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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第三章――I missed you.
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20――性の垣根を越えし湯の中で

 ――夜。

 元の世界に戻る方法を見つけるためには色々な場所で調査を行わなければいけないし、誰かに手伝ってもらうにしても名声は必要になるだろう。

 ギルドに加入すれば公的に世界中を旅できる上に、成果を上げることができれば名も上げられる。

 しかしギルドに入るためには誰か一人の身分証明が必須なので、まず仲間を探さなくてはならない。

 三人で話し合い、明日はその仲間を探そうという結論に至り、今日はとりあえず風呂に入ることとなった。

 だが――男湯も女湯も人でいっぱいで、ゆっくり入れそうにないのである。


「参ったな、どうしよ」


 こちとら、三日間もコンテナの中で隠れていたのだ。

 体が疲れ切ってしまっているのに、のんびり風呂にも入れないのは辛い。


「ん……? あ、あれっ」


 ふと。どこかにいいところはないかと旅館内を歩いているうちに、マルメロが何かに気づいたらしく、とある箇所を指差す。

 訝しみ、その指の先に視線をやると――そこには、混浴と書かれた暖簾が垂れていた。


「中はどんな感じかなぁー……っ」


 マルメロははしゃいだ様子で暖簾を潜り、そしてすぐに戻ってくる。

 心なしか瞳が輝いており、その表情は喜と楽に彩られていた。


「ねぇねぇ二人とも、中に誰もいないよっ! まるで貸し切りみたいだよ、ここに入ろーよ!」

「な、何考えてんですかっ! お、おにーちゃんだっているんですよ!?」

「えー、大丈夫だよー。ホーズキくんの裸見たって興奮しないでしょ? ああん、もうだめ、おにーちゃんが悪いんですからね……ちゅっ。なんてことにはならないでしょ?」

「んなぁ……っ!? な、なな、何言って……当たり前じゃないですか、そんなのっ!」

「だよね、だったら問題ないない。はい決まり、行こ行こ」

「俺の意見はァ!?」


 顔を赤く染める山茶花と、何やら楽しそうな笑みを浮かべるマルメロのやり取りに、俺の叫びが割り込む。

 もしかして俺のことを忘れているか、はたまた君の意見なんて関係ないとでも言うのだろうか。

 どっちかと言うと後者だろうな。解せぬ。


「混浴なんか、やっぱダメだろ。入るなら、お前らだけで入ってこいよ」

「ホーズキくんだって疲れてるだろうし、汗臭いよ。一緒に入らないとっ」

「いや、だからって混浴はさすがに」

「もー、ワガママだなぁ。ね、観念して入っちゃおうよ。女の子と一緒に風呂なんて、興奮するシチュエーションでしょ?」

「何でこっちが駄々こねてるみたいになってんだ! 俺のような紳士が女と混浴なんてできるわけないだろ、いい加減にしろ!」

「紳士……? ぷっ」

「笑うな!」


 俺がつい口走ってしまった冗談はともかく。

 大変だ。このままだと、山茶花やマルメロと混浴する羽目になってしまう。

 それは非常にマズい。いや別にマズくはないしむしろマルメロの言った通りなんだけども、色々と危ないだろう。色々と。


「ほらほら、さっさと行こーよ」

「へっ? あ、ちょっ、おい!」


 などと考えているうちにマルメロに手を引かれ、連れて行かれてしまう。

 若干頬を染めつつも、山茶花も躊躇いがちについて来る。

 そして脱衣所に到達するや否や、マルメロは恥じらいを一切感じさせずに服を脱ぎ出す。

 俺は思わず目を逸らしたが、どうして男である俺の前でこんなに堂々と肌を晒せるのだろうか。

 きめ細かな白い肢体が少しだけ見えてしまった……けど、ギリギリで顔を背けたからセーフだ。一応。


