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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第一章――I am for you.
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4――急がば回れ

 何分、何時間が経過した頃だろうか。

 俺とタイは、ようやく闇市とやらに到着した。


「これは、すげえな……」


 周りを見回しながら、俺は思わず呟く。

 闇市と聞いていたから、どうせそんなに人はいないんだろうな、いても怖そうな人とかばかりなんだろうな……と思っていたが。

 だがしかし、全然、全くもって、そんなことはない。

 この市場には、たくさんの人々で賑わっていた。

 俺たちと同年代以下の子供はいないようだが、見た感じ三十代から六十代辺りの大人が多い。

 それもほとんどが男性で、女性は数え切れるほどしかいなかった。

 そして、並んでいる多くの店は建物ではなく。

 まるでフリーマーケットのように、外に商品が置かれ、店主と思しき男性が商品の傍らで座っている。


「あんまりキョロキョロするな……みっともない」

「う、うるせえな」


 みっともないと正直に言われてしまい、顔が赤くなるのを感じつつ再び歩き出したタイを追いかける。

 今の俺は、初めて都会にやって来た田舎者みたいだ。

 そう思うと、少しだけ恥ずかしくなってきた。

 そんな俺に構わず、タイはとある一つの店へと向かう。

 店主は髭を生やした中年の男性で、どうやら食料などを売っているらしい。

 タイはその店で、たくさんの缶詰めを手に取っていた。

 盗賊団は人数が多いから、必要となる食料も多くなってしまうのだろう。

 更に、何やらアルミ箔のカップが装着された丸い形が、透明な袋に複数個入ったものまで取っている。

 あれは……固形燃料というやつだ。

 地下牢獄で暮らしているのだから、調理をする場所がない。なので、火をつけるものが必要なのだろう。


「なあなあ、ちょっと聞いてくれよ」


 ふと。

 背後から、そんな男性の声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、二人の男と商人らしき男性が何かを話している。

 何の変哲も他愛もない会話かもしれない。

 だけど、俺は何故だか無性に気になってしまい、買い物をタイに任せて男たちの話に聞き耳を立てる。


「……どうしたんだよ?」

「すっげえ可愛い子がいたんだよ!」

「へー、どんな子だ?」

「百四十センチくらいしかなさそうなくらい、身長の低い女の子だったなあ。たぶん十二歳くらいだと思うぜ。ハーフアップみてえな茶髪も似合ってて、すっごく可愛くてさーっ」


