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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第四章――I play with you.
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25――ラジカル・コミカル・スパイラル

 鬼灯達がサマギを訪れる少し前、その北にあるネルセットから北西の方向にある『エリーマイル』という国で、ある事件が起きていた。

 いや、これは怪異と言って差し支えない。


 赤、紅、朱――どこまで行っても視界は赤一色に染まった異様な空間。

 エリーマイルは”白銀の国”とも呼ばれるほどに一年中雪が降り積もる雪国のはずだったが、ある都市の一つが丸ごと『赤い霧』に包まれた。


「隊長報告です、例のゼレーネ討伐に向かったギルドからの使者が……全滅しました」

「分かったのじゃ、戻れ」


 せわしなく人が出入りしては走り回る会議室、聴きたくもない報告を延々と聞かされ続ける隊長と呼ばれた少女は心底辟易していた。

 言わずもがな、犯人はゼレーネだ。

 突発的に現れるゼレーネの例に漏れず、真昼間のランチの時間にソレは現れた。

 だが未だ、紅い霧に紛れたその姿を捉えた者はいない。ギルドもそのゼレーネの正体を特定できていない。

 『赤い霧』が現れた、エリーマイルの中でも大きな都市である『ペレヒトリッチ』。そこにある陸軍基地は事態の収拾どころか、通信すらも妨害されているせいで情報の整理すらおぼつかない不安定な状態だった。

 ギルドから派遣された者達は悉く敗れ去り、感情に任せ命令を無視して先行した部隊は無論皆殺し。あまりにも無駄な犠牲だと、少女は心の底からあざけ笑った。同時に、みすみす人員を減らすような事をしたことへの苛立ちも心の底から湧き上がってくる。そう、消耗するのはギルドなのだから、我々はサポートに徹していれば無傷で切り抜けられたはずなのに、と。

 少女は計算高かった。それこそ身内でさえも出し抜くほどに結果にはこだわるタイプだったのだが……それを滅茶苦茶にされて今に至る。


 正体すら掴めぬ文字通り霧のような存在に、成す術もなかった。


「ギルド本部からの伝言です。追加の人員を送るとの事ですが……」

「まるで人が消耗品のようじゃな。やはり、ギルドも躍起になっているというわけか」


 ふと、部下の顔を見上げる。


「なんじゃその顔は?」

「い、いえ! なんでもありません! 失礼します!」


 脅えたように走り去っていった。

 さしずめ、お前も似たようなモノだとでも思ったのだろうと少女は嘆息する。

 事実、少女は計算高い。言い換えれば、非常に腹黒い。騙されている事にすら気付かせない用意周到さは、軍の中でもずば抜けていた。その為、こんなにてんやわんやな事態になることなど今までなかったので、部下達も気が気でないのだろう。

 とにかく、できうる限りの死体の処理と、ギルドからの派遣を待つこと、そして当該ゼレーネの速やかな処理が先決だ。なんとしてでも倒さなければならない。その為には、ギルドの派遣が必要なのだ。


「さて……楽しみじゃの。次はどんな奴が来て、どんな死に方をするのか」


 心の底から嫌な顔をしながら、少女はそう呟いた。



 時は進み――ネルセット。




「こ、この部屋を一人で使うのか……?」


 目の前には、以前泊まった部屋とは比べ物にならないほどに広い、十畳ほどの広さの部屋が広がっている。ふかふかのベッドまでついて、棚やタンスのような家具。机に椅子は勿論の事、歯磨きやらなんやらの備品まで揃い踏み。とにかく、一人で使う部屋とは思えない。


 バルサミナのお陰で、俺と山茶花、マルメロとバルサミナの四人でパーティとしてギルドに加入できた。どうやらギルドに加入していると、まず部屋が与えられるようだ。一人一部屋、言えば二人以上でも使っていいらしい。三食付きで全てギルド側の負担。思っていたよりも凄まじい高待遇だ。ここまでよくされると逆に訝しんでしまうものだが……


