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 ガンスレイブ。

 それはかつて、世界を戦火の渦に落とした魔獣の名である。ただガンスレイブという名は伝承からは抹消されており、ただ『世界を堕としかけた魔獣』とだけは伝えられていた。


 故に、今現在の世界に於いて、その事実を知っている者は殆どいない。


 伝承からも抹消される程の魔獣、ガンスレイブの名とは、それ程に邪悪なものとして、当時ガンスレイブに苦しめられた人は記録に残すことも躊躇っていたのである。


 そんな魔獣ガンスレイブの魂とは、迷宮ダンジョン[ダイスボード]に幽閉されている。魔獣としての姿を剥奪され、また魔獣の醜い顔をそのままに、人の姿へと転生させられているとは、今でこそガンスレイブ本人しか知らない事実である。


 これから先も、その事実を知る者はいないだろう。ガンスレイブ本人がその事を話さない限りは、誰も知ることも無く…


 迷宮ダンジョン[ダイスボード]に、かの獣顔は在り続ける。





 地下五階層。


 どんよりとしたその陰湿な空間は、まるで迷路のようには続く。地下一階から地下四階までが石造りのダンジョンだった事に対し、地下五階層から様子が変わっていた。


「こ、これは…」


 地下五階層を進むヒポクリフトの目に、異様光景が広がる。迷路のような空間はそのままに、壁一面にはびっしりと植物の(つる)が張り巡っていた。更に言えば、蔓からは見たことも聞いたこともない真っ赤な花弁がいくつも咲いている。


「地下五階層からは少しずつ魔素が濃ゆくなってくる。この植物達はその影響を受けた魔の植物だ。あまり近づくと、食われてしまうぞ」


 ヒポクリフトの隣を歩くガンスレイブは見慣れているか、平然そうにはしている。


「く、食われるとは?」


「言葉通りの意味だ。魔素の影響を受け、ただの植物は魔物へと進化してしまったというだけだ。まぁなんて事のない、ダイスボードではよくある話だ」


「そ、そうですか…」


「何だ、怖気付いているのか?」


 ガンスレイブはヒポクリフトの顔を覗き込む。ヒポクリフトは突然ガンスレイブの顔が前にきたもんだから、「わぁ」と声を上げ、驚いた。


「す、すみません!」


「いや、気にするな。でもそうだな、俺のこの顔を見て驚くのも無理はないか…確かに酷い顔をしているからな」


 ガンスレイブは自身の顔を(さす)りながら言った。

 フサフサとした黒い毛並みが、ガンスレイブの指に吸い付く。


「私は…可愛い顔だと、思います」


 ヒポクリフトはガンスレイブをチラチラと見て、恐る恐る呟いた。


「可愛い、だと?」


「あ、いや、その悪い意味ではなくてですね!?」


「じゃあどういう意味だ?」


「だから、その…ワンちゃんのようで、可愛いなって…」


「ワンちゃん!?」


 予想だにしてなかった回答に、ガンスレイブは顔を顰めた。というのも、ガンスレイブは今まで、この獣顔を覗かれ恐れられた事はあっても、可愛いワンちゃん呼ばわりたことはなかったからだ。


「侮蔑的な意味合いならまだしも、ワンちゃんか…」


「す、すみませんガンスレイブさん!今のは忘れてください!」


「いや、いいんだ。誰に何を言われようが慣れている。ただ、長い事このダイスボードにいるが、人間にワンちゃんと言われたのは初めてだな…」


「そ、そうですか…」


 ヒポクリフトは申し訳なさそうに俯いた。

 私は命の恩人になんて失礼な事を言ってしまったのだろう…

 ただ自身の愚かさを呪わずにはいられない様子である。


「ところで、お前の死んだ仲間達の事だが…」


 不意に、ガンスレイブは話題を変えて話し始めた。


「お前は仲間死んだにも関わらず、えらくアッサリとしているようだが、本当はどうなんだ?」


「仲間、とは?」


「俺がお前を助けた時、地面に転がっていただろう?」


「ああ、彼らの事ですか。彼らの事は私もよく分かりません。ただ私があの場所に着いた頃には既に亡くなっておりました」


「そうか…って、ん?」


 首を傾げるガンスレイブ。


「では何だ、お前は一人でこのダイスボードへと入ってきたと、そういうことなのか?」


「はい、そうですが」


「はぁ、呆れた。よくあそこまで無事でいられたものだな…いくら地上に近いと言っても、ここは魔物がたくさんいるというのに」


「その事でしたら、心配ありません。私にはこれがありますので」


 そう言って、ヒポクリフトは鞄から水晶石を取り出し見せた。瑠璃色に輝く、石ころ大の水晶石である。


「ほう、それはもしや、魔浄の石か?」


「はい。我が家に古くから伝わる宝玉です。これに…こうやって、魔力を流し込めば…」


 ヒポクリフトが僅かな魔力を水晶石に送り込むと、水晶石は眩い輝きを放ち、辺り一帯を光で照らし出した。

 ガンスレイブは眩しそうには目を細め、手を当てる。


「あ、すみません!」


「構わん…にしても、魔浄石なんて骨董品を持っている者がまだこの世界にいただなんてな」


「はい、でもこれ、たまに使えない時があるんです。先程ガンスレイブさんに助けられた時も、丁度その時でして…本当に助かりました」


 ヒポクリフトは魔浄石をカバンへ戻すと、改めてガンスレイブに頭を下げた。ガンスレイブは無言で、それに応える。


 その後、歩みを進める二人は静寂に口を閉じた。行き先はヒポクリフトには分からないが、ガンスレイブの事だから寄り道をしているわけでもないのだろう。


 一体ガンスレイブは何者なんだろうかー


 ヒポクリフトはただ、ガンスレイブの横顔を流し見ては、疑問に思う。ただ頑なに自身の素性を明かしたがらないガンスレイブに、これ以上余計な詮索はしない方がいいだろうとは口を紡いだ。


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