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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第四章――I play with you.
30/81

29――ガラス越し

 白熱電球が照らす少し煙草臭い休憩室、少女は一人黄昏ていた。


「ここにいたのか、マルメロ」

「んー? どったの? こんな時間に」


 話し合いが終わり、今日は遅いのでとりあえずみんな休んでくれ、ということで俺達は仮眠室と風呂を貸してもらった。

 二段ベッドが部屋の左右に置かれているのを見るとそう遠くない記憶である修学旅行の事を思い出す。俺達は元の世界で行方不明になっているのかと考えると、家族や友達への申し訳ない気持ちが溢れ出てきた。


「山茶花とバルサミナはルピナスさんと風呂に入ってるし、男湯は今満員だから一人で暇だったんだよ」

「……慰めに来てくれたんだよね」


 そう面と向かって言い当てられると何も言えなくなるじゃないか。まあ、まったくその通りなのだが。


「マルメロは分かりやすいからな。あ、別に悪口じゃないぞ」

「分かってるよ。でも、あたしが、魔術が全く役に立たないって言われると、流石に……ね」


 そう、先の作戦会議で告げられたのは、この赤い霧の中では”魔術が使えない”という事だった。

 正確には、赤い霧は非常に濃く悪性が強い魔力でできており、この中で魔力を使った場合、自動的にこの霧を魔力として消費してしまうようで、これを消費して魔術を発動すると発狂、更には全身の血管が膨張し破裂、神経が破壊されて死ぬらしい。

 そうして死んだ魔女の写真を見せられた時は流石に俺もショックを受けたが、一番ダメージが大きかったのは言うまでもなくマルメロだ。

 実質的な戦力外通告だったのだから。役に立たなければいけない、そう焦っていたはずなのに足元から崩された。そんなマルメロの今の心情は計り知れない。


「大丈夫だよ。ここじゃなくても、またいつか」

「すぐじゃなきゃダメなんだよ、今すぐじゃないと……やっぱりみんな気付いてるんだよね。あたしが焦ってるってこと」

「ああ。でも、どうにもできないこともある。大丈夫だ。俺達がついてる。どうにもならないなら頼ればいいんだ」


 優しく頭を撫でる。小さい頃、よく山茶花にしたのを思い出して、思わずやってしまった。

 俯いたまま小さく笑うマルメロ、だが、その手は振り払われた。


「急に女の子の頭触るなんてホーズキくんのへんたーい。あたしになんかしようとしたでしょ」

「ばっ、馬鹿! そんな訳ないだろ!」

「ホントかなぁ? まあいいや! あたしも風呂入ってこよーっと。じめじめしてて汗かいちゃったし……見たい?」

「何を!?」


 思い通りの反応が得られたから機嫌がよくなったのか、軽い足取りでマルメロは脱衣所へ走って行った。

 静かになった休憩室。

 窓もなく、音もない。空気が籠って気が重い。

 マルメロはああ言っていたが、明らかに心は限界だろう。あのどんな時でも輝く明るさは、二人ぼっちで見知らぬ場所を彷徨っていた俺と山茶花の心の支えでもあった。その中に垣間見える翳りは尋常だと思ってはいけない。

