表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/21

8


 ガンスレイブの足行きは、やたらと明確な意思を帯びている。まるで行き先は決まっているようには見え、実際にも、ガンスレイブにはダンジョンマスター(階層主)の気配を感じ取ることが出来た。


 それは神がガンスレイブに施した、異能の力の一部であり、ガンスレイブにはその階層の、どこにダンジョンマスター(階層主)がいるか探知できるようになっていた。


 ガンスレイブはその異能を、『悪魔の囁き』とは呼ぶ。どうしてそう呼ぶかについて、ガンスレイブにとって、迷宮の奥から伝わるダンジョンマスター(階層主)の不気味な反応とは、気持ちの悪いものでしかなかったからだ。故に『悪魔の囁き』.被虐的な意味合いとして、ガンスレイブは『悪魔の囁き』を酷く嫌う。


 ただそうは言っても、ガンスレイブは長い月日、その悪魔の囁きに耳を傾けてきた。それはガンスレイブの使命にして、唯一の目的であればこそ、ガンスレイブのダンジョンマスター(階層主)を駆逐する日々は終わらない。


「見つけた…」


 ガンスレイブの視界先で、無数の魔物が蠢く。

 グール、人の形を成した魔物である。元は人であり、このダイスボードにいるということは冒険者だったのだろうが、今では醜い化け物として、ガンスレイブの敵となる。


 数は10体。各々のグールは姿格好は違い、また性別種族と様々だ。ただその中に於いて、一際(ひときわ)大きなグールはいた。


 キンググール、奴らグールの親玉に違いない。またこの5階層のダンジョンマスター(階層主)である。


 キンググールといっても、ただのグールが大きくなったに過ぎない。少なくとも低階層であるグールからすれば、そういうことである。


「殲滅、開始」


 ガンスレイブは駆け出し、グール達との距離を詰める。グール達はガンスレイブの足音に気づいて、光の失った眼をガンスレイブへと向けた。


 グール達の眼に、ガンスレイブとはどのように映ったのか、またその様子を側から見た場合、果たしてどちらが魔物であるのか、その様子を見てしまった誰かは、疑問に思う事だろう。


 偶然にも、その誰かはその場に居合わせていた。


 群がるグールに体をグチャグチャに食い散らかされ、次の瞬間にも絶命するだろう、そんな誰か。冒険者の少年は、迫るガンスレイブを見て、新手の魔物が現れたと絶望に落ちていた。


 ただ、そんな絶望が希望に変わるのは、ガンスレイブがグール達を瞬く間に駆逐していくからである。


 身の丈以上もある鉄の塊のような大剣を、まるで棒切れを振るかのようには軽々と振り回し、一体、また一体と切り裂いていく。襲い来るグールの鋭い爪を拳で砕き、頭突きで跳ね飛ばし、粉砕する。大蛇のようには太い足を鞭の如くしならせ、グールの腐った肉体をいとも容易く破壊する。


 それはガンスレイブとグール達による死の舞踏会。主役はガンスレイブにして、華麗な舞踏の如き闘い様を見せつける。


 他の演者達であるグールとは、ガンスレイブの引き立て役に過ぎない。役目が終わった演者とは、ただ、舞台を降りるだけ。役不足な演者は、その舞踏会に相応しくない。


 ガンスレイブの闘劇を前にして、グール達に成す術など、どこにもありはしなった。


 それは最後に残った大型のグール、キンググールとて例外ではない。一介の冒険者からすれば脅威大のキンググールさえ、ガンスレイブからすれば、肥えたグールが無様な腹を晒しているようには見え、またその分、不快感もより一層には高まっている様子。


「失せろ」


 一言だけ、ガンスレイブはキンググールにそれだけを伝える。ガンスレイブの大剣がキンググールの手足を削ぎ落とす。ただ壊すのではなく、その行為には理由があった。


 次に、ガンスレイブの口から発せらる呪文のような言葉を受け、キンググールの体はドロドロと、液状化しては溶けて亡くなっていった。


 そして、


「他愛もない」


 ガンスレイブの手に、赤いオーブの塊が握られていた。それが何なのか、地下5階層までやってきた冒険者に分からない訳がない。何せ、その絶命寸前の冒険者とは、今まさにガンスレイブの手にある赤いオーブを求め、グールに挑み、そして死にゆくのだから。


「…冒険者か…」


 ガンスレイブの声が鳴る。そして鳴った声の先に、死の運命を辿るだろう冒険者はいる。


「あ、あなたは…」


「……死神だ」


「死…神?」


「そうだ。お前の死に様を拝みに来た、獣顔の死神。少なくともお前には、そう映るだろう?」


 ”死の運命を辿る冒険者を救わなければならない”、それは先ほどバードとの会話に出てきた、神とガンスレイブとが交わしたとされる、契約の内容である。


 契約に沿うのであれば、ガンスレイブはその絶命寸前の冒険者を救わなければならない。ただ、今回は契約外であると、ガンスレイブは理解している。


「お前もう助かりはしない。最早それを、死の運命だとは言わない。必然だ。だから俺は、お前を見殺しにする。かつての俺のようには、死を呼ぶ獣として、お前の最後を見届けてやる」


「……そう、ですか…」


 自身がもう助からない事ぐらい、傷を負った自分が一番よく分かっている…冒険者は口に出さずとも、己が顛末は悟っていた。


 故に、ガンスレイブの言葉を今更、否定したりはしない。また、彼が誰で、何を言っているのか、そんな事はどうでもよく思っていた。死にゆく者に、生者の素性、もとい言動は無意味、無価値。


「時に冒険者よ、名を明かせ」


「……え?」


 冒険者は、耳を疑った。

 彼は、何を言っているのだろうか?


「俺が憶えて於いてやると、そう言っている。嫌なら構わんが」


「………」


 冒険者は迷う。果たしてこのやり取りに、意味はあるのだろうか、と。ただ、意味のあるなし関係なしに、少しばかりの延命を施してくれたかの獣顔に、名ぐらい明かしておこうとは思う冒険者。また、憶えておいてほしいとは、何故だか涙を浮かべる冒険者。


 冒険者は、一筋の涙を流し、ガンスレイブに答える。


「……ヒューイ、です」


「冒険者ヒューイ、それがお前の名か?」


「…はい」


「そうか…分かった。では、冒険者ヒューイよ、俺はお前の最後を、忘れない。また、その顔、その声を、この身朽ち果てるその時まで、現世に繋ぎ止めておくと、ここに誓う。だから、俺からの願いも、聞いてくれるか?」


 ガンスレイブは言う。願いを聞いてくれ、と。

 冒険者は無言で、コクリと一回、頷いた。


「冒険者ヒューイよ、もしも、死んで、神に合間見える機会が訪れたとしたならば、伝えてほしい。このガンスレイブが、いつか絶対、貴様の喉元に剣を突き立ててやると、だからそれまで、首を長くして待っていろと、そう伝えてくれ…」


「………」


 返事はない。それもそのはず、既に冒険者はこの世界を去った後であった。虚ろな眼をガンスレイブへと向け、果たしてその耳に、ガンスレイブの願いが届いたのか、


 それは、誰にも分からない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