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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第二章――I need you.
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18――焔に呑まれ、蒼い彼方へ

 白蛇は吹きすさぶ突風に数十メートルほどぶっ飛ばされた。

 俺を守るように現れたのはマルメロだった。少し遅れて山茶花も息を切らして現れる。


「大丈夫ホーズキくん!?」

「あ、ああ……俺はまだ。でも……」


 山茶花はまだ気が付いていないのか、俺達の反応に困惑している。

 無論見せるつもりはない。なんでもないと言い聞かせながら、筋肉に力をこめて立ち上がる。脇腹の傷が悲鳴を上げた。血液が減って、上手く体に力が入らない。


「おにーちゃんその傷! 待っててください、すぐに治療します」

「治療つったって……」


 救急箱でも持っているのかと、冗談交じりに聞く元気もなく、山茶花の言う通り気に背を預け力を抜く。少女の小さい手が傷口に宛がわれた。軽く痛みを発する。

 そして、山茶花は小さい声で何かを呟いた。


「――"Therapeia"」


 その詠唱と同時に、傷口に純白の光が灯りみるみる内に再生させていく。やがて傷は完全に塞がった。つまりこれは、治癒魔術?

 既に痛みすら完全に消え去っていた。

 いつの間に山茶花はこんなことをできるように……


「マルメロさんのおばあさんに教えてもらったんです。これで、おにーちゃんがむちゃして怪我しても、治せますから」

「山茶花……ありがとな。俺の為に」

「二人とも、イチャイチャしてる時間はないよ。アイツをなんとかしない限りはね」


 そうだ、あの白蛇。吹っ飛ばしただけで倒したわけじゃない。

 どうやらまだ俺を諦めていはいないようで、そのてらてら光る鱗に覆われた巨体を引き摺って伺うような間合いから双眸でこちらを見ている。いやむしろ、獲物が増えたとでも思っているのだろうか。


「アイツはゼレーネ、〈ゼレーネ=アズダハ〉」


 ゼレーネと遭遇するのはこれで二度目だ。最初はあの荒野で。あの時はロードさんに助けられ事なきを得たが今は違う。マルメロはいるが、まかせっきりにするわけにはいかない。今なら俺も戦える。

 臨戦態勢のマルメロは敵意を籠めながら言葉を紡ぐ。


「アズダハは驚異的な再生能力を持ってるんだけど、それに加えて、傷口から自分を一回り小さくしたクローンを生み出すの。クローンは本体に比べて弱いからすぐに死ぬけど、長期戦になればなるほど、こっちが不利になってく」

「だったらやっぱり、逃げるか……?」

「いいや、アズダハは速い。逃げようとすればすぐに捕まる。背中を見せたら終わりだよ」


 傍で倒れる二つの亡骸を思い出し身震いする。

 逃げることは許されない。この場を生きて去りたければ、俺達はこの白蛇を倒さなければならない。だが、すぐに再生する上に自分のクローンまで生み出すやつどう倒す?


「あたしに考えがあるの、また乗ってくれる?」

「当たり前だ。今はマルメロに頼るしかない」

「ありがと、嬉しいよホーズキくん。じゃあホーズキくんとサザンカちゃんにお願い。あたしをアズダハの攻撃から全力で守って。その間にあたしは準備をするから、特大の魔術のね」


 守ると言っても、再生がなんたらかんたらをどうすればいいかは何も決まってない――


「ほら来たよ!」

「クソっ!!」

「おにーちゃんは下がってください!!」


 勇敢にも前に出た山茶花が盾を掲げ肉薄する白蛇の凶歯を受け止め勢いを後ろへ流す。考えている暇はないようだ。とにかく傷付けなければいい話だ。マルメロも風を起こす魔術で吹き飛ばしたように、俺も剣は使わずに肉弾戦で。

 後ろへ投げ出された勢いのまま、Uターンで戻ってくるアズダハの横合いに潜り込み蹴り上げる。

 中空へ浮いた長い体は俺の左腕を軸に体へ絡みつく。アナコンダを一回り大きくしたような体躯の前では、人の骨などクラッカー並みの耐久力だ。

 だが、山茶花が治癒魔術を使えると知った今、俺は少しくらい無茶をしてもいいということだ。

 骨が折れる程度の痛みで時間が稼げるなら好都合だ!


