12――たったひとつの世界を越えて
マルメロに救われ、〈サマギ〉という国に来てから数時間が経った夜。
俺たちは、マルメロの部屋で、マルメロから色々なことを教わっていた。
主に、ここ〈サマギ〉に関する事柄を。
「〈エリシオニア〉っていう国があるんだけど、〈サマギ〉とは長い間戦争が続いてるんだよ。今は休戦中だけど。そのせいで、ここは部外者に対して敏感になってるんだよねー。だから、ホーズキくんたちはあんまり外に出ないほうがいいかも」
忠告され、俺たちは頷くしかない。
どっちにしろ、女性魔女たちに襲われる可能性も高いみたいだし、外出はできるだけしないほうがいいだろう。
そう考えると、やっぱり恐ろしい国だな……少なくとも俺たちにとっては。
それにしても戦争なんかが起こっているのか。実に世知辛い世の中だ。
「あの、その〈エリシオニア〉っていうのは、どんな国なんですか?」
「んー……。簡単に言うと、機械を崇拝とか信仰してる国、かな。まぁ、あたしたちとは真逆みたいなとこだねー」
魔術大国の〈サマギ〉と、機械の〈エリシオニア〉か。
ほぼ正反対の物事を信念としている国同士なら、むしろ戦争が起こらないほうがおかしいのかもしれない。
それこそ世知辛い世の中だと思ってしまうが、仕方ないことなのだろう。
もし人の力でどうにかなっているなら、とっくの昔から戦争などというものは起こっていなかったと思う。
なんて、まだ子供の俺には難しくて分からないことだけど。
「……ねぇ、今度はあたしから質問していい?」
説明を終えたかと思うと、唐突にマルメロはそう言った。
まだ出会ったばかりでお互いのことをあまり知らないため、訊きたいこともあるのだろう。
俺だって国のことなどを教えてもらったんだし、断る理由は何もない。
「〈サマギ〉と〈エリシオニア〉はおっきな国だし、知名度ならすごくあると思うんだ。たぶん、知らない人を探すほうが難しいくらいにね。……それなのに――何でホーズキくんたちは知らないのかな?」
問われて、俺はどう答えるべきか迷ってしまう。
話を聞いていて、大体は分かった。
魔術大国である〈サマギ〉と機械大国の〈エリシオニア〉っていうのは、ここの人たちにとっては常識になっているのだろう。
俺たちが日本やアメリカを知っているように、マルメロたちは〈サマギ〉や〈エリシオニア〉のことを知っていて当然だと認識している。
だからこそ、そんな常識を知らない俺たちのことを不思議に思ってもおかしくはない。
この間も、ロードさんに不審がられてしまったしな。
「……あ、えと、それは、その……」
山茶花が、しどろもどろになって答えあぐねている。
正直に話すべきか。ロードさんのときみたいに誤魔化すべきか。
そもそも、正直に話したところで信じてくれるとは限らない。
いや、むしろ容易に信じられるようなことじゃないだろう。
しかし、状況が状況だし、俺たち二人だけで何とかなるような問題ではない。
そして単純に、俺たちの状況を把握している仲間がいないのは心細かった。
「実は……」
だから――俺は話した。
家にいるときに光に覆われ、突然見知らぬ場所に来てしまったこと、など。
俺の日常が崩れ去ってから今に至るまでの話を、少し割愛しながら明かしていく。
そんな、あまり信憑性のない俺の話を、マルメロは相槌すら打たずに真面目に聞いてくれた。
「それについて、考えてみたんだ。結果、たった一つしか思いつかなかった。俺たちは――異世界に来たんだと思う」
確証はない。でも、どうしてもそうとしか思えない。
異世界などというものが実在していたことは衝撃的だが、今更そんなことも言ってられないだろう。
魔術だとか怪物だとか、ずっと架空の存在だと思っていたものをたくさん目にしてしまったのだから。
話し終えると、途端にマルメロの瞳が輝き出す。
「へー、すっごーい! だからこっちのことを何にも知らないんだねー」
