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6


 しばらく歩いた二人の前に、一軒の小屋が見えてくる。

 ダンジョン内の、迷路のような道行きの中で、その小屋は不自然な形ではそこにあった。


 やたらと古ぼけた、木造の小屋である。


「ここだ」


 ガンスレイブはその小屋の存在を知っていた風には呟いた。


「ここは?」


「見ての通り、ただの小屋だが?」


「いや、そういう意味で聞いたのではなく、」


「どうしてこんな場所に小屋があるのかと、そういう意味か?」


 ヒポクリフトは頷いて、まじまじと小屋を見る。

 ただいくら見たところで、何の変哲も無い普通の小屋に過ぎない。

 が、それがダンジョン内にあるとなると話は別だ。


 まるでそこだけが、このダンジョンから切り離されて存在しているような、そんな気がしてならないヒポクリフトであった。


 一抹の疑問に、首を傾げるヒポクリフト。そんな彼女にガンスレイブの言葉が、発せられる。


「ダイスボードはそもそも誰が何の為に、またどのようにして造られたか分かってない魔境のそれだ。故にこの場所に小屋があろうと、何ら不思議ではなかろう?そもそも、こんなものに驚いていてはこの先はもっと仰天することになるぞ?」


 クツクツと可笑しそうにガンスレイブは笑って、小屋に向かって歩き出した。ガンスレイブの後をヒポクリフトは小走りで追う。


「え、まさかあの中で入ろうとか、そんな事を考えていませんよね!?」


「そのまさかだが?」


「だ、大丈夫なんですか!?もしも、中に魔物が潜んでいたら…」


 そんな不安、ヒポクリフトはこのダイスボードに入ってからというもの、すっかり疑心暗鬼に陥っていた。増してや、明らかに異常そうに映る小屋を見れば、尚更にヒポクリフトの足は重い。


 その点、ガンスレイブは酷く穏やかそうであった。まるで自分の家の庭を歩くようには、その足取りは軽い。


「安心しろ、害はない。以前と変わりなければだが」


「い、以前とは?」


「そうだな…大体、五十年程前になるだろうか?」


「五十年!?」


 ダンジョン内に、ヒポクリフトの驚き声とは反響し、響き渡る。


「静かにしろ。ここにも魔物がいるんだぞ?」


「す、すみません…でも、ガンスレイブさんがいきなり冗談なんて言うから…」


「冗談ではないぞ」


「え?」


「……それをここの主人が、証明してくれる筈だ」


 そう言って、ガンスレイブは小屋の扉へと手に掛けた。

 

 果たしてガンスレイブの言う『ここの主人』とは?ヒポクリフトは不安を募らせ、ただただガンスレイブの背を見つめていた。





 落ち着く。

 それは小屋の中に入ったヒポクリフトの感想で、ヒポクリフトは小屋内の穏やかな雰囲気に、すっかり身を緩めきっていた。


 暖炉に、テーブルにソファ、ヒポクリフトの目に、そんな有り触れた風景は広がる。最も、それは地上の小屋での話で、ここは迷宮ダンジョン[ダイスボード]だ。


 夢でも見ているのか、ヒポクリフトは自身のほっぺを軽く(つね)っては、次にくる痛みを感じて、現実を受け入れようと努力する。


「あははは、何やってんだい?まだ実感湧かないのかい?」


 ほっぺを摩るヒポクリフトを見て、その女性は愉快そうに笑っていた。

 初老の、艶やかな白髪を一つに結った綺麗な女性。その女性はこの小屋の主人のようで、長らくこの小屋に住み着いているという。


 長らくとは、先ほどガンスレイブが言った通りである。


「それにしても、老けたなバード」


 ガンスレイブはその女性を眺め、微笑みの中には言った。ガンスレイブとその女性ーバードは、テーブルに向かい合う形では座っている。


「老けただと?よく言うよガンブ、あんたが異常なんだよ」


 バードはガンスレイブの事を、ガンブとは呼ぶ。何でも、ガンスレイブという名が長すぎると、バードが勝手には縮めて呼び出したという。


 そんな事を自分には無理だと、ヒポクリフトは改めてバードを見ては、ただただ畏敬の眼差しを送っていた。


「…はは、確かにな。人間のお前と、この俺とを比較することがそもそも間違っていたな。五十年か、あっという間だったな…」


「あっという間?馬鹿言うな。私からすればやっと五十年だよ。ほんと、顔も見せないで…」


 バードは呆れたようには溜息を吐く。


「で、今どこまで行ったんだい?」


「どこまで、とは?」


「階層だよ。このダイスボードでは、それしかないだろ?」


「違いない。今は地下68階層まで辿り着いている。まだまだ先は長そうだがな?」


 先は長い、そう言ったガンスレイブとは果たしてどこまで地下を進むつもりなのか、またその終わりとはあるのか、まだダイスボードに入って日の浅いヒポクリフトには遠く理解が及ばない。


 ただ黙って、二人の常軌を逸した会話に、ただ耳を傾ける。


「そうかい…五十年も使って、たった三階層しか進めなかったと、つまりはそういう事かい?」


「痛いとこをつくなバード。まぁ、その通りではあるが」


 (おもむ)に、ガンスレイブが懐に手を伸ばした。そして、先ほど地下4階層で拾ってきたという、例のホーリークラフトをテーブルの上に置いた。


 バードの顔つきが変わる。鋭い眼差しを、そのホーリークラフトへ向けていた。


「ほう、これがここまで戻ってきた目的かい?」


「ああ、そうだ。また、あいつが現れた。全く、諦めの悪い奴だ」


「はは、あいつか…でもな、諦めの悪いって、それはあんたも同じだろ?」


「……まぁな」


 ガンスレイブとバードの会話の中に、突如として、『あいつ』とは出てきた。


 ヒポクリフトはその『あいつ』を知らないが、気になっている。刹那、ヒポクリフトは恐る恐る、「あの~」とは、力のない声を発して、二人の会話に割って入る。


「ん、ないだい嬢ちゃん?」

「どうした、ヒポクリフトよ?」


 二人の視線が、いっぺんにはヒポクリフトに集まる。気圧され、それでもヒポクリフトは勇気を振り絞り、ゆっくりと口を開いた。


「その、先ほどお二方がおっしゃっていた、『あいつ』とは、誰の事ですか?」


 ヒポクリフトの言葉が、小屋の中を静かに巡る。もちろん、ガンスレイブとバードにも届いていたことだろう。


 それでも、二人は重たく閉じた唇を開くことはせず、ただ黙って、ヒポクリフトを見つめていた。


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