14――この小さな手に、新たな力を
「え、えっと……それで、何が欲しいのかしら?」
年下である山茶花に説教されてしまい、何だか複雑そうな表情で店員さんが問う。
ちなみに、幼女二人は少し涙ぐみながら帰っていった。
正直俺からしてみれば山茶花が怒っても可愛いとしか思えないけど、あの幼女二人にとっては怖かったらしい。
何だか、ちょっと申し訳なくなってくる。
ともあれ、妙なハプニングはあったものの、ようやく本来の目的を果たすことができる。
「ホーズキくんが前まで使ってた短剣がボロボロになっちゃっててさ、新しい武器に買い替えようと思って来たんだよ。何かいいのある? できれば剣とかがいいと思うんだけど」
「そうねぇ……」
俺の代わりにマルメロが話してくれると、店員さんは思案顔で店内にある複数の刀剣が飾られている場所へ向かう。
俺たちも後ろについて行くが、こんなに色々な剣を見たところで初心者の俺にはどれがいいのかなんて分からない。
店員さんは何やら迷っていたようだが、すぐにとある一つの剣を手にして見せてくる。
「じゃあ、これなんてどう? バスタードソード」
それは、白銀の刀身が鋭い両刃の剣だった。
長さは一メートル以上あり、なかなか頑丈そうな造りだ。
それ以外に特筆すべき点は特にないくらい、シンプルなデザインをしている。
バスタードソードという名前は時折ゲームなどで登場するけど、こうして実際に目にしたのは初めてだ。当然だが。
「おぉ、いいんじゃない?」
マルメロはそう言ってくるが、正直どれがよくてどれが悪いのかなど見当もつかない。
だけど、見た感じだと凄く強そうだ。それに、単純に格好良い。
「そうだな……ちょっと素振りしてみてもいいですか?」
「分かったわ」
了承を得たところでバスタードソードを受け取る――と、予想以上の重量に驚いてしまう。
もちろん軽いとは思っていなかったけど、思っていたより重い。
一キロか二キロか……おそらく、それくらいはあるだろう。
振り下ろしてみると、ヴォンッと小気味よい音が鳴った。
確かに少し重いが、振り回せないほどでもないし悪くない。
「いいですね、いくらですか?」
「一万ユリーよ」
ロードさんから貰った紙幣を取り出しながら問うと、店員さんの口から聞いたことのない単語が出てきた。
「……ゆ、ゆり……?」
「いや、百合じゃなくて。ここでの通貨のことだよ。紙幣一枚で一万ユリーね」
「な、なるほど」
困惑する俺に、隣でマルメロが教えてくれた。
つまり、日本でいう円のようなものか。
それなら、この紙幣一枚で大丈夫そうだ。
他の武器などと比べて高いのか安いのか分からないけど、バスタードソードが一万ならロードさんはかなりの額を寄越してくれたということだろう。
バスタードソードが、あまり質の良くない武器だとは思えないし。いいのはないかと訊ねてオススメしてきたくらいなのだから。
「確かにいただいたわ。ありがとね、ボウヤ」
「は、はい」
一万ユリーを受け取るやいなや、店員さんは俺に向かってウィンクしてくる。
ボウヤと呼ばれる年でもないと思うのだが……どうやら妙に気に入られてしまったらしい。
〈サマギ〉では、男に対してはこういうものなのかもしれないけど。
とにかくバスタードソードの購入を終えたわけだが、まだ九万残っているし、これだけで済ませるのは勿体ない気もする。
なんて思っていると、不意に山茶花が遠慮がちに口を開く。
「あの……わたしも、いいですか?」
「何か欲しいものでもあるのか?」
「剣じゃなくてもいいんですけど、武器が欲しいです。わたしも、守られてばかりは嫌なので」
やはり、山茶花は自分が奴隷商人に捕まってしまったときのことを未だに悔やみ、自分を責めている。
だからこそ、守られてばかりいるのは嫌だと。
もう守られずに済むようにと、新しい力を欲するのだろう。
それは、今の俺とあまり相違ない感情だった。
あのとき山茶花を救えたのは、俺の力ではない。タイがいて、ロードさんたちがいたからだ。