 身長、およそ百四十センチ。

 年齢、十二歳。

 髪型、茶髪のハーフアップ。

 それらの特徴に全て一致する少女を、俺は知っていた。

 俺の推測が当たっていてほしい、それでいて当たってほしくない。

 そんな相反する感情のまま、男たちの話を聞き続ける。


「その少女は、奴隷商人と一緒にいた少女か?」

「そうだけど……おっさん、あの子のこと知ってんのか?」

「うむ。その奴隷商人ミザクロとは、個人的な知り合いでな」

「マジで! 奴隷商人と一緒にいたっつーことは、あの子もやっぱり奴隷なのか?」

「ああ。ミザクロは奴隷学校に連れて行ったようだ」

「やっぱかー。……で、商人のおっさん。女の子の名前とかって分かるか?」

「……名前? 確かミザクロは――サザンカ、などと呼んでいた気がするが」

「サザンカ? へー、容姿が可愛いやつは名前も可愛いんだなっ!」


 時間が止まった気がした。

 男たちはまだ会話を続けていたが、俺の耳にはもう何も入ってこなかった。

 山茶花。

 そう。俺の妹が、ここに来ているんだ。

 やっぱり俺だけではなく、山茶花も一緒に来てしまったんだ。

 外見的特徴が合致している上に名前まで同じとなると、そう断言せざるを得ない。

 しかし、俺には喜ぶことも安心することもできなかった。

 何故なら――先ほど、男たちは言っていた。

 奴隷商人とやらと一緒に、奴隷学校に向かっていた――と。

 奴隷なんてものが実在していたことや、奴隷学校などという施設が存在することも当然驚いたが……今は、そんなことまで気にしている余裕はない。

 もし男たちの話が本当だったなら。

 山茶花は、奴隷としてこき使われてしまう、ということだ。

 どんな人が奴隷を欲しがるのかは分からないが、もしかしたら雑用などだけではなく、口にするのも憚られるような如何わしいことまでさせられるかもしれない。

 そんなの、放っておけるわけがない。

 だけど、俺には奴隷学校の場所なんて知らない。どうすれば助けられるのかも分からない。

 俺は、一体どうすれば――。


「……ねえ」


 不意に、後ろから声をかけられた。

 振り返れば、タイが大量の缶詰めや固形燃料の入った袋を二つ両手で提げている。

 どうやら、買い物は済んだらしい。


「何してんだ? ちょっとくらい手伝え」

「あ、ああ、悪い」


 手渡してきた片方の袋を受け取る。

 量が多いとはいえ、中身はほとんどが缶詰めだけで埋め尽くされているためあまり重くはない。

 ところで。

 さっき聞いた話を、タイに話すべきだろうか。

 山茶花が危険な目に遭っているかもしれないのだから、協力を頼む必要があるだろう。

 俺一人じゃ、見つけることすらできない可能性が高い。

 だけど、タイやロードさんにとってはあくまで他人だ。

 俺は今や仲間に入れてもらえたが、山茶花はそうじゃない。

 ロードさんたちがいい人なのは分かっている。

 でも、接点のない一人の女の子を、自分の身を危険に曝してまで助ける理由は正直どこにもない。

 それに、何より迷惑になってしまう。

 話すべきか、話さないべきか。

 二者択一の葛藤に苛まれていると。


「おい、お前ら! ここで何をしてる!」


 突然、そんな男の叫びが聞こえたかと思うと、漆黒に彩られた軍服のような衣装に身を纏った複数の男が現れた。

 軍人……もしくは自警団、はたまた警察とかだろうか。


「ちっ……逃げるぞ」


 忌々しげに舌打ちをし、唐突にタイが俺の手を掴んで走り出す。

 何が何だかさっぱり分からず、俺は訝しみつつもタイに手を引かれるまま足を動かし続けた。


     §


 ――やがて。

 数キロもの距離をひたすら走り、俺たちは盗賊団の拠点である牢獄の外にまで戻ってきた。

 タイは途中で休憩なんかさせてくれず、ずっと走りっぱなしだったため、正直物凄く疲れた。


「はぁ……はぁ……どうしたんだよ、いきなり……」

「闇市は非合法に行われてる催しだし、あそこには犯罪者もいる。あいつら警察が、放っておくわけない。逃げないと、捕まるだけだから」


 息を整えながら問うと、タイは淡々とそう答えて地下へと下りていく。

 俺はこんなに疲れているのに、どうしてこいつは平気そうなんだろう。

 ともあれ俺も後ろをついて行き、牢獄へと入る。


「よぉ、戻ってきたか」


 どうやら待っていたらしく、俺たちの姿に気づいたロードさんがすぐさま声をかけてくる。

 タイは買ってきたものが入っている袋をロードさんに手渡したので、俺もそれに倣う。

 するとロードさんは袋の中身を確認し、満足そうに頷く。


「悪ぃな、助かった。今晩の仕事も頼むぜ」

