行くことがあるだろうし、その時に確認してみるか。もっとも、俺達が帰る方法とは関係なさそうだけど。

 そう、限りなくゼロに近いが、全くない訳ではないのだ。あのよく喋る天使も「最善は尽くす」と言ってくれた。俺も全力で帰る方法を探そう。そして山茶花と一緒に笑顔で帰れるように……その為にはやっぱり、もっと強くならないと。

 せめて、一日眠らずとも戦っていられるくらいには。


 数十分走った先に、以前バルサミナと訪れた森が見えた。

 かつてネルセットで起きた、ゼレーネによる大勢の死者が出た事件。ゼレーネに対する為の組織である『ギルド』ができたのも、その本部がネルセットにあるのも、全てこの事件が切っ掛けらしい。


「えーっと、確かここに……」


 ジャージのポケットから昨夜、バルサミナから渡されたメモを取り出す。

 自主トレでもするんならこれでもやっとけ、というありがたいトレーニングメニューだ。

 えーなになに? 走り込みとナイフの扱いと足音を立てない歩き方……? これ忍者用なんじゃ……関節の外し方まで書いてある。

 うーむ、まあ覚えておいて損はないか。エリシオニアで一度捕まったのは事実だ。


「よし、やるだけやるか」



「そろそろ休憩するか……」


 数時間ほど経っただろうか、最早時間なんて一々数えていない。

 全身汗だく、土が付くことなんてお構いなしに地面に座り込んでいた。ふっと、冷たい風が火照った体を撫でる感触に身を震わせる。それがとても心地いい。

 軽くクールダウンして暫くボーっとしていると、背後に気配を感じた――ので反射的に手元にあった剣を突き付けてしまう。バルサミナに死ぬほどボコボコにされた時の賜物だ。


「ひっ、あ、危ないよぉホーズキ君」

「あっ、すまん。ゼレーネとかかと……」


 よく見ると知り合いだった。

 黒を基調としたゴスロリ服をを着た、山茶花くらいの身長の少女。

 確かナーシセスさんのとこの……


「そう、クロユリだ!」

「覚えててくれたんだねぇ! 嬉しいよぉ! 大好き!」


 有無を言わさず抱き着こうとしてきたので回避する。


「せっかくの服が汚れるぞ」

「いいのぉ。ホーズキ君の汚れなら私、幾らでも受け止めるからぁ」

「お、おう……」


 そうか……そう言えばこういう奴だったな。

 好かれるのは嬉しいし喜ぶべきだけど、あまりグイグイ来られるのは着いていけない。まあ俺なんかが、せっかく好意を抱いてくれている女の子を邪険にするのはおこがましいことだろうが。


「それはそうと、何か用か? わざわざこんな所まで来たんだし」

「ホーズキ君に会う為ならなんの用が無くても! と言いたいとこだけど、実は渡したいものがあってぇ」


 もじもじしながらそう言うクロユリ。

 手は両方後ろで組んでいるところからするに、何か隠し持っているのか? まさかクロロホルム的なものを……いやいや流石に失礼だ。


「これ! 頑張って作ったの! 食べて!」


 と、クロユリが俺に差し出したのは綺麗に包装された箱。

 緑色の包装紙に、ラメが入ったピンク色のリボンで結んでいる。とりあえず受け取るとかなり軽く、中に何かが入っている。

 わざわざラッピングまでしているのだから、何かプレゼント的なものであるのは確かだ。


「これは……?」

「あれ? ホーズキ君知らないの? 今日はバレンタインデーだよ」


 バ レ ン タ イ ン デ ー ?

 待て待て待て待て待て待て、この世界にバレンタインデーがあるのか? いやまあ、俺より以前に異世界に来た人が持ち込んだ風習がうんぬんかんぬんはあり得るだろうけど、まさか、いや……そんなまさか。

 チョコレートなんて山茶花と母さん、あとクラスメイトの気前のいい女子(全員に配っている)からしか貰ったことがない……ないんだよ!!