他人の力で叶えられたとしても、俺が妹を助けたなどとは到底言えることじゃない。
だから、山茶花の気持ちは分かる。痛いほどに。
「じゃあさ、こんなのはどうだ?」
ふと視界に入ったそれを手に取り、山茶花に渡してみる。
受け取った山茶花は、すぐに半眼となって俺を睨んできた。
「……何で、盾なんですか」
そう。俺が山茶花に渡したのは剣などの武器ではなく、少し大きめの、いかにも硬そうな盾だ。
守られずに済む力が欲しいというのは分かる。
でも、だからといって前線で戦わせるつもりもない。
できればそんな危険な目に遭ってほしくないから、せめて自分でも身を守れる盾がいいかと思ったのだ。
「すいません、この盾はいくらですか?」
「ちょ、待ってくださいっ! まだ盾にするなんて言ってませんよ!?」
「お前には、あんまり前に出てほしくないんだよ」
「で、でも……」
それでも尚渋る山茶花に構わず、店員さんは俺の問いに答える。
「あー……その盾なら、四万ユリーはするわね」
「……よん、まん……?」
店員さんが発した盾の値段に、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
バスタードソードが一万で、この盾が四万。
あまり大差はないように思えるが、こういうのって大抵武器のほうが高いものじゃないだろうか。
まあ、俺はゲームでの知識しかないけども。
少し驚いてしまった俺に、店員さんは説明してくれる。
「それはね、他の盾とは違うのよ。この世で一番硬くて、希少な鉱石を使ってるんだもの」
言われて、得心がいく。
例えるなら――ダイアモンドのようで、ゲームによくあるオリハルコンみたいなものか。言いすぎかもしれんが。
ともかく、レアな鉱石を使用しているのなら高価になっていてもおかしくはない。
でも、そんなに硬いんだったら強度に心配はなさそうだ。
「山茶花、これにしようぜ」
「むぅー……これだけで四万も使っちゃっていいんですか?」
「大丈夫だ。お前には、あんまり傷ついてほしくないし」
「わ、分かりましたよ……」
何度か説得を試みた結果、ようやく山茶花は折れてくれた。
ということで俺は店員さんに四枚の紙幣を渡し、盾の購入を果たす。
さっきのバスタードソードの分も含めて一気に半数もの金を消費してしまったが、それで山茶花が傷つかずに済むなら全然少ない出費だろう。
「あ、サザンカちゃんサザンカちゃんっ! 武器が欲しいんだったら、こういうのはどうかな?」
と、未だに少し不満そうな顔をしている山茶花に、マルメロが声をかけた。
その手には、何やら小さな円状の物体が握られている。
「何ですか、それ?」
「爆弾だよーっ! ちょっと魔力を込めるだけで、すっごく強力な爆発が起こるらしいよ!」
爆弾とは、また予想外な武器だ。
強力なのはいいが、それ故に使い所もよく考えないといけないだろうな。
「しかも一つ五百ユリーなんだって。これを二十個くらい買えば、ちょうど一万になるよー」
まるでホームセンターみたいなノリだ。五百って……爆弾ってそんなに安いのか。
山茶花が爆弾を敵に投げつけるイメージはあまり思い浮かばないが、かと言って剣を振り回すところも想像つかない。
魔術は使えないから杖も向いてないだろうし、そうなると爆弾でもいい気はする。
「……別に、いいですけど。なんか、思っていたのと違います……」
拗ねたように唇を尖らせる山茶花をよそに、俺は一万ユリーを店員さんに渡して二十個もの爆弾を買う。山茶花の勧めもあって、もしもの時の為に数個貰って、残りは全部山茶花に渡した。
残りは四万か。これから何があるのか分からないし、残しておくべきだろう。
そう思い、俺たちは店から出る。
最後まで店員さんが「また、いつでも来て」と俺にアプローチを仕掛けてきていたが、山茶花にジト目で睨まれてしまった。
……俺、別に悪くないよな。全ては、この国が悪い。