「ちょ、バスタオルくらい巻いてくださいよっ!」

「えー? なんで?」

「なんでって……お、おにーちゃんがいるからに決まってるじゃないですかっ」

「だいじょーぶだよー。見られてもいいし、何なら触っても……」

「だ、だめですよっ! ほら、ちゃんと巻いてください!」

「ぶー」


 山茶花がバスタオルを渡すと、マルメロは渋々といった様子で受け取り、体に巻きつけた。

 よかった。これで何とか安心……ではないな。いくらバスタオルを巻いたところで、その布一枚がはだけてしまったら、そこはもう秘部だ。

 大事な場所は隠せているとはいえ、白い肌や適度な肉付きの太ももなどは当然あまり隠せていない。

 目のやり場に困るというところは、何も変わっていなかった。


「ほ、ほら、おにーちゃんも早く、その、脱いでください。は、恥ずかしいのは恥ずかしいですけど、おにーちゃんだけ入らないっていうのも嫌ですから……と、とにかく早く来てくださいねっ」


 真っ赤に染まる顔で羞恥を堪えながら、山茶花はそんなことを言ってくる。

 そして、俺が答える間もなく、既に浴場へ駆けていったマルメロの後に続くようにして走っていく。

 昔は一緒に入浴したりもあったのに、今では恥ずかしいと感じる年頃になったのか。

 俺は山茶花やマルメロも含め、女と混浴などした経験があまりないため、やはり羞恥心を覚えてしまう。特にマルメロは仲間ではあっても家族ではないし、ドキドキしてしまうのも当然だろう。

 でも、ここまで来たなら仕方ない。

 俺も男だ。腹を括ろう。

 意を決して服を脱ぎ、マルメロや山茶花の後を追った。


     §


 最初は混浴なんて躊躇していた俺や山茶花だが、いざ入浴してみると湯の気持ちよさについ口元が緩む。

 何せ、およそ三日ぶりの風呂なのだ。

 すぐ近くにはマルメロや山茶花もいて目のやり場には困るものの、いつしか俺は久しぶりの入浴を堪能してしまっていた。

 しかし、次の瞬間。

 ガラッ――と、浴場の扉が開く音がした。

 そちらに目を向けてみれば、バスタオル一枚を身に纏っただけの少女が浴場の入口に立っていた。

 見た感じ、山茶花やマルメロより少し年上、俺と同い年くらいに思える。

 少女は俺たちの姿に気づいた途端、舌打ちとともに露骨に嫌そうな顔をしたが、溜息をつきながらも渋々といった様子で入ってきた。

 体を洗い、俺たちとは少し離れた場所の湯船に浸かる少女。

 男湯も女湯も人がいっぱいだったため、仕方なくこっちに来たのだろう。そういう意味では、俺たちと一緒だ。

 何だか気になってしまったので、俺はゆっくり近づき、おそるおそる話しかけてみる。


「あ、あの、ちょっといいか」

「……話しかけんな、変態」


 取りつく島もないとは、まさにこのことである。

 風呂に入っているため後頭部に結った黒髪は綺麗だし、とても整った顔立ちの美人だというのに……どうやら、口は悪いらしい。

 いや、女の子と一緒に混浴している男を見たら、そりゃ変態だと思っても仕方がないか。

 誤解だ、事実ではない。断じて。


「ホーズキくんは変態じゃないよー、ちょっと欲望に忠実なだけだもん」

「おい! それ全くフォローになってないぞ! しかも、お前が無理矢理連れてきたんだよな!?」

「やははー、そうだっけー?」


 俺の全力のツッコミにも、マルメロは気にした素振りも見せず快活に笑う。

 が、そんな俺とマルメロのやり取りに対しても、少女は忌々しげな舌打ちをするだけだった。

 何というか、近寄り難い雰囲気が漂っている。もしかしたら他人と接するのが好きじゃないのだろうか。

 などと考えていると、少女はすっと立ち上がり、風呂から上がってしまう。


 それから暫くして。

 俺たちも風呂から出て、部屋に戻った。

 さっき会った少女のことが、少しだけ気になりながら。

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