21――王様は誰だ
風呂から出て、部屋に戻った後。
特に何をするでもなく、俺たちは思い思いに過ごしていた。
「ねーねー、ホーズキくん。何か面白いことないー?」
ふと。マルメロが、退屈そうに言ってくる。
旅とか冒険というのはこんなものかもしれないが、暇潰しになるようなものなんてあまりない。
だから、マルメロが暇そうにするのも仕方ないだろう。
「ないよ。寝たらいいんじゃね」
「えー、寝るのにはまだ早いよー。むー……あ、そうだ! じゃあ、ホーズキくんたちの世界の遊びを教えてよ」
「俺たちの世界の?」
「うんっ! できれば教えてほしいな」
問われ、俺は暫し考える。
元の世界の遊びとは言っても、数え切れないほど存在するためどれを教えるべきか迷う。
テレビゲームなのか、それとも人生ゲームなどのアナログゲームなのか……そのものによってジャンルも異なるわけだし。
ただ、今からここで遊ぶのなら、テレビゲームや人生ゲームといった、必要なものがある遊びはできないからやめておくか。
と、一人で思案していると。
「あの、それなら王様ゲームはどうですか?」
「王様ゲーム? なにそれなにそれっ」
不意に山茶花が発した言葉に、マルメロは途端に食いついた。
確かに王様ゲームなら、必要な道具もあまりないし、ここでもすぐにできるだろう。
知らない様子のマルメロに、山茶花は王様ゲームのルールを説明する。
別にいいのだが、王様ゲームとは少しチョイスが古い気がする。
今でも合コンとかでやっているのだろうか。そういう場所に行ったことがないから分からないけども。
「面白そーっ! やりたい! やろうよ!」
山茶花の説明を受け、マルメロは瞳を輝かせる。
王様ゲームの存在を知って、こんな反応をするとは少し珍しい。
まあ、この異世界では王様ゲームがないようだから仕方ないと言えば仕方ないか。
「でも、王様ゲームってのはもっと大人数でやるものだと思うぞ。俺たちは三人しかいないんだから、もし自分が王様になったとき、どっちが何番かってのが分かりやすいしな」
そう。俺たちは今、三人しかいない。
王様を除いた場合、一番と二番しか残らないのだ。なので、一番が二番に何かをするなどという命令をすると、意図した人物に好きな命令をすることができてしまう。
そうなると、王様ゲームのルールがあまり意味のないものになるような気もする。
「……ってことは、あたしが王様になったら、二択でホーズキくんかサザンカちゃんに好きなことをさせられるわけだね。やろうやろうっ! すごくやりたい!」
が、何故かマルメロは更に興奮したように声を荒らげた。
こいつ、もしや俺たちに変な命令でもするつもりじゃないだろうな。
「あんまり変な命令はしないでくださいよ?」
「えー? 変な命令? しないよ、そんなのー」
山茶花の発言にマルメロは笑って否定したが、明らかに怪しすぎる。
だけど俺たちも退屈していたのは事実だし、久しぶりに王様ゲームをするのもいいかもしれない。
部屋の中に置かれていたメモ帳の紙を三枚ほど千切り、全て細長くなるように巻き、それぞれに『王』『Ⅰ』『2』と書く。
そして俺は文字が隠れるようにして持ち、マルメロは楽しそうに、山茶花はおずおずと一つずつ紙を手に取る。
「王様、誰だ?」
言いながら、残った紙を見ると――『2』と書かれていた。
ということは、マルメロか山茶花のどっちかが『王』で、どっちかが『1』なのだろう。
やはり三人だけだと、こういう考察も容易すぎるな。
「やった、あたしが王様だよーっ」
どうやら、残念ながらマルメロが王を引き当ててしまったらしい。
どんな命令をするつもりなのか。何故、俺は王様ゲームでこんなに緊張しているのだろう。
「んー、まずは小手調べだね。一番の人は、服を脱いでっ!」
「な、なな何が小手調べですかっ! そ、そんなことできるわけないじゃないですかっ!」
マルメロが命令を発すると、すぐさま山茶花が反応して赤面する。
俺が二番だから、必然的に一番は山茶花となる。
つまり、今から山茶花は脱衣をしなくてはいけないわけだ。俺たちの目の前で。
「ほらほら、早く早くー。王様の命令は絶対なんだよー、ふひひっ」
「……お前、エロ親父みたいだぞ」
俺が半眼でマルメロに呟き、山茶花は赤面したままぐぬぬと奥歯を噛み締める。
やがて意を決し、山茶花はゆっくり服を脱いでいく。
たっぷり三十秒ほど要して、下着姿になってしまった。
「こ、これでいいですか」
「おぉー、サザンカちゃんってば大胆」
「そ、そっちがやらせたんじゃないですかぁっ!」
赤面して叫ぶ山茶花の姿に、思わず目がいってしまう。
まだ胸は小さいが、少しずつ成長してきているようで僅かに膨らみかけている。
純白のパンツから伸びている脚は、白くて細い。我が妹ながら、一部の人からはとても好まれそうな容姿と肉体をしていらっしゃる。
「ホーズキくん、どう? 興奮した? 欲情した?」
「いや、普通に考えて妹に欲情とか有り得ないし」
「くっ……あたしが脱ぐべきだった……」
「やめてくださいっ! ほ、ほら、さっさと次ですよっ!」
頬を紅潮させた山茶花に急かされ、再びくじを引く。
今度は――『1』だ。
「……あ、わたしが王様みたいです」
王様を引き当てたらしい山茶花が、控えめに名乗り出た。