 マルメロは何もないと言った、そして先の拒絶――でも放ってはおけない。

 俺がリンファーにしたような馬鹿な無茶を、マルメロにさせる訳にはいかないんだ。

 (ゼロ)になったものを戻すことはできないのだから。


「よし、とにかく俺も風呂に入るか」


 そろそろ人もまばらになってきたところだろう。

 男湯なら桃色ハプニングが起こる事もないだろうし。いや、流石に、ね。

 男だらけの軍隊では同性愛があったというような話を聞いた事もあるし……いやいやいや。でも、もしそうなったら対格差的に逃げられそうにないしなぁ。


「って待て! なんでこんな事を真面目に考えてるんだ!」


 どうもマルメロの下ネタ癖が変な形で移ってきているような気がする。

 ダメだダメだ。落ち着いて考えろ。下ネタが当たり前になったらどうなる、バルサミナにボコられる。よし、やめよう。

 でもマルメロの下ネタにツッコむ為には合わせないといけないしな……ツッコみだけにツッコむってか。


「いやだからそれはおかしい!」

「きゃっ……」

「あ、すいません!! 怪我はないですか?」


 アホなこと考えながら廊下を歩いていると前方不注意で人にぶつかってしまった。

 しかしこの感触は――


「幾らお客人と言えど、慎みください」


 首下で切り揃えた綺麗な黒髪が特徴的な、眼鏡の女性。

 胸が大きい。軍服がぴっちりしているせいか、より強調されており非常にエロい。そして、それに俺は触っている。

 触っている――!?


「あーいやそのこれはマジすんませんした」


 人類の進化を逆再生するかのように流れるような後ずさり滑らか土下座モーション。

 はぁ……と溜め息が聞こえたので割と覚悟しながらチラッと顔を上げる。


「そこまでしなくても、撃ったりはしませんよ。体を上げてください」

「本当に申し訳ないっす」

「よろしい。しかし気を付けてください。気高きエリーマイルの女性の柔肌に警戒心なく触れると普通は蜂の巣ですから。貴方はまだこちらの文化に疎いようなので許します」


 やっぱり撃つんじゃないか。

 それはそうと、少しだけ違和感を感じた事があった。何がと訊かれれば説明に困るが……


「そうだ、自己紹介がまだでしたね。全体の紹介は明日するつもりでしたがどうせなので今しておきましょう。陸軍少佐、キリです。鬼灯さん、以後よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「いいお返事です。ではこれで」


 ふぅ……ちょっと厳しそうな感じのお姉さんだったな。

 ぱっと見ルピナスよりも年上に見えたが、階級は下なんだな。しかし、これで合点がいったが、この国でも女性が優位なのだろう。さっきの会議でも、男女比が半々だった。軍隊でこんなに女性が多いって事は、そういう事なんじゃないか? よく分からんけどな。

 なんて考えていると、キリさんが速足で戻ってきた。


「すいません。マルメロさんから伝言を預かっています。今ならお風呂が空いているので急いで来て欲しい、とのことです」

「わざわざありがとうございます」



 軽く会釈をして風呂場へ急行。

 もうさっさとさっぱりして今日は寝よう。

 と、風呂場へ向かう廊下の曲がり角、マルメロが待っていた。


「おう、もう上がったのか」

「あたしは早風呂だからねー。ささ、こっちこっち」

「お、おう」


 マルメロに促され脱衣所へ。

 心なしかいい匂いがする。石鹸の匂いだろう。この世界の石鹸も元いた世界のモノとはあまり変わらず、液体のものがちゃんと置いてある。


「しかしマルメロ、お前は出ていけ」

「えー」

「えーじゃねぇ」

「オットセイ見せてくれたらあたしも見せてあげるよ?」

「やめろ! 変なこというんじゃない!」

「あれ? オットセイが元気に――あー、ちょっと! 女の子を乱暴に扱うなんてサイテーだよホーズキくん!」


 盛り上がる大地で地殻変動が起きそうだったので素早くマルメロを脱衣所の外へ強制連行。

 施錠してこれで完璧。

 無理矢理侵入される前に風呂場に入らなければ……ってアイツ、磨りガラス越しにこっちを見てないか?


『これはこれで……じゅるり』

「誰か助けてー!!」


 SOSも虚しく脱衣所には俺しかいない。

 早々に脱ぎ終わり風呂場へ駆けこむ。


 が!! しかし!!

 俺はここで気が付いた。あまりも遅い、遅すぎる認識。


 ここは女湯だった!!

 道理でいい匂いがする訳だ!!