「い、いいのか……? 俺なんかの為に……本当にいいのか……?」

「ホーズキ君泣いてるのぉ? そんなに嬉しい?」

「うん、嬉しい」


 ちょっと危なそうな奴だとか思ってすまなかったクロユリ! お前は本当にいい奴だ! この世界のバレンタインデーを知らないであろう山茶花はともかく、バルサミナとかは絶対に用意なんてしてないだろうな! と言いつつちょっとは期待しているが。

 マルメロは……何か入れてそうだな。


「こんなに喜んでくれるなんて……頑張って作った甲斐があったよぉ」


 そう言って、泣きじゃくる俺の頬を撫でるクロユリの指には絆創膏が幾つも張ってあった。

 そうか……俺の為に怪我をしてまで。ああもうこのまま眠ってしまいたい!!


「ふふ……これでホーズキ君は私のもの――

「待ったぁぁぁぁぁ!!」


 この声は!?

 噂をすればなんとやら、山茶花を先頭にバルサミナとマルメロ、ルピナスとダウニーにシクラ……全員いるじゃねぇか!


「チッ、あと一歩だったのに。じゃあホーズキ君、あとでゆっくり食べてねぇ!」

「あっ、おい!」


 クロユリはそそくさと走り去ってしまった。

 よく分からない状況に唖然とする俺の前に山茶花がやってきて……


「みんなで作りました。一緒に食べましょう? おにーちゃん」


 そう言って山茶花は、沢山の台形で小さいチョコレートが入った箱を俺に差し出した。

 みんなでってことはまさか。


「おにーちゃん、ずっと頑張ってましたから。日頃の感謝も込めて、みんなで作ったんです。バルサミナさんもちゃんと手伝ってくれましたよ」

「……食わないと殺す」


 バルサミナぁ……!!


「……おい! やめろ抱きつくな気持ち悪い!! どうにかしろ山茶花!」

「まさかお前までそんな風に思っていてくれたなんて! ごふっ――」


 鳩尾に膝をもらい宙を舞ったが、今は痛くない。

 ああ、嬉しい気持ちで感無量だ!!

 なんて素晴らしい日なんだバレンタインデーは!!


 いや待てこんなことを言っていると夢落ちになるんじゃないか!? 次のシーンでは夢から覚める俺が……


「もう、変なことやってないで帰りますよ。みんなお腹ぺこぺこです。今日は特別な日ですから朝ごはんも一緒に食べましょう」

「早く食べないと死んじゃうの……」

「ダウニーさんもげっそりですし」

「ああ!」



 自分の部屋に戻ってきた。

 観葉植物にただいまと言ってベッドに倒れこむ。

 朝のトレーニングと泣いたおかげで疲れがどっと体を襲う。

 腹もいっぱいになったので、ギルド本部に行って何か俺達を必要とする依頼がないか確認して来よう。


「あ……そうだ」


 クロユリから貰ったやつも食わないと。

 というわけで、ピンク色のリボンを解いて緑色の包装紙を剥がす。中の白い箱、その蓋を開ける。

 六つ入っている内のどれも形は均一だが、それぞれが別々の色に彩られていてカラフルだ。これは間違いなくおいしいに違いない。

 じゃあまずこのホワイトクリームみたいなやつがかかったチョコを一つ。


「うん、おいしい。料理とかうまそうだもんなぁクロユリは」


 更に二つ、三つと、あまりのおいしさに気が付けば全部食べてしまっていた。

 まあ、残す訳にもいかないしな。今度会った時に感想を伝えよう。

 あ、そう言えばホワイトデーもあるのだろうか? だとしたら全員分に何かあげないと……これは大変だな。


「はぁ~、腹も胸もいっぱいになったところで、行きますか」


 あれ……? なんだこれ……体に力が入らない……? むしろ眠たくなってきたような……まさか!?

 そのまさか、霞む視界の中、窓の外で笑うクロユリの姿を見たのが最後だった。

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