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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第五章――I was watching over you.
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40――死とケチャップの匂い

 バルサミナは内心喜んでいた。

 あの敦盛鬼灯がその場で必要なことを瞬時に理解し、それを指示したことに軽く感動すら覚えていた。

 肉体的な面だけでなく、リーダーとしての一面も着実に成長していることは間違いない。

 ただ、今はそれどころではない。鬼灯の言う通り、早くギルドに連絡を取り身の安全を確保しなければならない。あれら一連の罠にヴァイタルの差し金だとするならば、この国の警察機関に保護されている――可能性は限りなく低い。

 ギルドに連絡をいれ次第、なんとしてでも居場所を突き止めなければ。


 バルサミナは自身に、対象を選べる認識阻害の術をかけている。

 故に、その姿、顔を見られていても、認識阻害対象の相手はバルサミナを覚えることができなくなる。なので身を隠す必要は特にない。念の為にあの事務所からは大きく距離を置いて、今バルサミナはフリースペースの広いテラスがある公園に来ていた。

 ペン型の電子機器は高性能な上に融通が利く。全く技術レベルが異なり、方式も何もかもが違う他国の通信機器にも対応している。

 既に使い慣れていたバルサミナは起動するが――


「な……エラーだと?」


 何故か通話機能が制限されていた。

 そう言えばと、ギルドからの支給品であるエリシオニアのパンフレットを確認する。そこには、有事の際の通信制限について書かれていた。

 これもヴァイタルの仕業なのか、はたまたエリシオニアが一連の出来事について既に把握しているのか。あの武装した兵士達が本物であるなら後者だろう。いかに法に厳格であるとは言え、たかが殺人事件の一つくらいで通信を制限するほどの有事とはならないだろう。だからこれはヴァイタルに対する手段なのだと思いたかった。

 苛立ち気味に電子機器をポケットにしまい。意味もなく辺りを見回す。通信が制限されていることに気が付いたのか、道行く人々も少しどよめいていた。

 ギルドへの連絡を取れないとなると、残された手段は強行して鬼灯達を助け出すことだが。その後をどうするべきなのか。味方がいないままこの国に閉じ込められて、どうやって鬼灯達の命を救いつつ弁明するのか。


「クソッ……このままでは」


 考えていても仕方がないと、鬼灯達を探す為に公園を離れようとする。

 それを呼び止める者がいた。


「バルサミナではないか! 偶然じゃな」

「……お前は、ルピナス。隊長様がなんでこんなところに? お仕事はお休み?」


 その姿は間違いなく、エリーマイル軍のルピナスだ。

 誰かが変装しているわけでもない、本物のルピナスだ。とは言え服装はかなり薄手のもので、雪国に住んでいたとは思えないほど露出が多い。腰のホルスターには両サイドに拳銃が提げられている。

 とにかく知り合いがいたことに安心した刹那、なんの意味もなくこの場にいるわけがないと邪推する。


「バルサミナよ。今のお主にそんな冗談を言っている暇はあるのか?」

「……ッ、どういうこと」

「さあな。何が起こっとるのかは知らん。この国にとって”有事”と言うべき出来事が起きているのは知っているが、その様子からするとお主らも関わっておるのか? まあ、バルサミナ一人だけで妙にソワソワしているところから察するに、十中八九そうじゃろうな」


 どう考えても明らかに完全に何か企みがあるルピナスを信用することは憚られたが、味方がいるだけでもありがたいのだ。贅沢は言わずにルピナスに全てを話した。

 いつものように飄々としていたが、話を聴いているうちにその顔色が険しいものとなっていく。


「なるほど、ヴァイタルとは思った以上に狡猾らしいな」

「……お前が言うのか」

「我ならもっと上手くやる。奴らが失敗したのは、船上でお主らに盛った遅効性の毒がバルサミナには早く効きすぎたことじゃろうな。お主は忍じゃ、毒への耐性は?」

「……無論ある。体内へ侵入した異物は即座に排出されるようになっている。今はそんな話はどうでもいい。とにかく知恵を借りたい。仲間でさえ最後まで騙しぬく狂言師の知恵をな」

「良い誉め言葉じゃ。その口の悪さに免じて力を貸してやろうではないか。その前に……」


 ふと、ルピナスは視線を背後に向けた。

 その先にはオープンテラス、巨大なパラソルの下の席に座った少女に向いていた。


「……な、なんだアレは」


 バルサミナですら思わずそう、声がついて出てしまっていた。

 少女自体は小柄で可愛らしい容姿の、複雑な幾何学模様が描かれた民族衣装を着た温かいオーラを放っている小動物なのだが、その横に置かれている少女の二倍以上ある巨大なリュックサックに、雪崩のように積み上げられたハンバーガーの山が異様さを際立たせていた。

