19――目指した扉は、まだ開かない
ずっとコンテナに隠れ続け、およそ三日が経過して。
目的地に到着したことで何とか船から抜け出し、〈ネルセット〉の街に出ることができた。
「おお……」
辺りを見回して、思わず感嘆の吐息を漏らす。
街並みはとても美しく、綺麗な水が流れる大きな川に大きな橋が架かっている。
まるで映画の舞台かと思ってしまうほど、現実離れしており、物凄く幻想的な光景だ。
ロードさんは〈ネルセット〉に行けと言っていたけど、ここで何をすればいいのだろうか。
と、そこまで考えて思い出す。
そういや、ここにはギルドというものが存在するらしいのだった。
「マルメロ、ギルドってのはどこにあるんだ?」
「ん? ギルドなら、すぐに分かるんじゃないかな」
最初はその意味がよく分からなかったが、三人で街の中を歩いていると、すぐに理解した。
道中の様々な民家や店とは比べものにならないくらい、巨大な建造物がそびえ立っていたのだ。
そしてその隣には、長方形の旅館らしき建物が隣接している。
ここがギルドと見て、まず間違いないだろう。
「入ろっか」
「……ああ」
少し緊張しつつ、扉を開けてギルドの中に入る。
外観からして豪華な感じではあったが、いざ入ってみれば大きなだけで普通の店という印象を抱いてしまった。
テーブルを囲うように椅子が置かれ、奥には二階へ続く階段がある。
更に、受付らしき場所では若い女性が一人立っていた。
その女性は、アニメとかに登場するようなメイド服を身に纏っている。
当然だが、メイドなんか初めて見た。ちょっと感動を覚えながらも、俺たちは受付へと歩んでいく。
「あの、すいません。ギルドに入りたいんですけど」
「はい。住民票はお持ちでしょうか?」
受付のメイドに問われ、俺は言葉に詰まってしまう。
住民票。そんなものが、こっちの世界でもあるのか。
どう答えるべきか迷っていると、メイドは否定と判断したらしく更に続ける。
「お持ちでないのでしたら、代わりに何か身分を証明できるものはございますか?」
「……いや、ないです」
「申し訳ありませんが、ギルドの登録には少なくとも公的な住民票が必要となっております。どなたか一人だけでも身分を証明できるものがあれば問題ありませんが、なければ登録はできないようになっています」
そう返されてしまい、俺たちは顔を見合わせる。
まさか、ギルドに入るのに身分証明が必要だとは。
俺と山茶花は異世界に来たばかりで身元不明、マルメロは密航者……と、生憎身分を証明できるものなどあるわけがなかった。
当然、身分を証明してくれるものなんて現れるわけがなく、一旦ギルドを後にする。
「……参ったな」
「はい。わたしたちじゃ、ギルドに登録することすらできないんですね」
「ま、とりあえず宿に泊まろっか。ギルドの隣にあるのが、宿泊施設になってるみたいだしさ」
いつもと変わらない様子でマルメロが言ったので、仕方なく隣の建物に入る。
外観からの想像通り、どうやら旅館らしい。
受付に行き、宿泊するための手続きをしようとした――のだが。
「思ってた以上に高いな……」
そう。当然だが、三人で宿泊するには相応の金がかかる。
単純計算で、一人で泊まった金額の三倍だ。それだけではなく、もちろん食事代などで更に高くなるだろう。
ロードさんからの餞別があるとはいえ、ここで三人分を支払えば明らかに残金が少なくなってしまう。
これからのことを考えれば、使ってしまっていいものかどうか……。
「じゃあ、三人で一人部屋に泊まるしかないんじゃない?」
「え? いや、さすがにそれは……」
「だーいじょーぶ、だいじょぶ。どんな間違いが起きても構わないからさー」
「ちょっとは構えよ!?」
