15――守られないために。守るために。
「あの……ちょっと、いいですか?」
おにーちゃんやマルメロさんと一緒に買い物をして、家に帰ってきた後。
わたし――山茶花は、とある頼み事をするためにマルメロさんのお婆さんに声をかけました。
ちなみに、おにーちゃんとマルメロさんは別の部屋にいるはずです。
あのマルメロさんが、おにーちゃんに変なことをしなければいいんですけど。
「……儂に、何か用か?」
わたしの姿に気づいて、お婆さんはわたしに問う。
なので、わたしはおずおずと、その頼みを口にしてみることにしました。
断られる可能性だってあるし、何より怖い。そんな不安と恐怖が、今のわたしの半分以上を支配していたのは間違いありません。
でも、奴隷として売られてしまいそうになったとき、おにーちゃんたちは助け出してくれました。
だから今度は、わたしがおにーちゃんたちを守りたい。その感情もまた、嘘じゃありません。
もう迷わないって決めたんです。こんな状況になって、弱音を吐いてばかりいられないってことも分かりました。
おにーちゃんは、必死にわたしを守ってくれようとしています。
じゃあ――わたしに何ができるか。
それは、もうおにーちゃんに迷惑をかけなくて済むように、足手まといにならないようにすることです。
いくら心の中でそう思っていても、どれだけ強くそれを望んでいても。
急に強くなれたりはしないし、わたし一人じゃどうにもならないことを痛いほど理解しています。
だから――。
「強く、なりたいんです」
お婆さんの目を見据えて、わたしは告げる。
異世界に来たことで初めて抱いた、その気持ちを。
「わたしは、自分がどんなに弱いのかを実感しました。でも、これ以上守られ続けるのは嫌なんです。もう誰の役にも立てないのは嫌なんです。だから――」
そこで一拍あけ、わたしは頭を下げた。
込み上げてくる強い感情を、次の一声に凝縮して。
「――わたしに、修行をつけてください。今より強くなれるなら、どんな魔術でも構いませんから」
まだ頭を上げず、わたしはその体勢のままお婆さんの答えを待つ。
どれくらい、時間が経ったでしょうか。もしかしたら、一分以上そのままでいたのかもしれません。
ようやく、お婆さんの声が聞こえました。
「……何故、儂に頼んだ?」
「こんなこと、おにーちゃんにもマルメロさんにも頼めませんから。それに、マルメロさんのお婆さんなら、何か強力な魔術を使えると思いましたし」
マルメロさんの話だと、ここ〈サマギ〉に住んでいる人たちはみんな魔女。
つまり、誰もが魔術とやらを使えるというわけです。
異世界に来たばかりのわたしに、おにーちゃんやマルメロさん以外に知り合いなんているはずもなくて。
そうなると当然、お婆さんに頼むしかなかったのです。
「……分かった。たとえついて来れなくても、儂は優しくしてやるつもりなどないがな」
「あ、は、はいっ! ありがとうございます!」
お婆さんが承諾してくれたところで、わたしはやっと頭を上げることができました。
修行なんですから、初めから簡単などとは思っていません。
強くなるためには、多少のスパルタにも耐えてみせます。
そう決意を改めて、わたしはお婆さんの後について行きました。
§
もっと遠くの裏山みたいな、人気のない場所で修行するのをイメージしていたのですが……。
何故か連れて来られたのは、家の庭でした。
決して狭いわけではないんですが、かと言ってそんなに広くも見えません。
こんなところで、魔術の修行なんてできるんでしょうか。
そんな風に疑問を覚えていると、お婆さんは口を開く。
「強くなりたい……と、お主は言ったが、必ずしも相手に攻撃できる者だけが戦場で役に立つわけではない。さすがに、それくらい分かってはいるじゃろうがな」
「……? は、はい、そうですね」
言葉の意味をあまり把握できず、訝しみながらもわたしは頷く。
もちろんわたしには戦闘経験なんて皆無と言ってもいいくらいですが、戦地ではそれぞれ色々な役目があることは分かります。
「前線で戦う者と同様……いや、それ以上に重要な役割が何か、お主は分かるか?」
「……いえ」
今度の問いには、首を横に振りました。
剣を買ったおにーちゃんは、おそらく前線で戦うつもりなのでしょう。
そのことを考えると不安は尽きませんが、おにーちゃんが決めたことならわたしは重傷を負うことがないように祈ります。
ですが、そんな前衛以上に戦地で重要視されるポジションとは何なのでしょう。
よくゲームをするおにーちゃんならすぐに分かるものなのかもしれませんが、時々しかやらないわたしには見当もつきませんでした。
「それは――傷の治癒ができる者。回復役じゃ」
その言葉を聞いて、ようやく納得できました。
前線で戦った人が、一回も相手の反撃を食らわずに無傷でいられる保証なんてどこにもない。
むしろ、戦闘中に無傷だなんて不可能と言っても過言ではありません。
傷を負ってしまえば、もちろん血が出てしまいますし、かなり痛いです。
そのせいで動きが鈍ってしまうこともあるかもしれません。
そうならないように、傷を治したり血を止めたりする必要があるというのはわたしでもすぐに理解できました。
「だから、今からお主に教えるのは攻撃魔術ではなく、治癒魔術じゃ。よいな?」
「……はい、お願いしますっ!」
わたしが治癒魔術を使えるようになれば、おにーちゃんは安心して前で戦ってくれるはずです。
だから、わたしは絶対におにーちゃんに死なせることどころか、重傷を負わせたりもしません。
その一心で、わたしはお婆さんにいい返事を返しました。
こうして。
お婆さんによる、わたしの治癒魔術の特訓が始まりました。




