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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第六章――I wanted to die with you.
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50――死神少女は好かれたい

 ユウガオは空を仰いだ。

 青く澄んだ美しい空。この空はきっと、この世界でどんな事が起こっても変わらず青く輝き続けるだろう。漂う雲はわたあめみたいでおいしそう。手を伸ばせば掴めるような気がして……とそこまで考えて、自分の思考のメルヘン具合に自己嫌悪。バルサミナに言われた言葉を思い出して更に嫌な気分になった。

 こんなアンニュイな気持ちにさせるこの青い空が嫌いだった。

 どんな事が起きていても変わらず自分の思った通りにしか表情を変えない空が嫌いだった。


「まだ終わらない? 飽きたんだけど」


 ユウガオが声をかけたのは少女。返り血で赤く染まった黒装束に身を包んだ怪物。鎌を手に持ち、今まさに餌を食べている。

 自分達『ヴァイタル』以上に今巷で有名な通称『死神姫(グリムリーパー)』。

 彼女にとって餌を食べるという行為は、人を殺すという行為に等しい。

 全て無残に、遍く残虐性を籠めて、人を惨たらしいオブジェへ変えていく快楽殺人鬼。

 彼女の通る道には血の雨が、肉片の雪が降るだろう。それほどに猟奇的な言動に満ち満ちた異常者の極みのような存在。一応味方にする予定とは言え、ユウガオは自分がまだ殺されていないのが不思議なくらいだった。まあ、今殺されても死にはしないが。


「はな、話しか、話しかけないでよ……今大事な、今大事なとこなんだからッ!!」


 少女の持つおぞましい赤の大鎌。

 本来の草を刈る用途の為にそもそも作られていない、人の肉を裂き、必要以上に痛みを与えることに特化した歪な鎌。刃の先端には鋸刃のようなトゲが無数についたかえしがついており、まるでサメの牙だった。

 その拷問器具を、哀れな犠牲者の口の中、喉の奥にまで入れて何かをやっていた。

 全身から冷や汗を流し、涙目で許しを請う男の顔は滑稽だ。件の死神姫は真剣な表情で刃の向きを調節しているようだった。今から何をするのか、ユウガオは大体察していたし、できるなら考えたくなかった。あの少女にとっては簡単な遊びなのだろうが、見せられる方としてはたまったものではない。

 見なければいい話だが、意識を少しでも逸らした瞬間に首が飛ぶような嫌な感覚が纏わりつくせいでそれもできない。


「行くよ、ねえ行くよ! 引っ張るよ! そしたらどうな、どうなるか、どうなるか分かる?」

「……――!! ――っ!」


 男は出ない声で何かを訴えるが、少女は意に介さず鎌を持つ手に力を込めた。

 会話などするつもりはなく、全て自分に向けた言葉なのだろう。

 少女が鎌を思いきり引き抜くと、男は口から血を噴き出した。鎌のかえしに引っかかった舌が根元から引っこ抜けたのだ。

 今まで人体に繋がっていた何かが、鎌の先端で魚の内臓のようにぶら下がっている。吐き気が込み上げたユウガオは口元を抑える。あまり、こういうことには慣れていない。


「あはは! 魚釣りみたい! そう見える、見えるよね!」

「っ……そうね。私もそう思うわ」


 適当に相槌を打つ。

 正直言って付き合っていられない。

 本当ならもう帰りたいところだが、これはアイツからの命令なのだから仕方ない。ユウガオは一度失敗した、その罰も兼ねているのかもしれないが、それにしてもこれはあまりにも気分が悪い。


「なん、なんでそんな適当な、適当な相槌なの? 嫌いなの? 私が嫌いなの? 嫌い嫌い嫌い嫌い? 私が嫌いな奴は嫌い嫌いだから嫌いだから殺したら痛くしたら好きになってくれる? 痛いって好きなんだよ? 私も痛いから痛いから私を好きになってくれるよね」


 容量を得ない。先ほどまではまだ言葉を理解できたが、感情が昂っているのか発言に意味が伴っていない。

 少し、ユウガオは命の危機を感じた。今の体は実体ではないが、鎌を持つその姿は、本当に魂ごと直接殺せるように見えてしまう。


「ぃ゛ぃぃぃ!! 痛いよ! いだい゛痛い、好きになって私を好きに、痛いから好きでいるから。ねぇ」


 一歩、砂を踏む靴底の音が死へのカウントダウン。

 ガリガリと、刃を引きずりながら、訳の分からない言葉を繰り返す死神の赤い双眸に足がすくむ。気でも狂ったように包帯の上から首を掻きむしりながら鮮血を撒き散らす。


「なんで、なんで逃げる、なんで逃げるの? 好きでいてあげるのに。私がこんなに痛くて好きでいてるあげるって言ってるのにどうして逃げるの!? ああああやっぱりやっぱり殺さなきゃそうじゃないとみんな私が嫌いになる嫌いになるそんな世界嫌だそんな世界私は好きがほしいだから痛いから殺さなきゃ!! 殺さなきゃッ!!」


 だから言ったんだ。

 絶対に対話など無理だと。今のがこの村での生存者最後の一人だった。全ての住人を先のような拷問で一人一人殺していった。意味の分からない理論を口走りながら、逃げようとしたものは全て、惨たらしい人肉のオブジェとして一生を終えた。

 そんな気の違った奴と対話などできる訳がない。それは最初から分かっていたことだ。だからこれは実質処刑だった。

 失敗したユウガオへの。


「死んでたまるか……」


 ユウガオは〈Demiurgand〉を発動し逃げ出した。

 適当な兵器を出現させて、少女の目をくらませながら。

 もうアイツの命令なんて関係ない。どうせ死ぬにしても、あんな奴に殺されて終わる人生なんて絶対に嫌だ。せめて、せめてほんの少しでもいい、幸せを手に入れてから死にたい。




「――本当に逃げちゃったぁ。しょうがないなぁ。でも逃がさないよ。私のことを好きになるまでは」

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