36――俯かぬ水仙と黒百合の恋路
ケーキを食べて腹が膨れたのはこれが初めてかもしれない、というくらいよく食べた気がする。
山茶花とマルメロも満足したようで、天使のように幸せそうな顔で優しい日差しに包まれながらほっこりしていた。それを見ていると眠たくなってきて思わず欠伸。
「もうそろそろ帰ります……?」
「そうだな。あとは部屋でゆっくり休むか……」
席を立とうとするとビシッと手を挙げるマルメロ。
何が言いたいかは大体分かる。
「ホーズキくんあたし王様ゲームまたやりたい!」
「アレはもうダメです!! 絶対にダメです!!」
これだけ元気ならまだそこら辺をぶらぶらしても大丈夫かね。色々と気になる場所はあるし。特に、ウエイトレスさんが全員動物のコスプレをしていると噂の店がとても気になる。
「さ、じゃあとりえず店を出るか。お会計してくるから待っててくれ」
「はーい」
「王様ゲームはダメですからね!!」
席を立って店の中へ入ろうとすると、屋根の上から妙な物音がする。
そう言えばさっきから何か音が聞こえていたような気がしていた。鳥だと思っていたがこれは明らかに人の足音だ。屋根の上に人が乗っている?
「どしたのホーズキくん」
気になって屋根の上を伺ってみると、やっぱり何かがいる。
ゼレーネか? いや、にしては様子が変だ。やっぱり人か。しかも複数いる。もしかして屋根の補修でもしているのだろうか? まあそれなら気にしなくても――
「おい! そこは危ない!」
「へ……? きゃあああ!?」
「おおお!?」
突然屋根の上からゴスロリ少女が降ってきた!?
上手くいくかは頭になく、勢いでその少女をキャッチしたせいで腕に変な力が入って軋んだような気がしたが、今はそれよりこの子のことだ。
今の衝撃で打撲でもしていたら大変だ。
「大丈夫か、どこか痛いところはないか?」
「う、うーん……は!! え、えっとえっと、その……そんな――ッ!?」
「どうした!?」
電撃が走ったかのように目を見開いて痙攣する少女。もしかしたら当たり所が悪かったのではないかと心配したが……様子がおかしいぞ。
なんでこんなに惚けた顔をしているんだ!?
俺にお姫様抱っこされたような状態のまま、少女はもじもじしながら何かを言いたそうにしている。
もしかしたら怪我でもしているかもしれない見知らぬ人なので、すぐに降ろす訳にもいかずにどうしたものか。
「どこか、痛むのか?」
「心」
「は?」
「貴方に出会えた喜びが心の中で溢れかえって、どうにもならない気持ちで一杯なの……だから心が苦しくて痛い」
「え……?」
「結婚してください」
は!?
頭お花畑かこの子は!? いや嬉しいか否かと問われればそりゃこんなことを言われることなんて生きていて一生あり得ないくらいだったのだから、嬉しくない訳ではないのだが。
屋根から落ちたのを助けられて突然一目惚れで結婚してくださいと言える精神の図太さに戦慄するほかない。
「いやぁ、まあ、なんだ、怪我とかはないようで何よりだ。さ、降ろすぞ」
「待って……まだ腰が痛いみたいで……もう少しだけそのままで……」
急に嘘くさくなってきたぞ。
「ホーズキくんもういいじゃん降ろしちゃえよ。どうせ嘘だって」
「へぇ、ホーズキくんって言うんだぁ。私はクロユリ、よろしくねぇ。それで、あんた達はホーズキくんのなに?」
明らかに俺とマルメロ達への反応に差があるこのクロユリという少女。
屋根の修復でもしているのかと思っていたが、服装が多少薄手とはいえゴスロリちっくなせいで全くそんな感じを思わせない。
「あたしはマルメロ、ホーズキくんのお嫁さん」
「違いますよ! この人はただの仲間です。わたしは山茶花です。妹です」
「ふーん。そう。それはどうでもいいとしてホーズ君。もしよかったら、今夜お食事でもどうですかぁ?」
「いきなり出てきて出会って数分で食事に誘うとかさっすがに脳みそぶっ飛んでるとしか思えないよあり得ないあり得ない。もういいからホーズキくん帰ろ。変な人に構っちゃだめだよ」
「それは言い過ぎだぞマルメロ。この服装で屋根の上で何やってたかも地味に気になるし……」
とは言え中々ややこしいこの状況を、いったいどうやって収めようかと思案していたら、屋根の上から人が顔を出した。今度は大人っぽい、ガテン系の服装のお姉さんだ。
やべぇ、見たいな顔をすると、スタイリッシュに屋根から飛び降りかっこよく着地した。
背が高く、女性にしては筋肉質を思わせる、胸が大きいお姉さん。
とても強そうだ。
「いやぁ、ウチのクロユリが迷惑をかけたね。どうせどこも怪我してないから降ろしてもいいよ。というかクロユリ、降りろ」
「はぁい」
「いや本当に申し訳ない。この前のゼレーネ騒ぎで壊れた箇所の修復を頼まれててね、それで屋根を直していたところなんだ。すまないね、邪魔をしてしまったようで」
その内から感じる力強さとは裏腹に、その快活な言動はこの人が良い人なのだと確信させる。
ところで、この前のゼレーネ騒ぎと言うと、恐らくあの三俣のゼレーネの時だろう。やはり、あの場所だけではなくもっと多くの場所に被害が出ていたということか……その修復をわざわざ頼まれるこの人たちは何者だ?