男は俺一人だけで、あとの二人は女。しかも、全員思春期の男女だ。
そんなみんなが同じ部屋で泊まるというのは……何というか、マズいのではないだろうか。
別に、間違いを犯すつもりなんかないけども。紳士な俺は何もしないし、する勇気すらありませんけども。
「ね、いいよねサザンカちゃん」
「わたしは、別にいいですけど」
「だよねー。サザンカちゃんなら、そう言うと思ってたよ。見た感じお兄ちゃんラブだし、襲われてもいいっていうか、むしろ襲われたいってタイプっぽいもんね」
「んな……っ、ち、違いますよっ! わ、わたしはっ、おにーちゃんがそんな変なことをする人だなんて思えないだけです!」
「おお、美しい信頼関係だね。でも、顔真っ赤で必死だと逆に怪しい」
「マルメロさんが、変なこと言うからじゃないですかぁっ!」
何はともあれ。
俺の意見はほぼなかったものにされ、結局のところ三人で一人部屋に泊まることとなってしまった。
大丈夫だ。落ち着け、俺。ただ同じ部屋で過ごすだけだ、何もしなければ問題ない。
……はず。
§
俺たちが与えられた一室は、一人部屋のためお世辞にも広いとは言えなかった。
マルメロがテーブルに突っ伏して休んでいる間も、山茶花が室内に立てかけられている鏡を見ながら身だしなみを整えている間も、俺は隅っこで萎縮してしまっていた。
こういう普通の旅館の一室でさえ、悩ましい空間に変えてしまうとは……やっぱり女って凄い。
「マルメロ、ちょっと訊いておきたいんだけど」
「んー? なにー?」
「ギルドってのは、どういうものなんだ? ほら、システムとか色々、さ」
ギルドという言葉はゲームやアニメなどでよく見かけるが、この世界のギルドが俺の知識と合っているかどうか定かではない。
だから気になって訊ねてみると、マルメロは顔を上げて答えてくれる。
「んー、どこからどこまで説明すればいいのかな……。簡単に言うと、色んな冒険者たちの組合だね。ギルドには世界各地からの依頼が寄せられて、それを達成した人たちは報酬金が貰えるんだよ。まぁ、依頼にも色々あるけど……基本的にはゼレーネ討伐が多いかな」
なるほど。冒険者や依頼、そして報酬金。
今更だが、本当にゲームみたいだ。
未だにゼレーネと戦うのは怖いけど、依頼をこなしていくことができれば金に困ることはなさそうだな。
できれば、だが。
「でもね、それだけじゃないんだよ。ギルドに登録した人は、いっぱい支援を受けられる。その一つとして、〈ネルセット〉が用意する居住施設を好きに利用できるし、更に食事も無料! だけど、もちろん最初からそんな豪華になっているわけじゃなくて……部屋にある家具とか食事の内容とかは、依頼を成功していけばグレードアップしていくっていうシステムなんだよ」
ギルドに登録さえできれば、至れり尽くせりだということか。
今のところ、悪いことなんて何一つないように思える。
もちろんゼレーネ討伐系の依頼だと命の危険はあるから、いいこと尽くめというわけでもないだろうけど。
「しかもね、風呂は最初から部屋にあるんだけど、温泉まであるんだよ。一つだけじゃないよ。いっぱい、色んな種類の温泉があって……混浴もあるんだって。ふひひ、ホーズキくん、一緒に入ろっか」
「ちょっと! いきなりおにーちゃんをそんなことに誘わないでくださいっ!」
「分かった分かった、サザンカちゃんも一緒に行こ」
「そういう問題じゃありませんからっ!」
混浴まであるのか。本当に凄いな、ギルド。凄いな、異世界。
ギルドのことを分かりやすく丁寧に説明してくれて、俺も概ねどういった場所なのか把握できた。
何とかして、俺たちもギルドに登録するべきだろう。
そう考えはしても、いい案なんて今はまだ何も思いつかなかった。




