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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第四章――I play with you.
35/81

34――クリムゾン・ミスト・バトル

「……狙撃?」

「そうじゃ」

「……なんの為に? 〈デルラ・ハンザー〉には魔術以外は効かないんじゃないの?」

「いや、微動だにしないというわけでもない。戦車の砲撃を受ければ防御もするし怯みもする。手元を狙撃されれば剣を落とす事もあった。とは言えそこまで重要なことでもない。あくまで保険じゃ。あの魔女っ子が危険な状態になった時に手助けする程度じゃ」

「……それで、あたしになんの用?」

「お主は確か、凄まじい超感覚を持っているのじゃよな。デルラも同じような能力を持っている。並の距離からでは気が付かれるからな。デルラも気が付かんような遠さから狙撃したい。というわけでじゃ、お主の力を借りたいと思った」



 そんなわけで、バルサミナはルピナスに連れられて雪山を登っている。

 ペレヒトリッチにいる時は、赤い霧で全く分からなかったが、そこから離れて何キロ移動したか、山の斜面には一面美しい雪が降り積もっていた。

 歩く度にざくっ、ざくっ、と音を立てる固めの雪を踏みしめながら、ルピナスの後に続く。ごわごわする防寒具の感触が、軽装が好みのバルサミナにほんの少し不快だった。寒い場所は嫌いだったので、マルメロに魔術で狙撃できないか尋ねてみたところ、流石にそんな距離まで飛ぶ魔術はマルメロにも無理だそうだ。


 既に鬼灯達はデルラのもとへ向かっているだろう。

 バルサミナ達は、デルラでも感知しきれない場所からの狙撃を行う為にやってきていた。ルピナス曰く”保険”らしいが。


「……こんなに離れて銃弾は届くの?」


 肩に抱えた巨大で死ぬほど重そうな黒いバッグを抱えたまま歩くルピナスは振り返らずに答える。


「我々エリーマイルの技術力を舐めてもらっては困る。従来のスナイパーライフルから改良に改良を重ね、数十キロ離れた場所からでも銃弾が威力を伴って飛来するようになったのじゃ! が、今回は赤い霧があるせいで対象が見えんからな」

「……なるほど、その為にあたしが、ね」

「本当はライフルよりも拳銃の方が好きなのじゃが……今回は仕方ないのう」


 バルサミナは頑張れば数百キロ先の小銭が落ちた音も聞き取れる人間離れした聴覚、感覚を持つ。

 視界不良で数キロ離れた程度なら、どこに何があるのかははっきりと感知できるので、ルピナスに選ばれわざわざここへ足を運んでいた。


 頂上に着き、ルピナスが黒いバックを降ろし、中身を取り出し始める。

 ガチャガチャした何かを組み立てているのを横目に確認しながら、バルサミナは狙撃する対象のいる場所に視線を走らせた。


「どうじゃ、今どうなっておる」

「……あと数分でデルラのいる場所まで辿り着くところ」

「心配か?」

「……まさか。必ず勝つと信頼している。それこそ、ここに来た事が無駄だったと後悔するくらいには」

「そうなる事を我も祈っている」


 ルピナスはいつもどこか内心含みのあるような雰囲気をしているくせに、今回はどこか冷静だった。

 そもそも、バルサミナはこのルピナスという女が苦手だった。いい奴に見えて、その実腹の中には一物抱えている底の読めない人格。マルメロを戦わせることにしたのも、本当に魔術が弱点なのかどうか実験したいが、自分達に悪印象を植え付けたくないから誘導したようにも感じられる。

 考えすぎのような気もしたが、バルサミナはそういう所は見逃さない。


「どこまで知っていた?」

「なにがじゃ、突然怖い顔をして」


 そう言いながら、ルピナスはバルサミナの顔など一切見ていない。

 それどころか、普通なら分からないくらいの顔の筋肉の微細動で笑っていた。


「ミサイルが落とされる、なんて、嘘だったんじゃないか? あたし達を炊き付けて、戦うように仕向ける為の演技だったんじゃないか?」

「はて、なんのことやら。確かにちょっと盛ったかもしれんがの。じゃが、iZ爆弾は間違いなく投下される」


 どうやら、それは本当のようだ。

 だがやはり、炊き付けた事は本当らしい。


「我からも、バルサミナに訊きたいことがあるのじゃが、いいか?」

「なんだ?」

「お前はどこまで知っている?」


 ルピナスは、どこまで知っている?


