33――出会えたことに感謝しよう
「ふっかーつ! いやー魔術様様だね! もう傷一つないよ!」
翌日、マルメロが完治したとの知らせを聞いて病室へかけつけた。
するとそこには昨日の姿など見る影もない、いつもの元気で小悪魔な魔女っ子マルメロの姿があった。改めて無事だったと確認できて、安心からか疲れがどっと押し寄せてくる。だが、ここからが正念場だ。ここで力を抜いては勝てるものも勝てなくなる。
「いけるか、マルメロ」
「うん。任せて。ババーっとやっつけちゃうから!」
期限は明日の朝。
それまでにこの街を覆う赤い霧の元凶、首なし騎士のゼレーネ〈デルラ・ハンザー〉を倒さなくてはならない。
赤い霧は室内までは入ってこないが、この街のほぼ全域を覆い、すぐ前ですら見えないほどに濃い。
デルラの着る鎧と鉄でできた馬は剣や兵器では一切傷付かず、その弱点は魔術。だが、赤い霧の中で魔術を使うと拒否反応が起こり死亡する。
そして、一騎打ちを望んでいる。
その弱点を発見したのも、マルメロのおかげがあってこそ。
無茶をしたことは怒りたかったが、俺も人のことは言えないし、今はそんな時ではない。
デルラと戦うのはマルメロだ。そんな時に水を差す真似は野暮だろう。
「……ところでマルメロ、どうやって戦うつもり? 赤い霧はルピナスが強風兵器とやらで一時的に除いてくれるらしいけど、それも長くはもたないらしいし」
バルサミナの問いにマルメロは不敵に笑う。
既に着替えていたいつもの魔女っ子装束の胸の部分(谷間はない)から紙を取り出した。それを広げて俺達に見せる。
そこに書かれていたのは幾何学的でよく分からない紋様が魔方陣のように広がって、その中や周りに大量の謎めいた文字が描かれたおどろおどろしいもの。何かの、魔術だろうか?
不思議そうな顔をする俺達を一瞥し、どや顔で鼻を鳴らしながら自慢げに語り出す。
「これはね、私達魔術師の中でも一つの到達点と謳われている、魔力を空中に固定化する魔術。その名も『Asfalis』っていう魔術なんだけど、本当なら数十年の修行を積む事でようやくその技術を会得できるところを、あたしは魔術の天才だから! こうしてこの年で使えるの!」
やけに嬉しそうに話すので、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。それくらいに今のマルメロの元気はいい。
そして! と基地全体に響くんじゃないかというくらいの声で更に続ける。
「固定化させた魔力は好きな形に変形できるから、肉弾戦が苦手な魔術師でも魔力でできた剣を使って戦える! 剣の形にした魔力はまた分散させて別の形に変換できるから使い勝手は抜群! これで長いリーチで遠距離攻撃を撃ち落とすデルラにも勝てるよ! まだ、未完成なんだけどね……」
「おお……なんか、すごいです!」
「でしょ! サザンカちゃん分かってるぅ!」
以外にも山茶花が目をキラキラさせながら食いついた。
そう言えば治癒魔術をマルメロの婆さんに習ったんだっけか。だとしたら興味を持つのも道理だろう。
そうか……山茶花も魔術とか使えるようになっていくのか……
「……どうした。羨ましい?」
ジト目で馬鹿にするようなバルサミナ。
全くもってその通りだ。
「うるせぇ。俺だってせっかくなんだからもっと派手な事やりたいんだよ」
「……魔力で爆発する爆弾があるでしょ」
「いや、あれは、やっぱりなんか違うなって……」
バルサミナの言葉に苦笑い。
山茶花におススメしてしまった俺が言うのもなんだけどな……とは言え、特別な力が欲しいというのが本音だ。今のところ何か目的があって異世界に来たわけでもないしな。
待てよ、そう言えば、なんであんな雑木林に異世界に繋がる魔方陣的なものが現れたんだ? 偶然に……? いやいや、なんの意味もなく偶然に異世界なんかに飛ばされてたまるか。俺を呼んだ声の正体も分かっていない。
誰が、何の目的で俺達を――
「おにーちゃん!」
「お、おお。どうした山茶花」
「どうしたじゃないですよ。マルメロさんは部屋にこもって続きを作るから手伝ってくれって」
