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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第五章――I was watching over you.
38/81

37――船上で

 一週間に数本しか便がない巨大な客船に乗っておよそ数時間。

 流石は機械国家と言うべきか、エリシオニアで造られたと言う船はメタリックな外装で包まれており、木材は一切使われていなかった。

 錆びないのかと乗務員さんに質問したところ、どうやら特殊な金属が使われているとか。それもこれも全て発達した技術の賜物らしい。

 山茶花やマルメロとも話していたが、エリシオニアだけ技術の進歩が著しすぎるのに軽く違和感を感じている。サマギを通って来たからこそ分かる違いだが、あそこは明らかに産業革命時どころかそれ以前並の発展途上だ。ネルセットになると多少時代が進んで、エリーマイルは多分、ほぼ俺達がいた時代の海外に近い。

 そしてエリシオニア。

 かの国にはAIが搭載された警備ロボットが闊歩(かっぽ)しているとまで聞いた。女王はサイボーグで数千年生きているとか、宇宙エレベーターがあるとか。それだけの技術がありながらエリシオニアだけがそれほどまで進んでいるのは、やはりエリシオニアの話で一番耳に入る半鎖国しているからだろうか。


「あーもーすーすーしてなんか変な感じー」

「我慢してくださいマルメロさん。仕方ないことなんですから」


 船に揺られながら、指定席に座っている俺達。

 俺の両隣には山茶花とマルメロが座っている。バルサミナは運悪くその後ろの席になってしまったが、本人曰く丁度いいとかなんとか。恐らく、マルメロの下ネタに乗せられて変なことを公共の場で口走ろうとする俺を背後から暴力的に諫める為だろう、と思っていたら案の定そうだった。