「む、ホーズキではないか。どうやら間違えたようじゃな」


 湯船に浸かったルピナスが腕を組みながらこちらを一瞥。

 そして、恐怖のメロディと共に蹴破られる脱衣所のドア。振り返る間もなく突き飛ばされて湯船へハリウッドダイブ。しかも仰角何から何まで完璧狙いすましたかのようにルピナスの目と鼻の先へ着地した。

 ああこのまま溺れ死んでもいいだろうか。


「顔を上げろ、ホーズキ」


 マジすか?


「上げんと殺すぞ」

「ハイ勿論喜んで!!」


 凄んだルピナスの声に反射的に体を上げて、今度こそ地獄行きか長い人生だったみんなさようなら。


「冗談じゃ。はっはっは!! 見られて恥ずかしい体でもあるまい。見たければ好きに見るがいい。そうじゃな、丁度いい。貴様とは腹を割って話そうと思っていたところじゃ。背中でも流してやろう」

「え、あ、え? マジすか?」

「そうと決まればほれ、立て。遠慮するでない」


 割と強引だなこの人!?

 と、そう言えば俺はマルメロに突き飛ばされたんだったな……振り返ると、そこには不機嫌そうなマルメロが。


「ぶー、思ってたのと違う」

「思ってたのって何だよ……ていうかお前は何がしたかったんだよ!」

「しーらない。バルサミナにホーズキくんがセクハラしてたって告げ口してこよーっと」

「あ、ま、待て! 本当にやめろ! 殺される! ルピナスさんちょっと待ってください……」

「何を言っておる、マジで殺られる訳ないじゃろ」


 マジなんですよねぇそれが!

 しかしこう、やはり軍人なのか俺もそれなりに鍛えたはずだが完全に力負けしてずるずると引きずられていく。そして遠ざかるマルメロ。ああ、次こそ死んだな。


 という訳で、ルピナスに背中を流してもらう事になったのだが。

 女性に体を洗ってもらうとか、もう、これ以上にないくらいヤバい事なのは言うまでもない。昔から山茶花と一緒に風呂に入ったりしてるし、以前はマルメロ達とも混浴したが、こう、出会って数時間の人と密着して裸同士で体を触られていると考えると、ヤバい。とにかくヤバい。


「ふ……そう緊張するな。取って食ったりはせん」

「そうは言ってもですね……」

「ホーズキよ。マルメロの言葉によく耳を傾けてやれ。彼女は危うい、とてもな。柱のない家などすぐに壊れる。今のマルメロはそういうモノだ」

「ルピナスさん……ルピナスさんは、アイツに無茶させない為に、わざとあんな写真を見せたんですよね」

「うむ。見ていて気が気でない。あの無茶をしそうな雰囲気は、昔の我によく似ていてな……一目見れば分かる。だが、止める役割は我にはない。マルメロはずっとSOSを出しておるぞ? ホーズキにな」


 マルメロが、俺に……?

 今までのマルメロの言動を振り返る。

 俺に何かにつけてちょっかいをかけたり、下ネタでからかったり……まさか、それが?


「伝え方は人それぞれじゃろう。話したくとも、そうそう簡単には話せん事もある。ホーズキ、話を聞きたいなら、まず相手に合わせる事じゃな」

「それってつまり……」

「下ネタには下ネタを、というのはいきなりは難しいじゃろうが、真に心を許せるのは、自分を理解したと思える者だけじゃ」


 確かに……確かに、俺は、本当の意味でマルメロを心配できていなかった。

 根底にあったのは”助けてやる”という俺の意思。自分勝手な俺自身の意思だ。

 だが、マルメロを救う為に必要なのはソレではなく、マルメロの意思。


「そこまでしてでも拒絶されたのであれば、まあそこまでじゃろ」

「……なんで、ルピナスさんはいきなり、そんなことを?」

「先も言った通りじゃ。昔の我に似とる、だから気になる。それだけじゃ。よし、流すぞ」


 プラスチックみたいな感触の桶からお湯が背中にかけられる。

 少し強めに擦られた肌は、ヒリヒリと感じた。

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