「あ、そのことなんですけど……」

「……んあ?」


 今晩の仕事とは、家に忍び込んで金銭を盗むこと。

 俺はロードさんやタイと一緒に、初めてその活動をすることになっている。

 ――だけど。


「俺以外の、二人だけで行ってください」


 その言葉を聞いて、ロードさんもタイも一様に怪訝な表情になった。

 無理もないだろう。一度は渋っていたとはいえ、今朝ロードさんに説得されて俺は了承したのだから。


「何でだ? まだ、盗みはしたくないって思ってやがんのか?」


 案の定、ロードさんは的外れなことを俺に問う。

 確かに、今でも盗みなんてしたくない。しなくて済むなら、絶対にそっちのほうがいいと思っている。

 でも、俺はもう納得したつもりだ。

 盗賊団にもそれぞれ事情があって、そういう生活をしないと生きていけないということも知った。

 だから、今更嫌だとは言えない。言うつもりもない。


「いや、そうじゃなくて……」


 うだうだ考えていても仕方ない、か。

 そう結論づけ、俺は二人に話す。

 闇市にて、男の人たちが奴隷商人や奴隷学校の話をしており、その連れて行かれたという奴隷が俺の妹である可能性が極めて高いことを。

 そして、今から山茶花を探しに行きたいということも。


「……奴隷、か。それは確かなのか?」

「実際に見たわけじゃないから断言はできないけど、男の人が言っていた名前が完全に妹と一緒だった。可能性が高いのに、放っておけるわけがありません。だから、お願いします」


 俺は、そこで頭を下げた。

 我が儘を言っているのは、自分でも理解している。

 でも。だからといって、奴隷にされているかもしれない妹を放置なんてできない。


「助けに行きたい気持ちは分かる。だがよ、お前――絶対に助けられるって保証はあんのか?」

「それ、は……」


 ロードさんに問われ、俺は言葉に詰まってしまった。

 もし俺が山茶花がいる場所まで行けたとしても、相手が物凄く怖い人である可能性もある以上、助けることができるとは限らない。

 しかも、そこで助けることができなかったら、逆に山茶花が危険な目に遭ってしまうかもしれない。


「奴隷学校には、かなりの奴隷がいる。当然、監視員だって何人もいるし、そもそもその商人だってどれだけの手練れか分かったもんじゃねえだろ」


 奴隷学校。

 昨日タイに学校の話をしたとき不審な態度になったのは、もしかしたら学校という施設は奴隷学校しか知らなかったから、かもしれない。

 そうだとしたら、あまりにも酷い。

 どうして、ここには奴隷なんているのか。どうして、人が人にこき使われないといけないのか。

 それが、不思議で不思議で仕方がなかった。


「お前には危険だ、諦めろ」

「そんな……ッ! それじゃ、妹を――山茶花を、見捨てろって言うんですか!?」

「見捨てろ、とまでは言ってねえ。お前にはまだ早い、行くのは無謀だって言ってんだよ」


 ロードさんが言っているのも、一理あるとは思う。

 でも――。


「それでも、早くしないと山茶花が危ないかもしれないんですよ! こうしているうちに、もう手遅れになっているかも――」


 と。

 俺の言葉を遮るように、ロードさんが突然動いた。

 ゴツゴツとした大きな手で、俺の襟首を掴む。


「落ち着け。お前、忘れたわけじゃねえだろ。俺らと初めて会ったとき、殺されそうになってただろうが。自覚くらいしやがれ……お前は、弱いんだよ。もし助けに行って妹に会えたとしても、お前が殺されちまったら意味ねえんじゃねえのか。本当に、そんなこと望んでんのかよ? 妹も――お前自身も」


 ロードさんの発言は、悔しいくらいに正論で。

 俺は――何も、反論できなかった。


「安心しろ……なんて言えねえが、奴隷学校に連れて行かれたとしても、すぐに買取先が見つかるわけじゃねえ。しかも、奴隷商人に連れて行かれたってのは今日なんだろ。だったら、まだ可能性はある」

「え……?」


 言っていることがよく理解できず、俺は思わず頓狂声を漏らす。

 するとロードさんは俺の襟首から手を離し、背を向けて言った。


「明日、お前を鍛えてやる。だから、とりあえず今は今晩の仕事のことを考えてろ」

「――っ」


 ロードさんは、盗賊団のリーダーだ。

 巨大な狼でさえもすぐに撃退したほどだし、腕利きであることは間違いないだろう。

 だから。


「あ、ありがとうございますっ」


 ロードさんの頼れる大きな背中に向かって、俺は再び頭を下げた。


 待っててくれ、山茶花。

 すぐに強くなって、お前を助けに行くから。

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