「すまない、名乗っていなかったね。あたしはナーシセス。よろしく頼む」
「ギルドの中でも最も強くて美しい女No.1に選ばれたすごい人なのぉ。この人」
クロユリと呼ばれたゴスロリ少女にそう紹介されて苦笑いするナーシセスさん。
そんな選手権があったことにまず驚きだが、この人もギルドの一員だったのか。そりゃ強そうな訳だ。
「『トゥレメンデスノイズ』――私達は全員女性のパーティなのぉ。このナーシセスは個性的すぎて普通なら纏まらない私達をちゃんと纏められるカリスマばりばりのすごい人なのよぉ」
「おいクロユリ、あんまりそういうこと言うなよ……恥ずかしいだろ」
全員女性のパーティ――!?
なんだそのかっこいいチーム名みたいなのは!?
「あの……トゥレなんとかって、なんですか?」
「ギルドに登録してるパーティが、分かりやすく区別する為につける、まあ所謂チーム名みたいなものだ」
「そんなものあったのか……」
バルサミナのことだからどうせ名前なんていらんだろくだらないとか言って俺に伝えなかったんだな……? あとで文句の一つでも言っといてやろう。
「強制ではないからな。ん、ってことはアンタ等もそうか。いやぁ奇遇だな。今日は非番ってところか? お……いや待て、男一人とちっこいの二人と忍者がいるパーティがエリーマイルでの事件を解決したとかなんとか聞いたが、アンタ等のことか? 忍者っぽい少女が言いまわっていたんだが」
「はは……まあ、そんな感じです」
ってそれバルサミナじゃないか。
アイツが自分達の功績を自分から自慢するような人間とは思わなかった――いや、これからの仕事の為に売り込んでいると考えれば実は色々やってくれているアイツらしい。
「おお!! マジか! 一度話をしてみたいと思ってたんだよ。〈デルラ・ハンザー〉っていうとまだほとんど目撃されてない激レアゼレーネだ。それを倒すくらいなんだからどんな奴か気になってたんだよ。そうかお前だったのか。今から休憩しようと思ってたんだこっちで話ししようぜ」
「いや……その……」
「遠慮するな。ほら、そこの二人も」
良い人なのは分かるけどかなり強引だな……
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一応、会計は済ませた俺達はナーシセスさんに連れられて噴水の所に来た。今日は水が出ているので、涼しくて、風もあって心地よい。
後ろに落ちないように気を付けながら、そしてマルメロに前から押されないように注意を払いながら、噴水の前に座る。
ナーシセスさんとクロユリの他にもう一人いたようで、これまた屋根の上で作業をしていたとは思えないメイド服を着た綺麗な女性だった。名はアザレアと言うらしい。前の二人に比べればアザレアさんはとても静かだ。俺達とナーシセスさんが話している間も、その後ろで静かに立って待機している。本当にメイドのようだ。
「そうか、その魔女っ子が。見かけによらずだな。あたしも君みたいな頃があったよ……懐かしいな」
「へ? て事はお姉さんも魔女?」
「ああ……まあこの格好だと分からないよな」
明らかにガレージで車を修理してる工学系の女性にしか見えない格好から明かされる、まさかの魔女だったという事実。
本人も気にしているのかため息をついた。
「いつもはちゃんと魔女っぽい服装だぞ? 今日は作業があるからこの格好で、クロユリとアザレアがいつもとあまり変わらない格好なのがおかしいだけだ」
「だって作業服可愛くないしぃ」
「どのような服装であっても、わたくしのスペックは変わりません」
うーん、なんとなくナーシセスさんの気持ちが分かるぞ……
さて、エリーマイルでの出来事を話した俺だったが、こっちとしては女性ばっかりのパーティというナーシセスさん達のこともかなり気になった。別にやましい思いがある訳ではない。
「なんで女性ばっかりなのかって? さぁなあ、偶然だとしか言いようがないな。ギルドに来たのも気まぐれだし、別に目的があったわけでもないし。強いて言えば、家督を継ぐのが嫌で飛び出したってとこだな」
「ナーシセスはモテるんだよぉ。自覚ないけどねぇ」
はっはっはと笑うナーシセスに、肩を竦め苦笑いのクロユリ。
まあ確かに、綺麗でかっこいい女性と言えばモテるのも頷ける。もしかしてそれで全員女性……ということは。いや止めよう。マルメロに気が付かれるとややこしくなる。
「ホーズキくんなんか言った?」