 幸せな夢でも見ているかのように、少女はハンバーガーを夢中で頬張っている。


「色々あってここに一緒に来たんじゃよ」

「……色々?」

「本来ならお主らと同じ船にのるはずじゃったが、ギリギリ遅れてしまっての。ちょちょいと裏技を使って別の船で来たんじゃが、同じようにあの子も乗り遅れてたようでな、用心棒として連れてきたわけじゃ」

「……それって密航?」


 口笛を吹いて明後日の方向を眺めるルピナス。

 どうやらこの女は目的の為なら平気で違法行為もやってのけるらしい。


「そういう訳じゃから紹介しよう、ダウニーじゃ。ほれダウニー、こちらは我の知り合いじゃ」

「ほぇ?」


 ハンバーガーに被りついていた状態から顔を上げたので口にケチャップがついていた。

 ルピナスがそれを拭いている姿を見ているとまるで親子だった。


「……バルサミナ。よろしく」

「ボクはダウニーなの。よろしくなの!」


 肉と油の塊を頬張る大食漢な印象からはかけ離れたフレグランスな雰囲気に、堅物のバルサミナも癒されかけるがなんとか我を保つ。恐らくルピナスはこのほのぼのとした気に中てられたのだろう。

 だが、バルサミナは感じ取っていた。その柔らかな表情の裏に渦巻く幾度も死線を越えた者の据えた瞳の色を。隠しきれない死の匂いを。


「さて、必要な話も終わったことじゃし、鬼灯達を助けに行くか」

「何かあったの?」

「ああ。このバルサミナの、そして我にとっても大事な仲間が不当な罪で捕まったのじゃ。それを今から助けに行く。手伝ってくれるか?」

「当たり前なの。困っている人は放っておけないの」


 それはいいのだが、何か方法があるのだろうか?

 エリシオニアのこの広大な国土から探すにはあまりにも無謀さを感じるが。


「それに関しては心配するな。無線を傍受している」

「……大丈夫なの?」

「今時こんな古臭い無線で連絡しとる奴なんてこの国にはおらんよ。周りから見ても精々我は無線オタクといったところじゃな。安心しろ、こんなこともあろうかと、動きがあった時から情報はメモってある。なになに?」


 テーブルに置いていた巨大な無線機を軽く叩きながら、ルピナスはメモの内容を読み上げる。


 『殺人事件の犯人三名を確保、一人は逃走。昏睡状態なので病院へ搬送』

 『搬送された履歴がない、間違いではないか?』

 『今事実確認を行っている。確保した三人の行方が分からない。同時に隊員も二名行方不明だ』

 『クソだな。だから兵士は機械だけでいいと言ったんだ』

 『まあそう言うな。ん……? ランドマート留置所へ不審な護送車が向かったらしい。確認の為に誰か送ってくれ』

 『了解した』


「ここまでが今から二十分ほど前じゃな。そして、これが今さっきの通信じゃ。」


 『留置所へ送った隊員と連絡が取れない。これは異常事態だ。女王陛下へ連絡を送る』

 『こちらも異常事態だ。ランドマート留置所内にいた受刑者が全員、護送車で別の留置所へ移送されている。今、あそこはもぬけの殻のはずだ』

 『ドローンの映像から容疑者三名のうち二人の情報が分かった。両方ともギルドからの使者で、今日の午前に署へ来ている。”ヴァイタル”の調査らしい。女王陛下からの返信で、警戒レベルを最大に引き上げるとのことだ』

 『遂に本格的にお出ましになったか』


「こんなところじゃな」


 ルピナスが読み上げたソレを聞いて、エリシオニア側は少なくとも全面的に鬼灯達が悪だと考えていないと分かってとりあえずは安心した。

 それに、この会話の内容から、鬼灯達がいるであろう場所は間違いない。


「いささかわざとらしい気もするがな。留置所のくだりが露骨じゃ。だが向かわんわけにもいかん。時間がない。ダウニーはバルサミナとランドマート留置所へ向かってくれ。我は他を当たる」

「分かったの」


 バルサミナもそれに首肯する。

 と、大量に余ったハンバーガーはどうするのだろうかと思っていたら、いつの間にか全部食べ終えていた。今さっきまで明らかに積み上げられていたはずなのに。


「お腹いっぱいで元気もいっぱいなの。これで頑張って、バルサミナさんの仲間を助けられるの!」

「……ありがとう」

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