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「これが、次の階層に必要な鍵となる」
ガンスレイブはヒポクリフトの元へと戻ってきては、其れだけを告げた。また徐ろには歩き出して、ヒポクリフトはその後に続く。
「あの、ガンスレイブ、さん?」
「何だ?」
「見事な闘いぶり…でした」
「ふん、当たり前だ。そもそも俺がこんな階層の魔物如きに遅れをとるわけない」
「と、言うと?」
「地下68階層」
「はい?」
「だから、俺は地下68階層からやってきた、そう言っている」
ガンスレイブはサラッとした言い草である。
ヒポクリフトは目を丸くさせ、ただ驚く。
「そんな地下深くからやってきたんですか!?」
「そうだ」
「な、なんの為に!?」
「素材が必要だった」
「素材…?」
「そうだ。地下には生えない、とある薬草が必要だったんだ」
見ろ、とガンスレイブは懐から薬草を取り出して、ヒポクリフトに見せる。
「地下は魔素が濃い。この薬草はまだ地上から近い、地下4階層までしかないからな…でもまぁ、こんなことならわざわざ取りに来るべきはなかった」
「そんなに必要な薬草…だったんですか?」
「もちろんだ。と言っても、一介の冒険者如きにこれ(薬草)の価値がわかるわけないだろうがな」
ガンスレイブは嘲る笑みのまま言って、それ以上は話さそうとしなかった。ヒポクリフトは無言でガンスレイブの後を追っていく。
しばらく歩いて、その階段は見えてきた。地下へと続く、長い階段である。
「ここだ」
ガンスレイブは呟き、先程ダンジョンマスター(階段主)から取り出した真っ赤な球体を地下階段へと投げ入れた。
その途端、球体はフワリと階段下へと落ちていく、そして消える。
「何だか…呆気ないですね」
「ふん、先を進むだけだから当然だ」
「ガンスレイブさんはこれを…ずっと続けてきたのですか?」
「何が言いたい?」
「いや、だから…その…」
「?」
「ガンスレイブさんはもしかして…かの伝承に出てくる、」
と、ヒポクリフトが言い終わるよりも先だった。
「違う」
ガンスレイブがすぐ様否定した。まるでヒポクリフトが、これから何を言おうとしているか知っていたかのような口ぶりで、迷いはないようだった。
「いいか、余計な詮索はするな。お前と俺は、地下8階層までの付き合い。それ以上でもそれ以外でもない。俺が誰であろうと、お前には関係のないことだ」
「すみません…」
「ふん、謝るぐらいなら初めから聞くな…と、」
ガンスレイブのそこで言葉詰まった。
またヒポクリフトを見ては、困ったようにはぽりぽりと頭を掻いた。
「なぜ、泣く?」
そう尋ねたガンスレイブの視線で、真っ赤に腫らした眼から涙を流すヒポクリフトがいた。
「いえ、すみません…ただ、ガンスレイブさんが私をあまりにも邪険にするから…」
自分が邪魔になっていると、ヒポクリフトは悲しくなってしまっていた。
『それもそうだろう…地下68階層という地下深くからやってきて、途中で私という足手纏いを摑まされたのだ…ガンスレイブからすれば、邪魔で邪魔で仕方ない筈…』
そう思うと、どうしても申し訳なくてヒポクリフトであった。
「ああ…すまん…くそ、人間はどうも苦手だ…特に女というやつは…」
「すみませんッ!すみませんッ!」
「ああ違う!これはそういう意味じゃなくて…はぁ、すまないヒポクリフトよ、俺が悪かったから…だから泣いてくれるな」
ガンスレイブは頭を下げると、先ほどの、この階層にしか咲かないとされる薬草を取り出し、ヒポクリフトの眼前へと見せた。
「見ていろ…」
ガンスレイブがそう言った、
次の瞬間。
薬草が金色には輝き出して、無数の光玉が生まれ出していた。突然の事に理解の追いつかないヒポクリフト。ただ無性に、綺麗だなとは、そう思っていた。
「この薬草は、ホーリークラフト(光の薬草)と呼ばれている。邪気を祓う効果があるとされる、この階層にしか咲かない薬草だ。どうだ、綺麗か?」
「はい!でも…そんな大事な薬草を…泣いた私を励ます為に…」
「ば、馬鹿!?勘違いするな!枯れない限りはホーリークラフトは何回でもその効果を発揮できる!それに沢山採ってきたから別に問題はない!」
「そう、ですか…」
ヒポクリフトは、たじろぐガンスレイブを見つめた。
「な、何だ?」
「いや、ガンスレイブさんは…本当は優しいお方なのですね?」
ヒポクリフトはクスクスと笑った。その顔に涙はない。やけに晴れやかな笑顔である。
「ふ、ふん!やはり人間はよく分からん!泣いたと思ったらいきなり笑ったり…ほんと、不思議な生き物だ」
理解不能、ガンスレイブは目の前のヒポクリフトを見ては、ただただそう思う。ガンスレイブは未だ人間の感情を、未だ理解しきれてはいない。
理解するその日来るのか、それは誰にも分からない。
兎にも角にも、獣顔のガンスレイブと、冒険者ヒポクリフトは迷宮ダンジョンを進んでいく。
「遅れるな」
「はい!」
それが冒険者ヒポクリフトとガンスレイブの、数奇なる冒険の始まりであるとは、この時の二人は、まだ知らない。