「……なんの、話だ」

「分かった。もういい。さ、できあがりじゃ、あとは魔術が効くかどうか……いや、倒せるかどうか、じゃな」


 もはや、隠す気はないらしい。


「我々が外道だったとしても、お主等には関係のないことじゃ。ことを上手く運ぶことは悪いことか?」

「いいや、個人的に気に入らないだけだ」

「我も同じじゃ。ただ、彼等をみすみす死なせようなどとは思わない。だとしたらわざわざこんなところまで出向かんからな」


 真っすぐこちらを見る目は、嘘はついていない。そう確信したバルサミナはそれ以上は言及しなかった。気に入らないのは確かだが、確かに信頼できる存在ではある。


「もし鬼灯達が死んだら、その時はお前を切り刻む」

「ふざけろ。そのような事にはさせんよ」



「ここからあと数百メートル歩けば、デルラがいます。我々は空撃砲の準備がありますので」


 俺と山茶花、そしてマルメロは装甲車から降り、言われた場所へ歩き出す。

 俺がスコープで前を見つつ、赤い霧の中を前に進む。

 決戦は近い。そう考える度に緊張と高揚で心臓が高鳴っていく、それはマルメロも同じか、それとも冷静という名の炎で青く燃えているのか。その固く引き締まった表情からは、やはり強い闘志が見て取れた。


「ホーズキくん。大丈夫、あたし、やるから。絶対に勝つから」

「ああ、当たり前だ」


 兵士から渡された機械が小さく甲高い音を出した。ゼレーネが近いことを表しているのだろう。

 事実、前すら見えないこの赤い霧の中、凄まじい覇気を伴った何かが前方にあることははっきりと分かる。そして、近付くごとにそのシルエットは濃く、鮮明になっていく。


 ――馬に乗った、首のない騎士。


 初めて直接目にするソレは、思っていた以上に強いプレッシャーを放っていた。

 目などない筈なのに、確かにデルラは俺達を品定めしている。誰が俺と戦うのだ、と。


 マルメロが一歩前に出た。


 それを確認したデルラは、距離を取るようにゆっくりと後ろに下がり、二メートルほど離れた場所で停止した。

 そして、腰に提げている剣の柄に、手をかける。

 マルメロをこれから戦う敵だと、認識したのだろう。


 デルラは何も言わない、マルメロも、何も語ろうとはしなかった。



「そろそろです」


 山茶花がそう言った瞬間、体が吹き飛んでしまうかというほどの強風が、マルメロとデルラを中心に吹き荒れた。

 赤い霧がその部分だけ晴れ、まるでソレはその二人の為だけのコロシアムであるかのような、円形の空間。

 それが合図となったのか、二人は同時に動き出した。



「〈Asfalis(アスファイス)〉――ッ!!」


 マルメロの詠唱に呼応し空間が歪み、そこに現れるのは妖しく輝く魔方陣。

 少女の小さな体は、巨大な騎士へと臆せず駆け出し、魔方陣の紫色の光が尾を引きながらあるべき現象をこの世へ顕現させる。


 金属と金属が打ち合う音、マルメロの手に握られていたのは、魔方陣と同じ紫の淡い光の剣。それが漆黒の刀身を持つソレと鍔迫り合い、互いの力の程度を確かめ合うかのように一度距離を取る。

 先に動き出したのはマルメロ、魔力のブーストにより強化された健脚は石畳の道路に亀裂を入れながら少女の体を空へと押し上げる。飛び上がったまま素早く魔力の剣を振り下ろし、しかしデルラもその速度に対応し再び打ち合う。