 件のマルメロは慣れない服装に顔をしかめては裾を引っ張って戻して、を繰り返している。

 いつもの真っ黒でぴっちりした魔女っ子装束ではなく、ギルドから貸し出された白いキャミソール、下はキュロットスカートっぽいのを穿いている。黒ニーソはそのままだ。

 と言うのも、サマギとエリシオニアは魔術と機械で対立している。サマギ出身者の入国を拒否するほどでもないのだが、いらぬ争いを避ける為だ。

 まあ、マルメロの成長半ばな柔肌がいつもよりもはだけているせいで目のやり場に困るのは言うまでもない。特にあばらとか。


「あ、ホーズキ君今変な事考えたけどあたしに気が付かれるからやめておこうとか思ったでしょ」

「マジで魔術は心まで読めるのか!?」

「なんとなく分かるよーずっと一緒にいるんだし。ね、サザンカちゃん」

「はい」


 すごく真面目で怖い顔で山茶花が小さく頷いた。

 おんなのことてもこわい。

 と、船が揺れた――


「させるか!!」

「チッ、バレたか」


 今明らかに船の揺れを利用して俺の腕にしがみつくと同時に手をキャミソールの間に入れようとする動きをしていたマルメロの策略を回避した。

 マルメロだけでなく、やはり俺もそこそこ長くマルメロといるからか大体何をするのかが分かってきた。それだけ互いのことを理解できているということだろう。


「それにしても大きいですねエリシオニア。海の上からでもよく見えます」

「そうだなぁ。こんだけデカいと調査も大変だよな」


 水平線の向こうには幾本もの摩天楼が並び立つ。

 まるで海の底から鉄の柱が伸びているようにさえ錯覚するその様は壮観だった。

 機械国家――という二つ名から得た印象はとても厳かで頑ななものだったが、実際の所はどうなのだろうか。法にはかなり厳しい国だとも聞く。

 サマギで濡れ衣を着せられた一件を思い出し身震いする。もしエリシオニアでそんな事が起きれば抜け出すのは困難だろう。


「おにーちゃん? どうしました?」

「緊張してるんでしょ。不安なら慰めてあげるよ? 今ここで!」

「今ここではやめろ……後でもやめろ! まあ、あれだよ。どんな時でも初めてのことは緊張するし不安だろ?」


 この世界に来た時だってそうだ。

 全く知らない場所に一人放り出されてなんの説明もなしに……ときたら不安なのは仕方ない。

 山茶花もうんうんと頷いている。


「まあ確かにねー。私も初めてサマギに来た時はびっくりしたし」

「あれ、マルメロは最初からサマギに住んでたんじゃないのか?」

「へ? ああ、いやぁ……うん、実はそうなんだよ。おばあちゃんが拾ってくれてねー。別に黙ってたって訳じゃないよ? ただ単に言う機会がなかっただけだから」

「そう、だったのか。自分の事を話すのも不安だもんな。うん。話してくれてありがとう」

「う、うん」


 と、後ろの席のバルサミナが俺の肩を叩いた。振り返ると耳を貸せ、というジェスチャーをしていたので椅子から腰を浮かせて顔を寄せる。


「なんだ?」

「……酔った。お手洗いに行ってくる」

「バルサミナって超感覚を持ってるとかなんとか……」

「……黙れ。無理なものは無理――うっぷ」

「分かった分かった、早く行ってこいって」


 すぐさま席を立つと一目散にトイレへ駆けこんでいった。

 あの様子だと隠してもバレバレのような気はするが……そんなことを言った日には拳が飛んでくるので黙っておこう。


「酔ったの?」

「やっぱり分かるよな……マルメロは大丈夫なのか?」

「あたしは船の上は得意だよ。あ、もしかしたらさっき食べたアレが(あた)ったんじゃないかな」


 さっき食べたアレと言うと、俺達も食べた、というかこの船に乗っている全員が食べた所謂牡蠣の丸焼き的なものだ。この世界で食べられている二枚貝をおいしく焼いたものだが、やっぱり中るものなのか。

 なんかそう考えると俺も変な感じがしてきたな……トイレは共用のものが一つだけらしいし我慢するか。


「エチケット袋なら持ってますよ?」

「準備がいいのはありがたいが流石にここではな……まあそれほどじゃないし大丈夫だよ」


 そんなこんな言っていると、どうやらもうすぐ到着のようだ。

 乗務員らしきお姉さんがエリシオニアについて説明している。どれも出発前に調べたことだったので右から左に流しながら、波打つ水面の先――海岸沿いに存在する鉄の壁を眺めていた。その所々には砲門らしきものが見えるところから、恐らくサマギとの戦争用か……今は休戦中だと聞いたが、互いにいつでもできる準備はあるのだろう。

 そう考えると、ゼレーネやヴァイタルとかの他の脅威がある中での大きな争い事は頭が痛い。国と国との戦争なんて起きた時にはどうしようもないことだし、起きないよう祈るしかない。

 その鉄の壁にゆっくりと近づいて行く。

 関所じみた荘厳な門の前には難しい顔をした兵士のような男が立っていた――



「はぁ……手続が多すぎるだろ」

「……仕方がないだろ」


 俺の愚痴にバルサミナがそう返す。

 そのバルサミナもほんの少しだがうんざりしたような表情だ。

 と言うのも、話には訊いていたがあまりにも書く書類が多い。船に乗る前にも色々書かされたが、一体何がそんなに心配なのか、色々な保険に入らされたり誓約書を書かされたりと、元の世界で過ごしていた時以上に文字を書いた気さえする。おかげで手のひらの左側のところがすごく痛い。


「おぉ~! すごいねエリシオニア!」

「外からは堅苦しい雰囲気でしたが、中から見るとなんかかっこいいです! サイバーパンクみたいで!」


 少女二人組はエリシオニアの様相に興味津々のご様子。

 なんだかんだ言って子どもなのか、稀に見せる純粋な姿が疲れた心に染み渡る。

 しかし、山茶花がサイバーパンクと言ったように、連続するビル群の間を縫うように、よく分からない光の線が飛び交っていたり、映像がそのまま空中に浮かんで映し出されていたり、話に訊いていた警備ロボットが歩いていたり、ドローンが飛んでいたり。