「でもその代わり、ちゃんと功績は上げないと追い出されちゃうらしいよ?」


 俺の隣で同じく驚いていたマルメロがそう言った。

 まあそう甘くはないよな……バルサミナが言っていたように、ギルドの基本的な仕事であるゼレーネの討伐。これを行わなければならない。そう、あんな凶暴で理不尽な怪物達を何度も相手にしなければならないのだ。何度命があっても足りやしない。だが、足りるようにするためには強くならなくては。

 意味もなく、なんとなく自分の右手を軽く握った。力ない手だ。なんの特別な力も持たないただの手。だが、訊いた話によると剣と鎧だけで戦う純粋な戦士も多くいるそうだ。そういう人達は総じて魔法は使わないらしい。それを聞いて少しだけ希望が持てた。


「おにーちゃん、どうしました?」


 もう隣で山茶花が心配そうにそう訊いた。もう怪我は完治している。


「いいや、なんでもない。それよりさ、これからどうする?」

「そうだねー、ネルセットに来たのあたしも初めてだから詳しくは分からないや」

「確か、ゼレーネを倒す依頼を受けたりするんだよな。だとしたら早速――

「ホーズキくんのきのこを……

「こら」

「あいてっ、もーまだきのこしか言ってないよ」

「俺はきのこを培養してないぞ」

「えっ? してないの? 小さいの……?」

「そういう意味じゃない!!」

「………………!! まさか、ついてないの――!?」

「そうそうそういう――いやちゃんとついてるよ!!」


 そんな話をしていると……


「……お前らはなんの話をしてるんだ」


 虫なら殺せてしまうくらいの見下す視線で俺を見るバルサミナが部屋に入って来ていた。


「いや、違うぞバルサミナ! これはマルメロが勝手に……!」

「……別にいいけど」

「いやよくないだろ!」

「……そういう意味で言ったわけじゃない」

「は゛い゛、ずい゛ま゛ぜん゛……」


 足を思い切り踏まれて悶絶する俺を意に介さず、バルサミナは話し始める。


「……ゼレーネ討伐はまだ先。まずはホーズキ、お前を鍛えてから」

「えぇ……?」

「えぇ……? じゃない。言葉のまま。今のお前は弱すぎる。サザンカから聴いたけど、盗賊並の戦闘力じゃ到底ゼレーネを倒せない。精々、あたしが背中を預けられるくらいにはなってもらわないと困る」


 確かに、この前の〈ルザーブ〉との戦いも、四人でやってようやくギリギリ倒せたくらいだ。噂に聴くと、あんなゼレーネを一人で斃す猛者すらいるらしい。

 それに比べて、今の俺の力では到底……ゼレーネどころか人間にすら勝てないだろう。

 強くなる為に鍛えるのは当たり前か。


「分かった。何をすればいいんだ?」

「……まずは体力と持久力。それがないと始まらない」

「それに関しては自身があるぞ」


 自慢じゃないが元いた世界ではそれなりの体力はあった。それに加えてロードさんの特訓のお陰で自身の異様な体力と持久力は自負している。じゃないと森の中を二日も三日も休まずに歩いていられない。


