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また、私しかいない世界で  作者: 井土側安藤/果実夢想
第二章――I need you.
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11――女尊男卑の世界で、魔女は

「キノコを取りに行ったときに、ちょうど森の中で倒れてるのを見つけちゃってさ。びっくりして、とりあえず家まで運んだの。無事みたいで何よりだよ。あ、キノコっていうのは菌糸類のことじゃなくて男性器――」

「待て、それ以上はやめろ」


 色々と二悶着ほどあったが、少女が山茶花に説明してくれたおかげで事なきを得た。得てないけど。

 とにかくだ、あのままだと俺たちは今頃ゼレーネとかいう化物の餌食になっていたかもしれないし、この子は命の恩人ということになる。

 正直、感謝してもし足りない。


「あたしの名前はマルメロっていうんだよ。よろしくね」

「……山茶花、です」

「俺は鬼灯だ。助けてくれてありがとな」


 俺たちは、そこで思い出したかのように名乗り合う。

 首の後ろで一つに束ねた、ピンクの長髪。くりっとした、大きな赤い双眸。

 あどけない顔立ちは、美少女と呼んで異を唱える者はおそらくあまりいないだろう。

 そして何より目を引くのは、その服装だ。

 漆黒の三角帽子。黒を基調とした、スカートの丈が物凄く短いワンピース。ワンピースの上から羽織った、真っ黒のマント。白い脚を覆い隠すような、黒のニーソックス。

 そう。マルメロは、完全に魔女みたいな出で立ちだった。


「服が結構ボロボロだったから、勝手に洗っておいたよ。サザンカちゃんのほうは変なドレス着ちゃってたから、一応あたしのお下がりに着替えさせたけど……いいかな?」

「ね、寝てる間に着替えさせられてたんですか……」

「大丈夫だよ。二人の裸を見ちゃったけど、ちょっと興奮するだけで抑えておいたからっ」

「こ、ここ興奮!? たとえ本当でも、それは言わないでくださいよっ!」


 俺の服は最初と変わっていないが、洗濯してくれていたのか。

 確かに、汚れていた服が少し綺麗になった気がする。

 山茶花はドレスのままというのも嫌だろうし、たとえお下がりとはいえ着替えさせてくれたのはありがたい。


「あ、そうそう。服を洗うときに気づいたんだけど、ホーズキくんのポケットに入ってたよ」


 そう言って、マルメロは俺に何かを手渡す。

 見てみると、十枚の紙幣だった。

 更に、その下には一枚の手紙のようなものがあった。


『餞別だ。

 自由に使っても構わねえが、無駄遣いはすんじゃねえぞ。

 途中で無様にくたばったりなんかしたら、絶対に許さねえ』


 名前は記されていない。でも、誰が書いたのかなんて、そんなものは明らかに分かる。

 荒々しい口調のくせに、どうしてこうも面倒を見てくれるのか。どうしてこんなに優しいのか。

 俺は、心の中でこれ以上ないほどロードさんへ感謝した。


「あの……ここ、どこなんですか?」


 ふと、山茶花はマルメロに問いかける。

 それは俺も気になっていた。

 サーヴァリアから逃げ出したのはいいが、途中で倒れてしまったため、マルメロに救われたことでどこまで来ることができたのか分かっていないのだ。


「ここは〈サマギ〉だよ」

「……サマギ?」


 マルメロの言葉に、俺と山茶花は異口同音に問い返す。

 そういや、ロードさんから似たような地名を聞いた気もする。


「あれ、知らない? 魔術大国なんだよっ」


 魔術大国、か。

 道理で、目の前のマルメロが魔女服なんかを着ているわけだ。

 魔術などという概念が存在することは、既にサーヴァリアにいたときに聞かされた。

 だから、今更驚いたりはしない。

 ただ、魔術大国ということは、他の国よりも魔術が盛んだとかそういうことなのだろうか。

 とはいえ、まだ他の国をあんまり知らないんだけども。


「マルメロ、俺たちは〈ネルセット〉っていう国に行かないといけないんだけど……そこにはどうやって行けばいいんだ?」


 ロードさんから言われたことを思い出し、マルメロに問う。

 行くべき場所は教わったものの、そこへの行きかたは教わっていないのだった。


「〈ネルセット〉に行きたいの? ここからずっと北にある港から、〈ネルセット〉行きの船に乗れば行けるよ」

「そっか、ありがとな」

「んー、でもね……今すぐには無理かな」

「どういうことだ?」


 俺たちはできるだけ早く、その国に行かないといけない。

 一応逃げることはできたが、だからといって追っ手が一人も来ていないとは限らないのだ。

 すると、マルメロは疑問符を頭に浮かべる俺に説明してくれる。


「だって〈サマギ〉からの船は便が減っちゃってさ、今は三日に一回しか来ないんだよね。しかも、今日船が出たばかりだから、ちょっと待たないとだめかも」

「ま、マジか……」


 俺は、困り果てて頭を垂れる。

 三日に一回しか来ないのに、今日船が出たばかりだということは……あと三日は待たないといけないのか。

 その間に追っ手とやらに見つからなければいいのだが。


「んー……じゃあ、それまで泊まっていったら?」