 まるで時間が止まったかのように、目に見えぬ速さで剣戟が繰り広げられている。それも全て魔力による補助。とてもじゃないが、その人間離れについていけていない。


「くっ――」


 一瞬の隙をついたデルラが剣を突き入れた、剣では反応が間に合わない。

 マルメロは剣の形を解除し魔力を防壁へ変換、防御した後に素早くデルラの攻撃を受け流し、馬に乗る騎士の懐へ飛び込み、固定化した魔力を拳へ籠めて鎧の上から正拳で殴りつけた。

 遠く響く鉄音、デルラは大きく揺れたが、剣を持っていない手で振り払うとマルメロから離れ形勢を立て直そうとする。


 ――が、マルメロは細かいところを見逃さない。


 再び剣の形に魔力を固定したマルメロだが、長く伸びる蛇腹状にして極長のリーチでデルラへ横薙いだ。

 風を巻き込みながらうねりをあげる刃に反応が遅れたデルラは今度こそ重い一撃を認めたようで、その動きが止まる。


 だが――マルメロの背がまだ終わっていないと告げている。


 空撃砲。

 凄まじい量の空気を打ち出す兵器で拡散された霧だが、永遠には保たない。少しずつ霧が元に戻り始めている。

 準備には時間がかかるらしい。

 もしそれまでに霧がこの場に満ちてしまえば終わりだ。


 マルメロにとって、敵はデルラだけではないはず、だと言うのに、怖いほどに落ち着いていた。


 ただ、ソレは杞憂だったようだ。

 黒馬から降りた首なし騎士が、手を上に掲げた瞬間、霧は渦を巻きながら鎧の中へと収束していく。


 完全に霧が晴れた。

 その場はカラッとした晴天に包まれ、突然の明るさに目が眩む。

 何のつもりか……恐らくは、本気を出すのだろう。


「このあたしに手を抜こうなんて、後十四年早いよ」


 首なし騎士は答えない。

 ただ――全力で戦うのみだ。


「――ッ!!」


 砲弾のような速度で肉薄する赤い霧を伴う黒騎士――その途切れない剣戟を辛うじて払うマルメロは目に見えて分かるほどに圧されていた。

 じわじわとマルメロの体が後ろへ下がっていく。

 埒が明かないと感じたのか、マルメロは素早く後ろへ下がり、剣を解除し槍へと変換、投擲された槍身は分裂し雨のように黒騎士へ降り注ぐ。

 防ぐしかない黒騎士の動きは必然的に止まる、そこへ、二回目のアスファイスを発動したマルメロが殴りかかった。


 確かに、マルメロの拳は鎧をぶち破った。

 だが黒騎士は止まらない。剣を持ったままの手はか細い首を狙い空を切る。槍を解除した魔力を剣へと戻しソレを防ぎ、追撃しようとしたマルメロ――だが、黒騎士のもう片方の手がマルメロの首を捉えた。


