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かつて、この世界には魔獣と呼ばれる存在がいたという。それは伝承の話で、どこまでが本当かは定かではない。
ただ伝承の中には、この迷宮ダンジョンに関する逸話が残されていることもまた事実であった。
その逸話とは、以下の通りである。
『かの魔獣、悪逆非道の限りを尽くす。真名を※※※※※※※※ーーかの魔獣は世界に大いなる災いを齎し、混沌の渦へと誘った。故に神様は、かの魔獣に神罰を与えた。神罰により、かの魔獣は地上から姿を消し、同時期に、迷宮ダンジョン[ダイスボード]に、かの者は現れたと聞く。異名を、#ウルフマン(魔獣の男)。かの者が何の為に迷宮ダンジョンに現れ、何を成そうとしているからは定かではないが、少なくともーーー』
逸話の一節はそこで途絶えており、その後の伝承はどこにも存在しない。ただ言って、確かにウルフマン(魔獣の男)の目撃情報は相次いでおり、ウルフマン(魔獣の男)に救われた冒険者も多数存在していた。
故に、ウルフマン(魔獣の男)とは冒険者界隈では神の使いとは呼ばれ、その姿に畏敬を示す者も少なくないとか。
冒険者の少女ヒポクリフトはそんな逸話を思い出し、獣顔のガンスレイブを名乗る男の背に続いていた。
ガンスレイブの足取りは早く、迷いなくは前へ前へと進んでいった。まるで魔物達の行き先が分かっているかのような、足取りである。
「おい」
突然、ガンスレイブが声を発した。ヒポクリフトは「はい」と答えて、ガンスレイブの背に視線をぶつける。
「お前は何をしにこのダイスボードへと入ってきた?お前も他の冒険者同様には、財宝が目当て、だったりするのか?」
そう言ったガンスレイブの口振りは酷く冷めていた。
冒険者を侮蔑していること充分に伝わってくる口振りだった。
ヒポクリフトはガンスレイブの声に圧倒されていた。ただ何か言わなきゃと、口を開く。
「違います。私は、奇跡を求め、このダイスボードにやってきました」
「奇跡か….」
ガンスレイブは呟いて、クククと笑い声を零した。
「ほんと、冒険者は愚かだな。奇跡だと?それはあれだろ?神の力が込められているとされる金剛石の結晶で、あらゆる奇跡を叶えられるという…故に奇跡」
何度聞いてきたと言いたげのガンスレイブに、ヒポクリフトは「そうです」と返して、
「親が…病なんです。不治の病と医師には言われています。だから私は…どうしてもその、奇跡を持ち帰らなければならないんです」
「不治の病か…それはお気の毒だな。だが、ヒポクリフトよ、お前のやろうとしていることは愚行、死に急ぐとの何ら変わりはない。あるかどうかも分からない奇跡に望みを託すなど…それならまだ神に御祈りでもしていた方がマシだ。最も、一介の人間ごときに微笑む神など、この世のどこにもいないがな」
「どうして、そんな酷いことを…」
「酷い?馬鹿言うな。これはある意味、忠告というやつだ。お前はまだまだ若い、そんなお前がだ、こんな薄暗いダンジョンで最後を遂げる気か?よく考えろ、ここにはな、お前の言うような奇跡などどこにもない。見ただろう?あの悍ましい魔物達を。このダイスボードは先に進めば進む程、あのような魔物がウジャウジャと蔓延っている。しかも、それはこことは比較にならない程にな…だから言っておく、あまり命を粗末にするな」
「でも、そういう貴方もまた、この迷宮ダンジョンにいるではないですか?」
「……ククク、確かにな。でもそれは、仕方なくというやつだ」
「仕方、なく?」
「ふん、お前には関係ない。それよりも、ほら、見ろ」
ガンスレイブは指差した。指差した先の、少し遠くに、先程の魔物達(オークの群れ)とはキョロキョロとしている。それはどうやら私達を探しているようで、先程よりも数が増えているようである。
「これ以上近付けば奴等に気付かれる。だからヒポクリフト、お前ここに隠れていろ、いいか?」
ガンスレイブは背負った大剣を手に持て、ヒポクリフトの頭に手を置いた。そして、
「直ぐに終わる」
その言葉を皮切りに、次の瞬間、ガンスレイブは素早く行動を開始した。勢いよく駆け出したガンスレイブとは、魔物達(オークの群れ)へと突進していく。
魔物達(オークの群れ)はガンスレイブに気付いてか、雄叫びを上げて牽制する。だがその頃には既に、ガンスレイブの大剣の刃はオークの一体を貫いた後だった。
「次」
ガンスレイブは呟き、躊躇いなく二体目のオークを大剣で薙ぎ払う。そのまま三体目のオークの首元へと掴みかかり、握力のみではオークの首をへし折る。
「次」
事の状況に焦ったのか、オークは一斉に、ガンスレイブへと向け突進した。だがガンスレイブとは、オークの突進をいとも容易くは大剣で薙ぎ払い、真っ二つには切り裂く。
圧倒的、まさにその一言に尽きるだろう闘いっぷり。最後に残せれたオークが、苦悶そうに顔を顰める。
「お前か、ダンジョンマスター(階層主)は…」
ガンスレイブはオークの眉間先に大剣の先を向ける。どうしてそのような行動に出るのか、ヒポクリフトは遠目に疑問がっていた。
が、その答えはその直ぐ後にもわかることになる。
ガンスレイブは大剣をそのままに、何やらブツブツと呟く。オークはそんなガンスレイブの声に反応してか、地面へと倒れ込んではバタバタと暴れ出した。
次の瞬間、
「!!!!!」
オークの断末魔が、辺り一帯に響きわった。そして体はドロドロと溶解していく。ガンスレイブは溶けたオークの体に手を突っ込んだ。
「これだ」
呟いたガンスレイブの手に、真っ赤な球体、赤いオーブは握られている。ヒポクリフトはそれが、先程ガンスレイブが言っていた、階層を退け出すに必要な『鍵』だと理解する。