「……二日三日歩き続ける程度の体力では、長期戦になった時に保たない。これもサザンカから聴いた。昨日、全部聴いた。ホーズキとサザンカが異世界から来たことも」

「そう、だったのか。やっぱり、驚かないんだな」

「……まあ、珍しいことだけど、絶対にない事でもないから。理論上、異世界の存在は証明されてるし……そんなことはどうでもいい。まずは走り込み」

「ちょ、待って……いきなりかよ!?」


 襟をつかまれ、バルサミナに引っ張られていく。

 それを優しい目で見守る山茶花とマルメロ。


「頑張ってください。おにーちゃん」

「わたしとのアレに耐えられるくらいの体力つけてきてねー!」

「マルメロさん……?」

「サザンカちゃん恐いよ……」


 薄情な奴らめ……そんなこんなで、第二回敦盛鬼灯の特訓大会が始まったのである。



「はぁ………………はぁ………………」

「……そろそろ休むか」


 体育教師ですら裸足で逃げ出すと比喩しても過言でないほどに鬼のような走り込みを経て、俺の足はちょっと硬いゴム並の耐久力になっていた。もう立っていられない。

 汗だくだくの額や首を布……元の世界で言うタオルで拭きながら、広場にある噴水の石段に座る。水は出ていないので落ちても安全だ。頭は打つだろうけど。

 隣ではバルサミナが涼しい顔で、俺に替えのタオルと水筒を手渡した。ちなみに、バルサミナも一緒に走った。


「ありがとう……」


 水筒に入っている液体を一気に飲み干した。どこか懐かしい、少し塩っぽい、運動後に呑むと体に染みる味だった。


「やっぱり、バルサミナってすごいんだな」

「……何を当たり前の事を。闇に生きる忍がこの程度でへたばるものか」

「バルサミナって忍者だったのか……?」


 この世界にも忍者はいるのか……とまずそこに驚いたが、まさか忍者だったとは。


「……あ、それで思い出したけど、ホーズキは何がいい?」

「え? 何が?」

「……馬鹿か。ジョブだよ。なんでもいいから決めて。サザンカはナース、マルメロは言うまでもなく魔術師ウィッチ。あー、ホーズキは剣持ってるしナイトでいいか」


 ジョブと言われるとRPGの、最初にジョブを決める時のワクワクを思い出したりして感傷に浸っていたのだが……なんともあっさりと決められてしまった。まあ確かに、それ以外に選択肢はないのだが。

 賢者とかやってみたかったなぁ……


「……ジョブ毎の特性とかは先天的なものだから、魔術師ウィザードを選んだからと言って魔術が使えるようになるわけじゃないぞ」

「あ、そうなの……じゃあナイトでいいか」


 それにしても、冷静に考えてみると、今の状況の異常さがよく分かる。

 異世界に来て、訳も分からず盗賊の一味にされて……人の死を見て……山茶花を助けて……魔術師と会って……怪物と戦って。よく生きていられたなと感心してしまうくらいには、俺は激動の日々を送っていたのか。

 父さんと母さん、心配してんだろうなぁ……早く、帰る方法を見つけないと。

 山茶花だって、あんな風に明るく振舞ってるけどきっと心細いはずだ。その為にも、俺が強くならないと。ああ、もっと、もっと強く。


「よし! 続きやるか!」

「……いや、もう少し休もう。腹が空いたから、どこかで昼飯を食べたい」

「そう言えばそうだな。どこか店知ってるのか?」

「……当たり前だ」



「ただいま満席でしてー、相席でもよろしいですかー?」

「いいか? バルサミナ」

「……………………別に」

「遠慮しとこうか?」

「……いいって言ってるだろ」


 心底嫌そうな顔をしていたが、いいと言うのなら仕方がない。俺ももう腹が減って仕方がない。

 レトロな造りの店の中はニッコニコの店員さんの言う通り大勢の客で賑わっている。家族連れのテーブル席から一人用のカウンター席まで所狭し。どうやらここは元いた世界でいうファミレスのような場所らしい。ただ、窓にガラスなどはなく、吹き抜けになっており、木造である。これはこれで風通しがよくていいだろう。

 カウンターの奥から漂う肉を焼いた香ばしい匂いが鼻孔を擽り、腹の虫を急かしてくる。


「お客様ー、相席でもよろしいですかー?」


 と、俺達が相席する事になったテーブル席にいる客三人に、店員さんがそう声をかけた。


「あたしは別にええけど、ビオラもええよな?」

「問題ない」

「じゃあ、あたしそっち行くわ」


 ん?

 なんで関西弁なんだ?