よかった。山茶花なら変な命令をすることはないだろうし、安心できる。
と、思っていたら。
「じゃあ……二番の人は、五百回くらい腕立て伏せしててください」
「五百!?」
俺とマルメロの驚愕の声が重なった。
二番の人ということは、俺ではなくマルメロか。
俺じゃなくてよかった。本当によかった。こればかりは運がいいと喜ばざるを得ない。
「五百回もしたら死んじゃうよっ!」
「……でもマルメロさん、王様の命令は絶対なんじゃ?」
「うぅ……サザンカちゃんがちょっと怖いよ……」
泣きそうな顔をしながらも、マルメロはその場で四つん這いになって腕立て伏せを開始する。
半裸にされた仕返しのつもりなのだろうか。
「はぁ……はぁ……あの、サザンカちゃん。そろそろ疲れてきたんだけど……」
「まだ百回もいってないですよ? いい気味です」
「うそ!? 裸にされたこと怒ってる!?」
「怒ってないですよ、全然、全く、これっぽっちも」
「めちゃくちゃ怒ってるじゃんっ! ごめんってば~!」
山茶花に謝罪しつつ、泣きそうな顔で腕立て伏せを続けるマルメロ。
恥ずかしさのあまりか、もはや山茶花のキャラが崩壊してしまっているような気がする。
兄である俺でも、こんな山茶花はなかなか見ない。マルメロのやつめ、なかなかやりおる。
「でも山茶花、もし二番の人がマルメロじゃなくて俺だったらどうしてたんだ」
「そ、そのときは……謝ります」
「……謝ればそれで済むと思わないほうがいいぞ」
山茶花は王様を当てたが、当然俺とマルメロのどっちが一番でどっちが二番なのかは知る由もない。
つまり、二番の人に対して命令を告げたのは、完全に運任せだったということ。
俺かマルメロの二択。二分の一の確率はそれほど低いものではないものの、だからといって当然外れる可能性だってある。
そう考えると、つくづく俺じゃなくてよかった。本当に。
「それじゃ、次やりましょう」
「そうだな」
「あー、待って、まだ五百回終わってないのに~っ」
涙目で腕立て伏せをしながら訴えてくるマルメロに構わず、俺と山茶花は再度くじを引く。
――『2』か。三択なのに、何故か王様が来てくれない。
特にしたい命令は思いつかないから別にいいのだが、二人に変な命令をされるのも嫌だし。
俺と山茶花がそれぞれ自分の分を手に取ると、マルメロは途中で腕立て伏せを中断して残っていたくじを掴む。
「まだ半分もいってないですよ?」
「勘弁してよっ!? もー……って、あ、王様だ」
思わず、口から溜息が漏れた。
またもやマルメロが王様を当ててしまったらしい。
残り物には福があるとは、まさにこのことか。俺にとっては微塵も福とは言えないけども。
「むっふっふ……どうしようかなぁ。それじゃあ二番の人は王様にちゅーすることっ!」
「まーたベタな……って、え? 二番が、王様に?」
「うん、そうだよー」
なんということでしょう。ここにきて俺が命令を受ける羽目になってしまいました。しかも王様――マルメロに。
おいおい、俺はファーストキスすらまだなんだ。
なのにマルメロにチューをしないといけないのか。どうしましょう。
「ちゅ、ちゅーって! 何言ってんですか、だめですよ、そんなの!」
「えー? でも王様の命令は絶対だし、命令する内容は何でもありなんでしょ?」
「何でもありではないですよっ! もう、何でマルメロさんはまともな命令をしないんですかぁっ」
「むっ、あたしは充分まともなつもりなのになぁ」
「どこがですかっ!」
言い合う山茶花とマルメロをよそに、俺は思考を巡らす。
……チュー、か。
確かチューをするという命令なわけで、どこにしろとは言っていなかったはず。
それなら。
「……分かった、すればいいんだろ」
「へっ? ちょ、おにーちゃん!?」
「す、するんだ、本当に? ちゅー?」
俺の発言に、山茶花はともかく、命令を言った本人であるマルメロまで赤面して少し動揺していた。
王様の命令に逆らえないのなら、するしかないだろう。
だから俺は、マルメロの手を取り――その手の甲に、そっと唇をくっつけた。
「ほら、これでチューしたってことで……」
そう言いながら口を離し、二人の顔を見やる。
が、何やら頬を朱に染めたまま、ポカーンと固まってしまっていた。
「……な、何なんですか、今のキザっぽいちゅーはっ! おにーちゃんは、自分が何をしてるのか分かってるんですかっ!?」
「ええ!? い、いや、俺はマルメロの命令で」
「命令だったら何でもしていいと思ってるんですか! たらしです! 変態です! えっちです!」
「理不尽すぎる!?」
俺は、何で山茶花に責められているのだろう。
今のは仕方ないことであって、別に俺がしたかったとかそういうわけでは断じてないのに。
ふと、俺の袖をマルメロが引っ張っていることに気づく。
「……ね、ねえ、これって求愛の証ってことでいいのかな」
「顔を赤らめながら何言っちゃってんの!? 全然違うよ!?」
どうして今ので求愛したことになってしまうのか。
甚だ遺憾なり。
赤面して狼狽える山茶花と、紅潮した顔で照れているマルメロと、理不尽に責められて困惑する俺の叫びが合わさって。
相当大きな喧騒となったのか、暫くして女将がやって来て注意されてしまった。
……俺、悪くないよな。
全ては、王様ゲームを考えた人が悪い。