よく見ると、マルメロがいなくなっていた。そんなに深く考え込んでいたのか。
「すまん。ちょっと、考えごとしててな」
「なにかあったんですか?」
「いや……まあ、なんで、俺達はこの世界に来たんだろうなって」
今考えたところで意味のないことだってのは分かってるけど、何故か、気になって仕方がない。
「ごめんな。今のはなしだ。気にしないでくれ」
「は、はい……」
山茶花を心配させるわけにはいかない。
ああ、今考えても仕方ないのだから、考える必要はないだろう。そう言い聞かせてその問いを心の中に封じ込めた。
「……なんの為に、か」
「バルサミナ? 何か言ったか?」
「……いや、なんでも」
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部屋にこもって缶詰をするという話だったが、いったい俺達はマルメロのなにを手伝えばいいと言うのだろうか。
ちなみに、部屋が狭くて嫌だという理由でバルサミナは不参加だ。と言うのも、ルピナスに呼び出されたらしいので行かなくてはならないようなのでどちらにせよだ。
「ナニを手伝ってくれればいいんだよ」
「そうかじゃあ俺は服を脱ぎましてマルメロも……ってバカ!」
「おお! ホーズキくんがあたしの下ネタにノリツッコミを!」
「と言いつつ脱ぐんじゃねぇ!!」
「息ぴったりですね、二人とも」
マルメロの目線に立って、と言われて考えたが最終的にツッコミをもっと積極的にすることになった。なんと言うか、少し腑に落ちないところはあるがマルメロは喜んでくれているのでいいとしようか。かなり疲れるが。
ん? なんで山茶花はそんな目をしてるんだ?
そんな山茶花の様子をマルメロは見逃さない――!
「羨ましそうな顔してどうしたの? サザンカちゃんも下ネタ言う?」
「そ、そんな顔してましたか!? 気のせいですよ!」
「ほんとぉ? 物欲しそうな顔してどの口に入れてほしいの?」
「おっさんみてえな下ネタだな! ちなみに山茶花はまだ小さないので入らない」
下ネタで下ネタに返したのでマルメロはかなりご満悦の様子。
「サイテーですおにいちゃん! わたしのことそんな風に見てたなんて!」
「待てそれは誤解だ! 今のはその……アレで……」
そっぽを向いてベッドに横たわってしまった山茶花。
テンションが上がって思わず口走ってしまったことを死ぬほど後悔する。よくよく考えてみれば普通に最低じゃないか……
「嫌われちゃったねホーズキくん」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「しーらない。あ、でもサザンカちゃんがホーズキくんいらないなら、あたしがホーズキくんと子どもを作っちゃってもいいってことだよねー」
サマギでそんな感じの話してたな確か!
ていうか前提が間違ってないか!?
「ま、待ってください! それはダメです! おにーちゃんとの子どもはわたしが――あ」
「え? サザンカちゃんがホーズキくんと子どもを作るの?」
恐ろしい奴だ小悪魔マルメロ。
あの真面目で純粋な山茶花にそんなことを言わせるなんて。
「そそそそれはマルメロさんが誘導したからであってわたしはそんなこと微塵も思って……」
「じゃあ、あたしが貰っちゃおっと」
「それはダメです! ダメですけど……子どもとかそういうのはその――はっ、なんで子どもを作ることが前提になってるんですか!! おにーちゃん分かって止めなかったでしょ!!」
あー、山茶花の珍しい姿が見れて俺は満足だ。
ありがとうマルメロ。
ビデオカメラでも持っていなかったのが唯一の後悔だ。
「おにーちゃああああんッ!!」
文字通り地が揺れた。
@
山茶花に怒られて、うるさいとキリさんに怒られて、俺とマルメロはシュンとしながら真面目に術式の作成に勤しんでいた。
「じゃあここに、これに書いてある文字の通り書いて。字は汚くてもいいから」
その手伝いの内容はと言うと、羊皮紙でできたメモ帳的なものに羅列された謎めいた文字を、さっきマルメロが見せびらかしていた一枚の紙に書いていく事。山茶花もあわせて三人で、せっせと一枚の紙に書きこんでいく地味な作業だ。
