32――立ち上がる少女の折れない心
「ほう、一騎打ちか。詳しく聴かせてもらえるかのう?」
口角を上げて意地悪くニヤリと笑うルピナス。
多分、この人は言わなくても分かっているのだろう。俺の口から言わせたいのだ。
「〈デルラ・ハンザー〉は攻撃されると暴走、苛烈なカウンターを与えてきますが、マルメロとの戦闘ではその様子が全くなかった。それに、今までマルメロ以外でデルラに一人で挑んだ者が確認されていない。という事から考えると……なんですけど、どう、ですかね……?」
説明していてどんどんと自信がなくなってくるような気がいたが、ここまで言ってしまったのだからもう後には引けない。
腕を組んで静かに聴いていたルピナスは、俺の話を聴いてフッと笑った。
「なるほど。この意見に対して、何か言いたい事はあるか。ん、キリか」
「確かに、そう考える事もできます。ですが、もしそうだとして、誰か一人にゼレーネと戦わせるということですか?」
「それは……」
不死のゼレーネを一瞬で焼き殺す事ができるほどの力を持つマルメロでさえ、圧倒的なハンデを被っていながらも撃退するだけに終わったような相手に、別の誰かを一人で戦わせる……となると、死にに行くようなものだろう。
「とは言え、興味深い意見じゃ。試してみる価値はある。だがまあ、キリの言う通りその役目を負う者が問題じゃな。一応ギルドと連絡をとってみよう。キリ、頼んだ」
「承りました」
緊張から解き放たれて、思い切り力を抜いて椅子に座った。
「かっこよかったです、おにーちゃん」
「ありがとう……はぁ」
でも一応、俺の意見も取り入れてくれるらしいので、話してよかったと思う。
これで、奴を倒せれば……
「な、何をしているんですか!?」
「なんだ?」
会議室から出たキリさんの、怒気を含んだ声が聞こえた。
「ま、マルメロ!?」
壁に手をついて、全身汗だくで、しかし鋼のように強固な意志を感じさせる双眸。
恐らく無理に起き上がったのだろう。
意識が戻ったのは嬉しい、だが――
「マルメロ、大丈夫か。大人しく寝てなきゃダメだろ」
会議室から出て、マルメロの傍へ駆け寄った。
キリさんと二人で医務室へ戻そうするが、マルメロはてんで動こうとしない。
「役目は……その役目は、あたしが、やる」
「何言ってんだ……その体でできる訳ないだろ。大丈夫だ。マルメロのお陰でゼレーネが倒せるかもしれないんだ。だからもう、休んでていいんだよ」
「よくないよ。アイツはまたここに来る。鬼灯を殺しに来る」
「な――なんで、そんな事が分かるんだ」
「アイツが、そう言ってた。〈デルラ・ハンザー〉がそう、言ってたの」
ゼレーネが、喋ったってのか?