「ぐっ、ッぅ゛……が、この程度……!!」


 車の走る道路に投げ出された木の枝のように砕かれる骨、神経が感じたことのない痛みを訴える。

 それでも、山茶花が傷付く痛みに比べればどうということはない……なんて強がりを言うにも限界はあるわけだが、まだ、もう少しだけなら耐えられる。

 マルメロは目を瞑り何かを唱えを続けている。

 白蛇は棒ではなくなった腕からすり抜けると山茶花を狙って動き出した。


「山茶花ァ!!」


 痛みで体の動きが鈍い。

 バランスも取りづらい。

 これでは間に合わない。

 山茶花が殺される。胴体にで巻き付かれてみろ。背骨を折られて終わりだ。

 盾を前に構えるがきっと先のようにはいかない。


「そうだ……山茶花! あの時買った爆弾!」

「――っ!」


 懐から取り出したソレに魔力をこめ、山茶花は白蛇向かって放り投げた。流石は俺よりも腕力があると豪語するだけはある。130キロはあるだろう、多分。

 アズダハの体に直撃し、肉を撒き散らしながら爆発する。だが即死ではない。その傷口からは幼虫のようにアズダハのクローンが産み落とされていく。


「ひっ……い、痛っ、あっが、いや……!!」


 妹の悲鳴が脳に深く突き刺さる。

 同じように痛みを感じる。指や腕に噛み付かれ盾を落とす。鮮血が流れ出すのが見える。助けないと、山茶花を助けないと……!!


「ホーズキくん……! アズダハのクローンはすぐに消える、だから今は動きの止まってる本体を抑えて!」

「……っ、クソが!!」


 マルメロの指示に一瞬驚きながらも、それは的確だった。焦燥する心を押さえつけて動きの止まったアズダハを、ロードさん直伝のサブミッションで抑え込む。

 爆発による傷痕は大きい、絶えず産み落とされるクローンは全て山茶花へと襲い掛かる。首に、脚に、治癒魔術が使えるとは言え、感じた痛みは別だ。

 妹の悲鳴を聞いたまま、俺はそれを助けに行けない。だが、助けに行ったところで無駄なんだ。それどころか全てが無駄になってしまう。

 心が軋む。


「よしこれで……! ホーズキくん離れて!」

「ああ……!!」


 マルメロの言葉に合わせてアズダハから離れる――その直後、


「――"Kaioo"」


 アズダハを中心に、炎の柱が巻き上がった。

 森全体の空気を叩く凄まじい火炎。それは魔術の成せる業か、近くにいる俺達が熱風で焼かれることはなかった。だがその轟音と烈風は正に煉獄の如く、大地すら揺らす一撃によって、アズダハは一瞬で消し炭と化した。


「倒した……のか?」

「アズダハの再生能力を突破するには、一発で焼き切らないとね。それよりサザンカちゃん、早く自分を治療しなきゃ」

「そ、そうだ……! 山茶花!」


 山茶花に喰らい付いていたクローンも消えてなくなっている。


「わ、わたしは、大丈夫です……すぐに治療しますから、おにーちゃんも」

「俺は後でいい!」

「はい……」


 山茶花の傷を治した後に、俺も折れた腕に治癒魔術をやってもらったが、どうやら骨折ほどになってくると完治には時間がかかるらしい。なのでとりあえず応急処置として腕が折れた時にやるアレをやって、再び歩き出した。


「あの……追手の方達は……どこに行ったんでしょうね」

「うーん、逃げたんじゃないかな。あん中にあたしくらいの魔術使える魔女いなかったし」

「き、きっとそうだよな!」


 さっきの戦いの中で見てしまったのではないかと危惧していたが杞憂だったらしい。

 とにかく、船はもうすぐそこまで見えた。後はどうやって乗り込むかだ。

 森の木陰に隠れながら、俺はマルメロに訊いた、この船はどういう船なのかを。


「え? これ輸送船だよ」

「一般人は入れなさそうなんだが……」

「そこは忍び込むんだよ」

「どうやって」

「分かんない」

「おい」


 どうしたものかと考えあぐねていると、山茶花が弱々しく手を挙げた。


「あ、あの……こういうの、どうでしょうか?」



「なかなかバイオレンスな発想だねサザンカちゃん。でもいい線いってるよ」

「いいのか……?」

「ここまで来たらやるしかないよ」


 と、いうわけで、


「おいアンタ、ちょっとごめん」

「は――!?」


 輸送船にサマギからの荷物であろうものを運び込もうとしている業者っぽい兄ちゃんを腹パンで気絶させた。

 そしてその服を剥ぎ取って俺が着て、荷物が入った箱の中に山茶花とマルメロ、そしてここに置いて行くのは流石にいかんので兄ちゃんもうまいこと放り込んで、俺が業者のフリをして船に乗り込んだ。

 あとは中で隠れながら兄ちゃんに服を着せて終わりだ!


「これは……いいのか? 密航とかで捕まったたりはしないのか?」

「だーいじょうぶ大丈夫、サマギの魔女はよくそういうことしてるから」

「大概やべーやつらだな」


 かくして、俺たちを乗せた大きな船は。

 海を渡り――〈ネルセット〉へ向かう。

 俺と、山茶花と、マルメロの。

 次の目的地が、近づいてきていた。

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