 今は昼だが、きっと夜になるともっとすごい光景になるに違いない。

 全てが機械と電子で構成された、機械国家という名に恥じないサイバーっぷりだ。

 俺も少し興味が湧いてきた。


「……はしゃぐのもいいが、目的を忘れるなよ」

「おっと、そうだったな。とは言え、何からするべきだ? 事前情報としては――


 『よりよき世界(ヴァイタル)』を名乗る集団は目的不明の破壊活動を世界各地で起こし、情報も少ないが、分かっているのは全員が”ゼレノイド”である事。

 ゼレノイドはゼレーネに襲われた人間がなんらかの要因で、そのゼレーネと似た特性を得る現象。

 その要素を踏まえると、ゼレーネなのだから同じように人間を襲っているとか、ゼレノイド化したとは言え心は人間のままなのに同じように殺そうとする人間への復讐か――目的は幾つか思い付くが、不可解なのは『破壊活動』の規模だ。

 一つの国、街で建物を破壊したり人を殺したり、ほんの数時間暴れるだけ暴れてすぐに立ち去り、また数日後別の場所で同じことを繰り返す。あまりに散発的すぎるのと、襲われて運よく生き残った人の証言によると、その暴れっぷりは凄まじいものだったが、同時に何かを探しているようにも見えたと言う。

 人間を襲っている割には不自然で大雑把な襲い方だし、復讐にしても積極的に人間を狙っているわけでもないように感じる。

 だとすると、『何かを探している』というのは言い得て妙なのかもしれない。


 そして、このエリシオニアでも目撃情報があった。

 確かに『ヴァイタル』はこの国にいる。


「ギルドから色々情報は聞きましたけど、どれも漠然としていて決め手にはなりませんでしたね……」

「それだけ情報が足りてないんだろうな。ま、その為の調査でもあるわけだけど、それにしても未知数すぎるな。どこから何を探せばいいやら」

「……手分けするか?」


 バルサミナがそう提案したが……うーむ、今は嫌な予感がするしなぁ。


「俺としてはあまりバラバラになりたくはない」

「……だが、もし襲われた時や戦闘に巻き込まれた時、袋叩きになりにくい」

「それもそうか。分かった、じゃあ手分けして情報を集めよう。とりあえず聞き込みだな。俺と山茶花、マルメロとバルサミナでいいよな」

「えーホーズキ君と一緒じゃないのー? ホーズキ君とサザンカちゃんずっと一緒だったからたまにはいいじゃん。あたしがホーズキ君と一緒にいたい!」


 そう言いながら腕にくっついてくるマルメロ。

 どうしたものか、別に深い意味があっての分け方ではなかったので、俺としてはどちらでもかまわないのだが、少なくとも少女二人は心配なので避けたいところだ。


「わたしは別に少しくらいおにーちゃんと離れても寂しくありませんよ?」

「ほんとかぁ? そう言って寂しいんだろ?」

「も、もうおにーちゃん!」

「……ホーズキ、必要以上のイチャイチャは私を意図的に不快にさせるものとみなすけど」

「なっ……! そういう訳では……! いや……すいません。人前では控えます……」


 なんだか今までで一番顔が怖いのだが……そんなに男に縁がないのだろうか。


「……何か考えたな」

「なんでもないです」


 というわけで、山茶花的にもバルサミナともっと話がしたいようで、最終的に俺とマルメロ、山茶花とバルサミナで別れることになった。

 宿(ホテル)のチェックインは午後なので、それまで街中を虱潰しに駆けずり回る。

 滞在期間は一週間だ。


「じゃあホーズキ君~まずはどこに行こっか」

「遊びに行くんじゃないんだぞ。後、あんまり人前で腕にくっつくのは恥ずかしいからやめてくれ……」

「なに~? 照れてるの?」

「そりゃ照れるだろ……」

「いつもサザンカちゃんとこんな感じに歩いてるんでしょ? 実の妹とお熱いよねぇ~。ちょっとくらい分けてくれてもいいんじゃない?」


 これはまた……大変なことになりそうな予感だ。

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