22――その手は取らず、その足で己の道へ
――翌朝。
俺は、いつもより早い時間に起床した。
ふと部屋中を見回せば、山茶花とマルメロはまだぐっすりと眠っている。
せっかくだし、朝風呂にでも入るか。
そう思い立って、俺は浴場に行く。
昨晩とは違い、男湯に人はいなかった。まだ朝早いため、当然と言えば当然だけど。
おかげでゆっくりと浸かることができたが、あまり長湯はしないようにしてできるだけ早めに上がる。
そして近くにある売店に向かい、牛乳瓶を手に取る。
やはり、風呂上りには牛乳が一番だろう。この世界にも牛乳があってよかった。
すると――。
「……チッ」
そんな舌打ちとともに横から現れた少女が、俺と同じものを取る。
隣に目を向けると、昨日の夜に混浴で会った、不愛想な少女だった。
俺の存在を視界に捉えるや否や露骨に嫌そうな顔をされてしまったが、二日連続で会うのも何かの縁かもしれない。
同じ旅館に泊まっているとはいえ、この宿泊施設だって小さくもなければ、客の人数が少ないわけでもない。
だから、名前も知らない初対面の人物と二度も会うことは、そう滅多にあるものじゃないのではないだろうか。
などと思考する俺に背を向け、少女は首を後ろに傾けて牛乳を飲む。
昨日は風呂だったために裸の状態を目にしたわけだけど、今ではちゃんと服を着ている。当たり前だが。
何というのだろう。少し露出が多めの和服に、両脚を覆う網タイツ。
まさに忍者、くノ一のような装いだ。
「な、なあ、名前は何ていうんだ?」
「……バルサミナ」
意を決して訊ねてみたら、素っ気なくはあったものの、飲むのを一旦中断して答えてくれた。
また無視されるか舌打ちをされるかのどっちかだと思っていただけに、少し驚いてしまった。
「お前は一人なのか? 何でここに?」
「ちっ……ギルドに加入しようかと思って来たのに、三人以上いないといけないって言われた。あたしは一人だけだから、どうしようか考えあぐねてただけ。もう国に帰ろうと思ってたんだけど……そんなこと訊いてどうすんの?」
最初は話をしてくれそうにないなんて印象を抱いたりもしたけど、意外と俺の質問に応じてくれる。
どうやら牛乳の瓶は売店前のエントランスで回収してもらわないといけないらしく、その嫌そうな表情や棘のある声色から、部屋に戻ることもできないため仕方なく相手をしてくれているのだろうことは分かる。
でも、これはチャンスかもしれない。
バルサミナと名乗った少女の話だと、この街に来た動機も、この旅館に宿泊した理由も俺たちと酷似している。
ただ違うのは、俺たちが己の身分を証明するものがなくて困っているのに対し、バルサミナは人数が足りないということ。
この状況を好機と呼ばずして何と呼ぶ。
「バルサミナ、住民票とか身分を証明できるものって持ってるか?」
「……? 当たり前でしょ」
バルサミナは訝しみつつも、俺が望んでいた回答をくれた。
俺たちは、身分を証明できる住民票が必要。
バルサミナは、ギルドに加入するため残り二人以上誘わなくてはいけない。
そんな両者が集まったのなら、取るべき行動は一つだろう。
「じゃあさ、俺たちと一緒に来ないか? 実は俺たちもギルドに加入しようと思ってたんだけど、身分証明できなくて困ってたんだよ」
そう。バルサミナが同じパーティーに属すれば、人数も身分証明も解決できる。
このままだとギルドに加入できるのはいつになるか分からないし、せっかく訪れたチャンスを逃したくはない。
――しかし。
「……は? 悪いけど、その話には乗れない。あんたらの仲間になんてなるつもりないし、あたしの仲間は自分で探す」
そう冷たく返し、バルサミナは残っていた牛乳を全て飲み干す。
そして売店前のエントランスにて瓶を回収してもらい、そのまま立ち去っていく。
勧誘失敗だ。
そんなに上手くいくわけもないし、仕方ないか。
それから部屋に戻ると、山茶花とマルメロは既に起床していた。
バルサミナとのことを二人に話し、俺たちは仲間探しを始めることにした。




