2――閉ざされた心の扉を開く為に
俺は生きた。
突然見知らぬ場所に放り出され、狼型のクリーチャーに襲われた。
死を覚悟した。俺はただの高校生、なんの取り柄もないただの人間だ。だから死んで当たり前だった。俺なんて死んで当然の人間なんだ。
なのに、なのにだ、全く知らない人に助けられ、会ったばかりで言葉すら交わしていない人に庇われて、庇った人は死んだ。
俺は生きた。生きた? おかしいだろう?
「よし少年、じっとしとけ。こんぐらいの傷なら包帯巻いてりゃ大丈夫だな。持ってくるから待っとけ」
一面荒野の中、砂に隠れるようにポツンと地下への階段があった。
その中に連れて行かれ武骨な固い椅子に座らされる。ひんやりとした地下室の土壁と天井。決して綺麗なものではなかったが、かと言って酷く汚れてもいない。奥を見渡せば鉄格子が見えたがそのほとんどは破壊されており、ここが牢獄だったのかもしれないと思わせる。明かりは適当なランプが数個あるだけで薄暗かったが、周囲を見渡すには十分な明かりだった。なにせ狭い。
俺は未だ腹から血を流していたが、不思議と体はどうにもなっていなかった。眩暈がしたりもしない。
暫くすると男が戻ってきて、傷口にあてがうように包帯を巻いて行く。少しすると、魔法でもかけられたかのように痛みは引いていった。
目を丸くする。いやそもそも、全ての事態に対して理解が追いついていない。
「あの……俺は」
「そんな顔すんなよ、っていうのも無理な話か」
「なんで……なんで知り合いでもなんでもない俺のことなんか庇って……」
一瞬、男の顔に影が射す。
すぐに笑顔に変わったが、声色は重いものだった。
「アイツは特別人が良かったんだ。それだけだ。深い理由なんてない。アイツはアレで幸せだったんだろうさ」
「そんな……」
体が震えているのが分かる。
死なれた方の身にもなってほしい。誰も頼んでない。助けてくれなんて頼んでない。俺なんかの為に死ぬのなら、生きてもっと別の人を助けた方がよっぽどマシだった。それなのに俺が助けられた。
納得ができない、こんな理不尽なことは。
だが、事実俺は助けられ生きてしまったんだ。
「まあまあまあ、ここらじゃ人が死ぬなんてよくあることだ。つーか、お前どこから来たんだ? あんなとこに一人でよ。ギルドの戦士って風にも見えねぇ一般人だし」
「それは……急に頭痛がして、魔法陣の中に入って気が付いたら……」
「転移魔術の類か……? 魔術師じゃねぇからわかんねぇけど。いいや、とにかくこれからどうすっか考えねぇとな」
そうだ……俺はいったいこれからどうすれば……いや待て、今この男はなんて言った?