「こちらになりますー」


 そう言われて席に着くが……俺達の目の前にいるのは三人の少女。

 窓側に座るのは腕を組んで気難しそうな顔をしている、まるで女侍みたいな風貌で横に刀を立てかけている少女。

 通路側には、横に弓と矢袋やむろを立てかけた明るい雰囲気を窺わせる、さっき関西弁で喋っていた少女。

 その間に挟まれるようにして、でかいウサギの耳がついた着ぐるみを着た幼女が少し警戒したような目つきでこちらを見ていた。恐らく仏頂面のバルサミナのせいだろう。


 なんだこの状況!?

 まあ、刀と弓矢は分かるが……関西弁と着ぐるみのインパクトがそれらどころか異世界であることを打ち消してしまうほどに濃い。

 だがここは紛うことなき異世界なのだ……この世界には着ぐるみと関西弁もあるということか……


「なんや兄ちゃんそんな緊張して、相席したからにはもう友達も同然、仲良くしようや。あたしはジムナスター。よろしくな」

「よろしく、お願いします。鬼灯です」


 手を差し出されたので緊張しながら握り返し握手をする。


「ほら、コスモスも挨拶せな」

「よ、よろしくっす……コスモスっていいます」


 小動物のように縮こまりながらも小さな手を差し出してくれたので握り返す。絶対にバルサミナが睨みつけているからだ。


「ごめんなーいつもはもっと元気やねんけど、まあ……その、なんや。まあ色々あるねん色々!」


 すごく気を使われているようでとてつもなく申し訳ない……!!


「おいバルサミナ、いつまでそんな顔してんだよ……」

「……別に。してないけど」

「は、はは……こいつはバルサミナって言いまして、いつもはもっと、こう、明るい奴なんすけどねー」

「……そっちの奴よりはマシだけど」


 そっちの奴とはまさかさっきから窓の外を見ている刀を持った人のことか……!!

 ところでなんでそんな喧嘩腰なんだバルサミナ!


「戦るか……?」

「……へぇ」


 喧嘩を売られた少女は立てかけてある刀に手を触れて気難しい顔が鬼神のような形相に……しかし横からジムナスターに頭を叩かれた。


「アホかなにを言うとんねん他の客に迷惑かけるなとあれほど言われたやろどんだけ戦いたいねん牛か。ごめんなー兄ちゃんこいつはビオラ言うてまあ、アホやねん。悪気は……多分ないと思うから許したって」

「こ、こちらこそバルサミナがご迷惑をおかけして……」

「いやいやこちらこそ……」


 なんで俺がバルサミナの保護者みたいになってんだよ!!

 しかし……初めて会った時から思ってたけど、ほんとバルサミナは初対面には心を開かないな……仲間になったのが奇跡みたいだ。


「ご注文はお決まりですかー?」


 さっきのニッコニコの店員さんだ。陶器のコップに入った水とお手拭きを持ってきてくれた。

 そう言えばすっかり忘れていた……というか、この世界の食べ物なんて全然知らないぞ。


「バルサミナ……何を頼めばいいんだ?」

「……さあ、何でもいいんじゃない?」


 バルサミナぁぁぁぁ!! なんで拗ねてるんだよ!!

 あ、メニューがあった。

 おお……運よくイラスト付きだ。もうどれでもいいか……ああ、ハンバーグか? これ。


「じゃあこの……これで」

「かしこまりましたー。お客様はどうされますかー?」


 バルサミナも俺と同じものを指差した。


「かしこまりましたー以上でよろしいですかー?」

「ああ、はい。お願いします」


 ……なんでバルサミナは俺と同じものを選んだんだ?


「貴様ら、何故(それがし)と同じものを選ん――

「一々言わんでええやろビオラ。同じものを選ばれてどうなんねん」

「いや、あまりにも偶然すぎたので気になっただけだが」

「なんか捻ったこと言えやなんやねん気になっただけてそんなんでお客さんに受ける思とんのか!」

「なんだと!? お前じゃないんだからそんな事できるわけないだろ!! そして何度も言う様に某達は別に芸人ではない!」

「二人とも声が大きいっすよ……!」


 面白いなこの人達。


「……馬鹿だなこいつ等」


 最後まで不機嫌なバルサミナだった。

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