信じられないが、マルメロの目は本気だ。嘘を言っているとも思えない。
「だから、待ってなんていられない」
俺は、マルメロに休んでいてほしかった。
もう、あんな姿は見たくない。だから、これ以上頑張らないでほしかった。マルメロに死んでほしくなかった。
でもそれは、俺のエゴだ。
マルメロは頑張りたい。故郷の為に、この国の為に、マルメロは戦いたいと思っている。
俺はそれを……いや、違う。俺じゃない。
俺達だ。
「マルメロ。俺達は、お前を信じる」
「え……?」
「なあ、山茶花、バルサミナ」
「はい! 私達はいつでもマルメロさんの味方です。仲間ですから!」
「……大事な戦力が使えないのは、いただけないし……なんて、あたしだって、マルメロが苦しんでいるのは見たくない」
「みんな……」
「本当は、本当は休んでてほしい。だけど、マルメロにしかできない。マルメロがやるべきなんだ。だろ?」
マルメロは少しだけ俯いた。まるで涙をこらえるように。
そして、先よりもちゃんとした芯の通った光が灯った双眸で、強く頷いた。
マルメロの意思は固い。もはや、誰にも止めることはできない。
とても嬉しそうな顔で、ルピナスが背後に立っていた。
「ふ……おぬしがそう望むのなら、我々は力を貸すぞ」
「ち、中佐! この子は患者です! これ以上酷使するなど……!」
「隊長命令的なヤツじゃ。この時点で歩けるのじゃから、完治は早いじゃろう。戦る気があるなら、後は決まっておろう」
ルピナスのお墨付きももらえた。
だが、キリさんはまだ納得がいかないようだ。
「全く……頭の固い奴じゃ。いいかキリ。こういうものはじゃな――
「中佐! 総統からの、お電話です!」
「なに……? 分かった。すぐに行く」
部下と思しき男が焦燥の極みと言った感じでそうルピナスに言った。
ルピナスの方も、今までの飄々とした雰囲気から一変、真面目な声色で告げ、その場を後にした。
「あの、総統っていうのは?」
俺がそう訊くと、キリさんも少し言葉を濁しながら答える。
「この国の長、クリソンです。ゼレーネによる占拠が続くのは好ましくありません。恐らくですが、強硬手段に出るのでしょう」
強硬手段……? その詳しい内容がなんなのか、俺には知る由もなかったが、あまり穏やかでないことだけは分かる。
会議室の方も、重苦しい空気が漂っている事から、ただ事ではない事は一目瞭然だ。
マルメロ達も固唾を飲んでいる。
暫くして、ルピナスが重い足取りで戻ってきた。
暗い表情、その口から告げられたのは、信じられない一言だった。
「撤退命令が出た。軍はここにミサイルを落とすことを決定した」
驚愕のあまり、声が出なかった。
だが、キリさんやルピナスの部下である男達は、まるで分かっていたかのように項垂れた。悔しさを吐き出すように。
「ルピナス、さん。それは……」
「今言った通りの事じゃ。上層部は、これ以上の損失を望まない。最終手段として、この街、ペレヒトリッチにiZミサイルを投下する事を決定した……!」
「iZミサイル……?」
「エリーマイルが開発したミサイル兵器じゃ。かつてサマギとエリシオニアの戦争において、大陸の半分を消し炭にした凶悪な兵器。ゼレーネを殺す為には、それしかないのじゃろうな……」
今まで堂々とした表情を崩さなかったルピナスの初めて見せる焦燥の表情に、俺の中に不安が募る。
「我々もそんなことを本当は看過したくない。ここは故郷じゃ。この街とともに我らは育ってきた。ここを離れるという事は、家族を見殺しにする事に等しい」
「なんとか、ならいんですか……」
「なるものか。投下は明後日の朝。もうどうすることもできん……」
「なら、それまでに倒せばいいんだよね」
マルメロが、そう言った。
一斉に、全員がマルメロを見た。ルピナスも驚いた表情で固まっている。
「さっきまで、そういう空気だったでしょ? 明後日の朝にミサイルを打つなら、それまでに倒しちゃえばいんだよ。簡単なことでしょ?」
未だに痛々しい傷痕を残すマルメロだったが、己の足で立ち上がり、ガッツポーズをして見せた。
絶望的な空気などおかまいなしに、自分がどうにかしてみせると言い放った。
「く、クク……ははははは!! その言葉を待っていたぞ!!」
「へ……?」
「すまんな。焚きつけるような真似をしてしまった」
俺だけじゃなくマルメロも目を丸くしていた。
ルピナスさんだけではない、他のみんなも、キリさんまで、さっきの重苦しい表情はどこ吹く風。
「そう言うと思って一芝居打ったのじゃ。そら、我らとて生まれ故郷をみすみす捨てるような真似はせん。なに、撤退命令は明日の昼まで。それまでに倒してしまえば問題ない。じゃろ? マルメロ」
「……! うん!」
こうして、火蓋は切って落とされた。
マルメロは故郷の為に、恩人達を守る為に。贖う為に。俺達はそれを支えるのだ。