「とりあえず自己紹介だな。俺はロード、盗賊なんてもんをやってるゴロツキのリーダーだ。お前は?」
「鬼灯……敦盛鬼灯です」
「ホーズキか。よし、覚えた」
それにロード? 明らかに日本人ではない。
そもそもにおいて、日本人には全く見えないし、こんなおおっぴろげな場所で荒廃したスラム染みた場所が日本にあるなんて思えない。ここはどこなんだ? 魔術? 聴き慣れていてスルーしそうになったが、あくまでフィクションでの話だ。現実にあるとは思えない……思えないが、確かにあの時魔法陣の中で俺と山茶花はどこかへ飛ばされた。
「どうした? 顔色悪いぞ、血の気は大丈夫そうだが」
「あ、あの……魔術って……?」
「あん? 魔術っつったら魔術だろ。サマギの魔女らが使うアレだよ。マジで知らないのか……? ここがどこか分かるか?」
このパターンはまさか……俺は……
「い、いや知ってます! けど俺が住んでたところがあんまりそういうのなかったんで、馴染みがないっていうか……?」
「そういう感じか。で、どこから来たんだ? ちなみにここはサーヴァリアって国だ」
「それが……分からなくて」
そう、俺はきっと別の世界に来てしまったのだろう。
ここで正直に話しては話がややこしくなることは必須。だから適当にそれっぽい当たり障りのないことを言って誤魔化すしかない。変な奴だと思われて、疑いの目を向けられるのは避けたい。
「ゼレーネは分かるか」
首を横に振る。
「よほど平和なとこだったか、はたまた箱入り息子だったか……まあいいか、さっきのアレはゼレーネっつー……あー、そうだな、”怪物”だ。既存の生物とは何もかもが違う、ただの殺戮生命体。個体名は(リンファー)だったな」
「すいません……何も、分からないんです」
ロードと名乗った男は、どうやら察しがいい人らしく、『訳ありなんだな……』と言って深くは言及してこなかった。とりあえず胸をなでおろす。
「とにかく、今は俺達と一緒にいろ。無論仕事も手伝ってもらうけどな。まあ今は、色々考えたいこともあるだろうし、ゆっくりしとけよ。答えは見つからねぇ時もあるけどよ、しょうもねぇ答え出すくらいなら、分からないまま死んだ方がマシなこともあるぜ少年」
「……! はい、ありがとうございます」
本当に、なんで、なんでこんなに俺に優しくしてくれるのだろうか。
感極まって泣きそうになるがぐっとこらえる。
このロードさんという人は俺がどう考えているのかを丸っきり分かっている。こうして気を遣って心労が溜まらないようにしてくれている。俺なんかの為に。俺があの時ぐずぐずしていなければ、仲間は生きていたはずなのに。
――それでもロードさん達は、見知らぬ俺を助けようとした。
「よし、じゃあ部屋に案内してやる。ついていこい」
「部屋とかあるんですか?」
「そう言うなよ、こんなとこだけどな、使える元牢屋の一つや二つはあるもんだぜ。水道も通ってるから最低限の生活には困らないしな。ほれ、ここが一番マシだ。おーい、起きてるか?」
壁にもたれ掛かるようにして、少女が一人座り込んでいた。
警戒しているのか、体育座りのまま目線だけを少し上げ、俺を睨みつけている。
「……誰、そいつ」
「新入りだ。今日から、同じ部屋で過ごしてもらうぞ」
「一緒の部屋とか嫌」
「固いこと言うなよ。部屋として使えるようなとこはここぐらいしかねぇんだからよ」
「……」
ロードさんに諭され、少女は露骨に嫌そうな顔になった。
見た感じ、この少女は俺と同い年か少し下くらいだろう。近くの他の部屋にはたくさんの人がいるとはいえ、同年代の男女が同じ部屋で過ごすというのは色々と問題があるのではなかろうか。
別に間違いなんか起こすつもりはないものの、できれば俺も違う部屋がいい。
まあ、ロードさんがさっき言ったように、ここに来るまでに見た様々な牢屋には綺麗なものももちろんあったが、汚れていたり壁がひび割れていたりと、綺麗だとは到底言えないようなところもあった。
だから、あまり我が儘を言うわけにもいかず、俺は特に反論はしなかった。
「悪ぃな。こんなやつだが、仲良くしてやってくれ」
「あ、はい。もちろんです」
ロードさんは申し訳なさそうに言ってくるが、言われなくてもそのつもりだ。
何せ同じ部屋で過ごすのだから、険悪な雰囲気にはなりたくない。
この少女は悪い子ではないだろうけど、俺なんかと仲良くしてくれるのだろうか。
それが気がかりだった。
「今は、布団代わりの布は一枚しかねえが……ま、後で持ってきてやる。ホーズキの分な」
「ありがとうございます」
牢屋の中にはベッドらしきものがなかったからもしやとは思ったが、本当にその一枚の布が布団の代わりなのか。今ここにあるのは、この少女の分だろう。
やっぱり、ここでの生活はあまりにも貧しい。
それを、改めて実感した。
「んじゃ、また後でな」
そうして、ロードさんは俺の肩をポンと叩いてから、踵を返して去っていく。
さて、どうしよう。
特にすることもないので部屋の中へ入り、隅っこのほうで腰を下ろす。
「えっと……名前、何ていうんだ?」
「……タイ」
「そ、そっか。俺は鬼灯だ、よろしくな」
「……」
名前は教えてくれたけど、やはり態度が素っ気ない。
しかも、少女――タイはそっぽを向いてしまう。
「……」
「……」
気まずい……。
話題もなく、そもそもタイは俺と会話をする気がないみたいなので、お互い無言である。
この気まずい空気を何とかしようと、俺は必死に話題を探そうと思案する。
「なあ、アンタ」
「お、おう。なんだよ」
「いや……なんでも、ない」
ホントになんだよ!