「マルメロッ!!」


 か細い少女の首など、ものの数秒で折れてしまうだろう。


「ァ――ェ……ッ、ガ」


 穴の開いた空気入れのように、掠れた声を絞り出し、目を見開き今にも死にそうなその姿は、見ていられない。

 体中に噴き出す汗と、焦燥感が俺の冷静な思考を奪っていく。


 マルメロが殺される――俺の体が動きかけた刹那、


 首を絞める黒騎士の鎧に覆われた手に、何かが跳ねた。

 強い衝撃で思わず手を離した黒騎士。


 マルメロは首を絞められながらもずっと保ち続けていた魔力を全て開放し、全ての力も空気も光も闇も何かもを収束し――超極太のレーザー砲を打ち出した。


 全てを巻き込んだ光の渦は、ゼレーネを完全に消し去った。


 戦いは終わった。


「はぁ……はぁぁぁ、やった――やった!! やったよ――、あ、れ――?」

「マルメロ!! 大丈夫か!?」


 ふらりと千鳥足。

 倒れそうになったマルメロを抱える。


「魔力、全部使い切っちゃったから、疲れたみたい……また、もうちょっとだけ休ませて?」

「ああ……!」



 かくして、〈ゼレーネ=デルラ・ハンザー〉は倒された。

 赤い霧は完全にこの街から消え去り、ゼレーネがいなくなった事でiZ爆弾の投下も取り消された。

 全てはあの四人のお陰だ。全て計算通りとは言え、まさかこう上手くいくとは思っていなかった。なんて、野暮な考えはよしておこう。


「最後まで楽しい人達でしたね」

「そうじゃな。久しく退屈せんかった」


 あの後、マルメロが目覚めるとすぐさまどんちゃん騒ぎが始まった。

 ホーズキ達四人の功績を讃え、夜が更けて朝日が昇るまで楽しく過ごした。流石の我も、この時はいつもよりも羽目を外していた。

 途中、間違えて酒を飲んでしまったマルメロによるハプニングが三度ほどあったが、なんだかんだ言って、楽しいモノは楽しかった。


「後片付けは大変じゃがなー、後は任せたー」

「隊長も少しは手伝ってください」

「いやー我は今から総統に事の次第を説明しに行かねばならんからな。本当に後は頼んだ」

「はぁ……分かりました」


 さて、という訳なので、少し時間はかかるが車で首都へ向かった。

 久しぶりのペレヒトリッチの明るい昼は清々しくて気持ちがいい。車に揺られながら流れる景色を眺めていると、マルメロが最後の一撃で放ったことで吹き飛ばされた痕が見えた。派手にやってくれたものだ。まあ、倒せたのだからよしとしよう。

 暫くすると人が多くなってきた。

 ここまで来ると霧が覆っていた範囲外だ。避難していた国民で溢れかえっている。幾つかは国外へ避難した者もいたが、それでもこれだけごった返すのだから中々の量だ。


「中佐、到着しました」


 運転手の言葉に適当に相槌を打って、車から降りる。

 目の前には巨大で荘厳な建物があった。

 所謂首相官邸という奴だな。

 門番に軽く会釈して中へ入る。豪奢な内装のロビーを抜けて、階段を昇って長い長い廊下を抜けた先に、この国の一番偉い人の部屋がある。

 扉をノックし、入っていい旨を確認して中へ入る。


「総統、報告へ上がりました」

「ご苦労様です、ルピナス中佐。長い廊下は疲れたでしょう、お座りください」

「恐縮です」


 張り付いたような笑顔が特徴的な、細身の男。

 こう言ってはなんだがどう考えても胡散臭い感じを死ぬほど漂わせているこの男こそがこのエリーマイルの首相である、クリソンだ。

 エリーマイルに代々続く強かで掴みどころのない、決して尻尾を見せない狐のようで、決して掴む事のできない鰻のようで、涼しい顔で下す非常な決断は、多くの人に恐れられながらもその確かな手腕は多くの支持を得ていた。


「なるほど、では、当初の目的通り、ギルドの者によってゼレーネは討伐されましたか。分かりました」

「命令違反の責任は取ります」

「ええ。無論です。本日を以て貴方は陸軍ではなくなります。そして、新たな職についてもらうことになります」


 覚悟はしていたが、どうせ辺境の村にでも飛ばされるのだろう。


「これを、ある場所へ届けてもらいたいのです」

「は、はぁ、これですか」


 クリソンから直接手渡されたのは黒い正六面体の箱。

 箱、とは言ったが、開けるような構造にはなっていないようで、趣味の悪いオブジェにしか見えない。いったいこれは、なんだ?


「それは大事なお届け物です。これを、彼らと共に届けてほしい」

「彼ら、とは?」

「何を言っているのです。デルラ・ハンザーを倒したギルドからの使者ですよ。彼らと共に、エリシオニアへ向かってください。その後は彼らの監視をお願いします」


 何となく、なんとなくだがこの人がやりたい事が分かった。

 ただ、その後のホーズキ達を監視する必要性が分からない。この計画に気が付いた時の為か? まさか、クリソンも……いいや、そんなことはあり得ないはずだ。少なくとも、恐らくは。


「分かりましたか?」

「は、はい!! 了解であります!!」


 ――結局、その真意は分からぬままだが、どうせ訊いても笑って流されるだけだしいいだろう。

 というか、急がんと列車が動いてしまうな。


「運転手、次のネルセット行はいつ発車じゃ、今からで間に合うか」

「今、出たところですね。ダイヤが乱れていますので、次の発車の目処は立っていないようです」

「はぁ……前途多難じゃなぁ」

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