23――邂逅――その牙が穿つもの
俺たち三人による、仲間探しが始まった。
とはいえ、当然宛てがあるわけもなく。
適当に三人で〈ネルセット〉中を歩いてみるということになった。
旅館での宿泊は明日の昼までとなっているため、できれば今日のうちに見つけておきたい。
だが、そう簡単に見つかるものだろうか。見知らぬ俺たちに協力してくれる者など、あんまりいないのではないだろうか。
当然だが、金も時間も有限だ。あまり、のんびりはしていられないだろう。
しかし、もちろん俺たちの体力にも限界はあるもので。
何時間も歩き、それでも尚仲間となってくれそうな人物は見つからない。
少し疲れたので、山茶花とマルメロをベンチに座らせ、間食でも買ってこようかと道路脇に出ている屋台に向かう。
元の世界にもあった、カステラのようなものを売っているようだ。
旅館では牛乳もあったし、異世界とは言っても飲食物は然して変わらないらしい。
美味しいかどうか分からない、見たこともないものを口にする勇気はないから、正直安心した。
カステラを購入するため、屋台のもとへ行く。
――すると。
「……ちっ」
そんな舌打ちが聞こえたので振り向くと、そこにはバルサミナが立っていた。
さすがに、これには驚く。
昨晩混浴で初めて出会い、その翌朝には旅館の売店で再会し、更には今外でもたまたま出くわしてしまうとは。
ここまで偶然が重なると、逆に必然なのではないかと思ってしまう。まあ、そんなわけないんだけど。
「……」
つい無言になり、何だか気まずい。
意図していなかったとはいえ、昨日で初対面だったくせに二日で三回も遭遇したのだから仕方ないだろう。
しかも、バルサミナは俺たちにあまり好意的ではなさそうなので尚更に。
「……あんた、ストーカーなの?」
「えっ!? い、いや、違う! 完全に偶然だって!」
「黙れっ! じゃあ、何でいつもいつもあたしの前に現れるんだ!」
「知らねえよ!? 本当に偶然なんだよ!」
「そんな偶然があってたまるか! この変態野郎!」
何故か怒られた上に罵倒されてしまった。理不尽すぎる。
普通はなかなかないだろうけど、そんな偶然が実際にあったんだよ。
むしろ俺が訊きたいくらいなんだよ。本当に。
「……ふん」
露骨に不機嫌そうな表情で、バルサミナは踵を返す。
そして、そのまま立ち去ろうとする――と。
「きゃあぁぁぁああぁぁあぁぁ!」
不意に、甲高い女性の悲鳴が辺りに谺した。
遊びや冗談などで発しているのではない、鬼気迫った絶叫。
何かよからぬことが起こったのは、その光景を見ていない俺たちにも明白で。
「ちっ……!」
バルサミナが荒々しく舌打ちをして駆け出したので、俺も後に続く。
やがて、見えてきたのは。
――女性のものと思しき血まみれの躯を貪る、犬のような怪物の姿だった。
無論、ただの犬ではない。
大きな口から鋭利な牙を覗かせた、三つの首。尻から生えた、蛇みたいな尻尾。
多少は小柄ではあるものの、どこからどう見ても凶暴そうな様相を呈している。
まるで、ギリシャ神話で語られるケルベロスのような化物だ。
「……何で、こんな人の多いところに……? 人が多い場所には、あんまり来ないはずなのに……ッ」
バルサミナは怪物を鋭く睨みつけながら、奥歯を噛み締めて呟く。
その反応から、バルサミナが冷酷ではない事は分かった。人に対して冷たい態度を取っていても、目の前で人が殺されている事を許せないのだと思っている人間だった事が、何故か嬉しく思った。
深い怒りがこみ上げてくる。
「……バルサミナ、あいつは何なんだ?」
「知らないの? あいつは〈ルザーブ〉。三叉の〈リンファー〉で、小柄だけど素早さが尋常じゃない。しかも感覚が人間とは比べ物にならないから、小細工なんかは通用しないと思う」
バルサミナの言う〈リンファー〉とは、俺がこの世界に来て最初に遭遇した狼の怪物のことだろう。
「おにーちゃんっ!」
「ホーズキくん、大丈夫!?」
俺を呼ぶ聞き慣れた声がしたので振り返ると、山茶花とマルメロがこちらへ向かって走ってきていた。
騒ぎを聞いて、ここまで駆けつけてきたのだろう。
「……〈ルザーブ〉とかいうゼレーネが現れた。一人の女の人は、もう既に……」
山茶花とマルメロが俺たちの近くまで到達し、俺は現状を説明する。
もう少し早く来ていれば、あの女の人を救うことができたのだろうか。
それとも、早く来て助けようとしたところで、俺やバルサミナにまで被害が及んでしまっていたのだろうか。
もしの話をしても詮なきことだと頭では理解していても、思わず考えてしまう。
と、バルサミナは山茶花が持っている盾やマルメロの姿を視認し、口を開く。
「……ちょっと協力して。あいつを、斃すために」
その言葉を発し、バルサミナは口にした。
あの怪物――〈ルザーブ〉を斃すための、作戦を。