突然しおらしい顔したかと思えばまたそっぽを向いて無言になってしまうタイ。
だがこのまま無言でいては一生何も喋らない気もした。それはそれで気持ちが悪い。ああ、山茶花と話すようなものだと思えばいい。
「ここ、この国さ、サーヴァリアってあの人言ってたけど……どこら辺にあるんだ?」
「は? 言ってる意味分かんないんだけど」
「いやーなんていうかそのー、なに大陸とかさ」
とにかく、自分が置かれている状況に少しでも現実感を与えたくて、俺はそんなことを訊いていた。ここは明らかに日本ではない。
俺を襲ったアレも、どう考えても犬には見えない。土佐犬レベルのデカさであんな狼みたいな犬とか聞いたこともない。アレが狼だとして、日本に野生の狼がいるはずないし、いたとしてもこんな荒野にはいないだろう。
そしてそもそも、日本にこんなスラム街みたいな場所が地上にあるだろうか?
「ドレッド大陸。ドレッド大陸のサーヴァリアだ」
「どれ……なんて? ドレッド?」
戦艦か何かか?
いや待て、ドレッドなんて大陸の名前教科書で見たことないぞ。からかってるのか?
「なんだよその目、せっかくオレが答えてやったのに」
「い、いやぁ……別に」
どうやら、ふざけている様子でもなく。
まあ最近、教科書の内容が変わったり変わらなかったりとよく聞くし、最近授業をちゃんと受けていた記憶がないから知らぬ間に変わったのだろう。多分。
しかしこれで振り出しに戻った。
全くもって俺の今の状況が分からない。
「す、好きな食べ物! 好きな食べ物とかあるか?」
なんだよ俺そのバカみたいな質問は!
「無理に、喋ることなんてないぞ」
「うっ、そんなつもりは全くないからな。まあ正直、気まずいのはあったけど……」
さらっと言うならここしかない。
これでダメならもう諦めよう。はなっから自分自身にコミュニケーション能力なんて期待していない。
「……りんご」
「え?」
「りんご!」
「お、おお……そうなのか」
なーにやってんだよ俺は! 馬鹿か!
「ったく、しょうがねぇやつだなお前は。仲良くしてやっからそんな泣きそうな顔すんなよ」
「し、してねーよ!」
「してたぞ?」
「してない!」
「……ぷっ、ふふふっ」
口角を上げ、朗らかな表情でタイは笑う。
まだタイと会ってから間もないとはいえ、こんな笑顔を俺に対して作ってくれることが嬉しかった。
ずっと無表情で無愛想だったが、こうして笑っていると……何というか、年頃の少女らしくて可愛らしかった。
不本意ながら、俺の反応がウケたのだろう。
まだ、完全に心を開いてくれたとは言えないだろう。
だけど、たとえ半開きでもいい。ほんの数ミリでもいい。
その閉ざされた心を、少しずつでも開いていってくれたら。
タイの可愛らしい笑顔を見ながら、俺はそんなことを思った。