乗ってくると誰も話さなくなり、集中しているのかずっとペンを動かし続けている。
しかしまあ、ずっと書いていると手が疲れてくるのは元の世界で一夜漬けしている時にもよくあった。
これを書いてどうなるのか、そこからどうやってその魔術が使えるようになるのかとか、色々と気分転換に訊きたい訊きたいことがあるのだが、邪魔をしてはいけないと思いそわそわしながらも書き続ける。
と、チラチラと見ていたのに気が付いたのか、ニヤリと笑うマルメロ。
「あれぇ、もしかしてわたしの胸元見てたぁ?」
「見る胸がないだろ――いてぇ!! そのペン地味に堅いんだから叩くなよ……」
「今はないだけでそのうち大きくなるんだからね!!」
「おにーちゃんサイテーです」
「うっ……本当にごめんなさい……」
ないとは言ったものの、マルメロと初めて会った時、ベッドで俺の上にうつ伏せで寝ていた時の胸の感触はなんとなく覚えている。
山茶花と似たような体型なので、少しずつ育ちつつある山茶花ルートだとすれば確かに将来有望だな。うん。
「なんかいつにも増して目がエッチだよホーズキくん」
「いつにも増しては余計だ」
「それで、何か訊きたいこと、あったんだよね?」
気付いてたのか、まあかなりそわそわしてたからな。
「これを使って、どうやってその魔術を使えるようにするんだ?」
「ふっふーん。よくぞ訊いてくれました。ではあたしから簡単な講義をば。まず、魔術を行使する為に必要なものは『術式』です。これは数学の公式などと同じで、我々魔術師はこの術式に魔力という数を当て嵌める事で、魔術をこの現実世界に現界させます。今書いているのがその術式で、あたし達はこの術式をまず覚えるんだよ。そうしたら脳に自動的にインプットされるように”できてる”から、あとはそこに空気中のマナを変換して生み出した魔力を当て嵌めれば、って寸法」
「はぇー、そんな感じだったんだな。じゃあ、魔力で爆発する爆弾も」
「そう、あれもあの爆弾の中に『爆発させる』意味を持つ術式が組み込まれているから、そこに魔力を入れるだけで魔術が発動するの。だから、この紙を持ってるだけでも魔術は使えるけど、それじゃかさ張るし勝手が悪いからね。”自動的にインプットされるように”魔術師は術式を構築するんだよ」
バルサミナも言っていたが、魔術師でなくとも魔力自体は作れるらしいから、俺もこの術式とやらを覚えれば魔術を使えるようになるかもと考えたが、そうはいかないようで。
「でも残念ながら、覚えるだけじゃ使えない。公式そのものが正しくても、そこに出鱈目な数字を入れたって求めたい答えは出てこないでしょ? 術式の中に、顕現させたい現象に必要な分だけの魔力を当て嵌める事ができないと思ったようには行使できない。術式が複雑になればなるほど比例して難しくなっていくから、それができないと結局、どんな魔術も使えないんだよね」
「そうか……それにしても、初めてマルメロが賢く見えたぞ。やっぱマルメロってすごいんだな」
「そう……? そうだよねー!! あたしってば魔術に関しては天才だからねー!! あははははは!!」
いやはや、ご機嫌な奴だ。
こんなに明るく笑えるなんてよっぽど幸せでないと無理だろう。いや、今のマルメロは、どうなんだろうな。
ふと、山茶花が肩に手を置いた。
「自分に自信を持ってください」
ダメだダメだ。
山茶花の言う通りだ。思考の坩堝に陥ってはネガティブの思う壺。
俺達と話しててこんなに明るく振舞ってくれるんだ、だとしたら、マルメロは今楽しいと思ってくれているんだ。それで、少しでも心が楽になれるのなら、それでいい。
「どったの? 二人とも」
「いや……そうだな、マルメロは俺達といるの、楽しいか。俺達と出会ってよかったと、思えるか?」
「うん! 当たり前だよ! 二人に会えて本当によかった!」
それは間違いなく本心だった。
ああ、絶対に、間違いなく、それはマルメロの本心だ。
そう言ってくれるなら、俺達もこの異世界に来た甲斐があったというものだろう。
「ありがとう、マルメロ」