キラキラとした目で言われ、逆に俺が唖然としてしまう。
「疑わないのか?」
「んー? 嘘をつく理由なんかあるの?」
「それは……ないけど……」
「だったら信じるよー。いやー、異世界だなんてすごいなぁ極稀にだけどあるんだよねぇ」
感心して笑うマルメロに、俺は少し感激した。
当然、話した内容に偽りはない。多少省略はしたものの、全て真実だけを伝えた。
だけど、その当事者じゃないマルメロに本当かどうかを知る術はない。
なのにも拘らず、簡単に信じてくれたことが、素直に嬉しかったのだ。
「俺たちは、元の世界に帰りたいんだ」
元の世界なんか、正直何の変哲もない普通の世界だ。
朝起きて、学校に行って、友人たちと話したり授業を受けたりして、家に帰って妹と一緒に夕食を食べたり色々したあとに眠る……それをひたすら繰り返す日々。
でも、そんな普通の日常が、今ではとても恋しい。
「分かったっ! じゃあ、あたしも手伝うよ!」
「……え?」
マルメロが言った意味をすぐには理解できず、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
訝しんでいると、マルメロは更に続ける。
「二人は、自分がいた元の世界に戻りたいんでしょ? 帰れるように、あたしも協力するよっ」
「いいのか?」
「うんっ! さすがに、ほっとけないしねー」
俺と山茶花の二人だけで解決できるとは思えないし、マルメロの申し出は凄く嬉しかった。
だから拒む理由など俺たちにはなく、素直に「ありがとう」と礼を告げる。
「んー……でも、どうすれば戻れるのか分かんないなぁ。異世界に来ちゃったっていうのが事実だとしても、世界を越えるなんてこと、魔術じゃ絶対に起こせないだろうし」
マルメロは、嬉しいことに俺たちのために思案を巡らせてくれている。
それに倣い、俺も考える。
魔術というのは、そこまで万能でもないらしい。
なら、魔術以外の何か特別な力が別の世界へ転移させる効果を及ぼした……のだろうか。
などと足りない脳味噌で思考するが、確かなことは何も分からない。
今は、もっと何かしらの手がかりを集めることのほうが重要かもしれない。
「まぁ、確かに〈サマギ〉にいるよりは、早く〈ネルセット〉に行ったほうがいいかもね」
ロードさんも〈ネルセット〉のギルドに向かえと言っていたし、マルメロまで〈ネルセット〉に行ったほうがいいと言うのなら間違いはなさそうだ。
そこに何があるのかはあまり分からないが、船が来るまでの間ここで待つしかない。
「あ、そうそう。明日、あたしと一緒に外行ってみない?」
「でも、危険なんじゃないですか?」
マルメロの話によると、どうやら〈サマギ〉では女性魔女たちが男を襲ったりしているようだし、外には出ないほうがいいとマルメロ自身も言っていたことだ。
訝しんでいたら、マルメロは快活に笑って答える。
「ま、あたしが一緒にいれば大丈夫だと思うよ。ホーズキくんにとっては、童貞が卒業できるからいいんじゃない? ふひひ」
「どどど童貞ちゃうわ!」
「……ちがうの?」
「童貞……だけど……」
何で俺は女の子二人の前で、こんな恥ずかしいカミングアウトをしなくちゃいけないんだ。
確かにエロい魔女というのは少しそそるものがあるけど、それは男なら仕方ないことなのであって、別に期待してるとかそういうわけでは決してない。断じて。
「ま、マルメロさん、おにーちゃんが襲われそうになったら、絶対に止めてくださいねっ!?」
「やはは、もちろん分かってるよー」
「……あんまり信用できないんですが」
船が来るまでは三日ほどあるみたいだし、それまでずっとこの家にいるというのも何だか勿体ない気がする。
ということで、明日はマルメロや山茶花と一緒に〈サマギ〉内を見て回ることになった。
俺は期待と不安が綯い交ぜになるのを感じつつ、来たる明日が少し楽しみになっていた。