「いいのか?」

「うんっ! きっと、おばあちゃんも許可してくれるよ」

「……お婆ちゃん?」


 俺と山茶花は、ほぼ同時に首を傾げる。

 てっきり一人なのかと思っていたが、身内の方がいたのだろうか。

 などと考えていると、背後から扉の開く音が聞こえた。

 後ろを振り向けば、そこには一人の老婆の姿が。


「あっ、おばあちゃん!」


 マルメロがそう呼んだことから、この老婆がマルメロの言うお婆ちゃんなのだと把握した。

 やはり老婆も黒い三角帽子を被り、漆黒のローブを着ている。

 魔術を扱う人は、同じような格好をしないといけない決まりでもあるのだろうか。


「ねぇねぇ、二人を泊めてってもいいかな?」

「……構わんが、あまり長居はしないほうがいい。魔女に襲われてもいいなら、別じゃがな」

「襲われる?」


 老婆が言った意味を理解できず、再度首を傾げる俺と山茶花。

 そんな俺たちに気づいているのかいないのか、マルメロが言う。


「だーいじょぶだよー。ここは〈サマギ〉だし、男を連れ込むのが普通なんだからさー」


 マルメロの言葉に肯定も否定もせず、老婆はまた部屋から出ていく。

 ちょっといいですか。それのどこが大丈夫なんでしょうか。


「あ、あの、襲われるとか連れ込むとかって、どういうことですか?」

「んー、それはねー……」


 山茶花が問うと、マルメロは答えあぐねているかのように唸った。

 そして、すぐに説明を始めてくれる。


「〈サマギ〉ってさ、基本的に女が上なんだよ。女尊男卑ってやつだね。しかも、男の国民が全っ然いないの。ま、それでもゼロではないんだけど……女と比べて少なすぎるんだよ。だから〈サマギ〉の魔女は顔がいい男を見つけたら家に連れ込んだり、子供作ったりするわけ。子供を作るために、わざわざ別の国に行って男を拉致してくる人もいっぱいいるくらいだしねー」


 衝撃的というか、何というか……単純に引いた。

 男にとって、とても恐ろしい国だということか。まあ、逆に喜ぶ人もいそうだけど。


「サザンカちゃんは大丈夫だろうけど、ホーズキくんは気をつけておいたほうがいいかもね」

「……お、おう」


 どう気をつければいいのか分からないが、一応頷いておく。

 魔女に襲われないためには、できるだけ外を出歩かないほうがよさそうだ。

 俺がもし〈サマギ〉の国民だったとしたら、間違いなく引きこもっているだろうな。


「あ、そうだ。いい考えがあるよっ!」


 何か閃いたらしく、マルメロはポンと左の掌に右の拳を打ちつける。


「ホーズキくんを、あたしの男にしちゃえばいいんだよっ!」

「……は」

「あたしが先にホーズキくんといっぱい子作りしちゃえば、他の魔女に襲われたりしないでしょ! ということでほら、さっさとズボン脱いでっ!」

「いやいやいや嫌だよ!?」


 訳の分からない理屈をこねながら俺のズボンに手をかけるマルメロの腕を強く掴み、必死に制止する。

 危うく、マルメロという魔女に襲われるところだった。

 行動力は凄まじいが、もう少しよく考えることも覚えてほしい。頼むから。


「ちょ、何してるんですかっ!」

「……え? サザンカちゃんも参加したい?」

「違いますよっ! そんなわけないじゃないですか! とにかく、マルメロさんが言った案はだめです! 絶対にだめです!」

「えー」


 山茶花に強い口調で拒まれ、マルメロは残念そうにしながらも渋々といった様子で諦めてくれたようだった。


「マルメロ、それ、明らかに本末転倒すぎるだろ……」

「ぶー……いい方法だと思ったのになぁ」


 俺からも言っておくと、マルメロは悔しそうに唇を尖らせる。

 かと思うと、そんな表情も一転して再び名案が思いついたような表情になった。


「あ、それじゃあ――」

「却下です!」

「まだ何も言ってないよ……」


 どうやら、マルメロに対する山茶花の信頼はかなり低くなってしまっているらしい。

 初対面なのに、そしてこれでも一応命の恩人なのにな。


「念のために聞いておくけど、どんな案が思いついたんだ?」

「んーとね。あたしの服の中に、ホーズキくんを隠すんだよっ!」

「……それで本当に上手くいくと思ってるんですか?」

「ごめん、今のはさすがに冗談」

「わたしはむしろ、さっきのが冗談じゃなかったことに驚きです……」


 マルメロとは今日初めて会ったわけだが、この短時間のやり取りで大体はどういう子なのか分かった気がする。

 俺はマルメロに呆れつつも、正直な話、少しどころじゃなく感謝していた。

 謎の光に巻き込まれ、こんな見知らぬ土地に来てしまってから。

 俺たちは――ずっと緊迫した空気の中、誰かと笑い合ったり冗談を言い合ったりすることができなかった。

 そんな余裕もなかったのだ。

 だから、今こうしてマルメロと会って、下らない話をしてボケたり突っ込んだりして。

 素直に、楽しいと思ってしまった。

 本人は全く意識していないことだろうけど、それでも嬉しかった。


 冗談を言って快活に笑うマルメロと、ジト目で呆れる山茶花を見ながら。

 俺は、そう感じていた。

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