「別に」
「そう。ホントかなぁ?」
バルサミナに続いてマルメロも俺の心を読んでくるのか……そんな俺達を愉快そうに見つめるナーシセスさん。
「と、こ、ろ、でぇ。ねぇねぇホーズキ君。私達の仲間になる気はない?」
「こらクロユリ。困ってるだろ。やめなさい」
「ちぇ。じゃあホーズキ君、次会った時までにぃ、決めておいてねぇ?」
「はは……」
苦笑するしかない。
このままだと山茶花が暴走したり、マルメロが便乗して爆弾発言をしそうなのでナーシセスの助け舟は正に救世主。見習うべき点が多いな。
そんなこんなで色々ありながら楽しく話している。
ギルドに入ってすぐの仕事だったので、他のパーティとの交流というものは初めてだったので、相手もそうだと知った時は緊張したが、第一印象以上にいい人だったのは運が良かったと思う。もしこれでよく序盤に出てくる嫌味な奴等だったらストレスで禿げていたに違いない。
「今日は非番ってことらしいけど、明日からはどうするんだ? 何かやることは決まってるのか?」
そう言えばそれについてまだ考えていなかったか、エリーマイルの件についてはいきなりのことでなんの準備もできていなかったが、今回は別だ。
考える時間は十分にある。ゆっくりと、次の依頼を探そうと思ったのだが……
「もし、ゆっくり考えられると思っているのなら大間違いだ。ギルドは常に人手不足。百人を同時に相手できる格闘家ですら、一匹のゼレーネには苦戦する。そんなものに挑むのだから毎日どこかで誰かが死んでいる。ギルドが必要とするのは自発装填が遅い巨砲ではなく、数うちゃ当たるの機関銃だ」
「じゃあ、やっぱりギルドは……」
人を使い捨て、怪物の掃討に当たらせているのか。
「まあ……そこら辺は仕方ないだろう。それだけ困ってるんだ。本当はやりたくないだろうさ。ゼレーネを倒すだけなら悪夢のiZ兵器があるが、あれは同時に文化までも破壊してしまう。それでは本末転倒だ。だから人間がちまちまゼレーネを殺していくしかない。人知を超えた怪物を倒す為には多少の肉壁も必要なんだ。みんな、そんな風に犬死しないように努力している。さて、お前達は、どうする?」
「それ、は……」
「そんなお前達の為にいいことを教えてやろう。エリシオニアは知っているな? 最近そこで、『ヴァイタル』による破壊活動が活発化している」
「ばいたる?」
「『よりよき世界』だ。全員がゼレノイドで構成されている迷惑集団でな。複数人で行動している分、正直言ってゼレーネよりも厄介だ」
ゼレノイド――山茶花が昨日聞いたという、人間がゼレーネになった存在だろう。
詳しくは分からないらしいが多くのゼレーネは群れを持たない。そして、特異な能力を有していても、一部を除いて人間よりも知能は低い。なので、〈デルラ・ハンザー〉のように頑張れば倒すことも可能だ。
もしそんなゼレーネの特異性を持った人間がいるとしたら、確かに考えるだけで厄介だ。知能を持ったナイフは何よりも恐ろしい。
「そいつ等の”調査”、その依頼があるはずだ」
俺にそう言ったナーシセスさんに、メイドのアザレアさんが遮るように反論する。
その様子はさきほどまでの沈着さとは打って変わって焦りが見える。
「ナーシセス様、今はまだそれは」
「確かに、調査とはいえ相手が相手だ。十二分に危険だろう。だが、これくらいこなせないようではどの道、早い内に死ぬさ。たった二度英雄になったくらいでデカい顔されてちゃ、こっちが恥ずかしいってもんだ。さあ、どうするよ少年、ここまで言われて引き下がるわけにはいくまい?」
ニヤリと、口角を上げて卑しく笑うナーシセスさん。
出会ったばかりとは言え、今までとは違う様子に戸惑いの視線を向けるが、山茶花達も助け舟を出してくれる様子もない。判断は俺に任せるということか。
やるしかないだろう。
何もせずに留まっているだけなのは性に合わないし、何より胸くそ悪い。もう十分に休めただろう、だから、この世界から死を失くす為にも……
「分かりました、そこまで言うならやってやりますよ」
「フッ……そうこなくてはな。ならば行け、凱旋を待っているぞ」
と、いうわけで。
俺達は船に乗ってエリシオニアに行くことになった。
その直前にマルメロとクロユリでまたひと悶着あったのだが、それはまた別の話だ。
目的地はネルセットから、海洋を東へ進んだ大陸の北側に位置する国、『機械国家エリシオニア』だ。




