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ガンスレイブは、自身の変化についてを知らない。ただ言って、アルビダと冒険を始めてからというもの、以前のガンスレイブからは到底想像のつかない表情を見せる事は、確かであった。
言うなれば、それは喜怒哀楽というものであろうか。
人でもなければ、魔物ではない、そんなガンスレイブが、感情を持ち始めていたのだ。
その事について、ガンスレイブは気付かないでいたのだろうが、一緒に冒険を続けるアルビダには、何となく、その変化に気付きつつあった。
冒険を続ける最中にも、アルビダは、ふと思う。
『最近のガンスレイブは、どこか楽しそうだ』
その理由として、ガンスレイブはよく喋るようになった。また笑ったり、怒ったりも。
時には、地上にいる者達の暮らしぶりを尋ねてきたり、自分から喋りかけてくることも少なくはない。
もしかしたら、ガンスレイブはいつか、本当に変われるかもしれない。今はまだ無理でも、でもいつかは、ダイスボードではないどこかで、この獣顔と共に過ごせる未来が、あるのかもしれない。アルビダは、そんな事を思っていた。
それがいつになるかは分からないが、少なくとも、このダイスボードを攻略仕切った後になるだろうとも、そうも思っていた。
だったら、攻略するしかない。どこまで続いているかは分からないが、二人なら余裕な筈だ。実際、ここまで難なく進んでこれたのだから。
私とガンスレイブ、二人で協力し合えば、何処へまでも進んでいける。それに、もしかしたら、この地下54階層が、ダイスボードの最果てかもしれない。
そうだったら、どうしようか?ガンスレイブは、その後も私と一緒に、いてくれるだろうか?
いや、ガンスレイブがどうであろうと、私が彼から離れなければいいんだ。そして、ガンスレイブと色んなところにいくんだ。
地上に出て、山を登ったり、川を泳いだり、夜空を眺めたり、風に当たってみたり、美味しい料理を食べたり。何だっていいんだ、このダイスボードでは出来ないことだったら、何だって…
アルビダの未来は、明るかった。
その未来について、ガンスレイブは知らない。また、知ることもない。
永遠に。
「あれ、何だろう?」
道の途中のこと。アルビダが突然、口を開いた。
そこはまだ地下54階層で、二人の目の前に、見たこともない存在が、立ち塞がっていた。
一見して、それは闇の霧。黒々とした霧が、フワフワと宙を浮かんでいて、またギラリと、2つの黄色い閃光を走らせていたのだった。その2つの黄色い閃光とは、まるで眼光のように、2人へと向けれていた。
「…何だろうか、俺は知らないな」
「え、ガンスレイブも知らないの?だったら、新手の魔物かしら?」
アルビダは身構え、黒塗りの長刀を構えた。
「おいアルビダ、少し待て。あいつ、少し様子が変だ」
「大丈夫。だって、たかだか魔物でしょ?」
「だから、待てと、」
そんなガンスレイブの制止を無視して、アルビダは突っ込んでいく。
「ははは、あれは私の手柄ね?」
その時のアルビダに、恐れはなかった。また危機管理は、酷くお粗末であった。それはここ最近、危険と危険が、皆無に等しかったであろう。何かあっても、背後にはガンスレイブがいる。最強の存在、ガンスレイブが。
何者であれ、彼に敵う存在を、アルビダは知らない。熟練の冒険者が知らないということは、つまりそんな存在は、この世のどこにもいないということ。少なくとも、このダイスボードには。
アルビダと、黒い霧の距離が縮まっていく。そして、遂にはアルビダの長刀が、黒い霧を捉える範囲にまで近づいていた。
「くらいなさい!!」
突き出した刃先が、黒い霧へと埋まる。それは刺さったというよりは、スリ抜けた近い、そんな実感のない感触。そこまで来て、アルビダはやっと、その黒い霧が魔物ではない事を理解していた。
また、体がガチガチに凍るような、寒気さを覚えていた。麻痺に近い、神経の氷結。
アルビダの視界先で、黒い霧がゾワリと、動いた。
そして、
「え…」
次の瞬間、アルビダの体を、黒い霧が包み込んでいた。
「アルビダッ!!」
ガンスレイブが遅れてやってきた頃には、アルビダの姿はどこにも見えない。ただ以前として、黒い霧だけがそこには有り、また様子を変化させ、霧が次第に、人の形へと変わっていくのだった。
その意味について、ガンスレイブはすぐにも理解した。アルビダが、黒い霧に取り込まれてしまった。多分この黒い霧とは、実態を保たない魂のようなもので、他者の体に乗り移る怨念のようなものと理解する。
「くそ…聞いたことないぞ…そんなもの」
毛が逆立たせ、ガンスレイブは警戒心を全開にしていた。大剣を構え、黒い霧の動きを待つ。
そのまま、少しばかり様子を見て、黒い霧が完全に人の形へーーアルビダの姿へと留意した事を確認する。
「…ギィイイイイッ!!!」
金切声が上げる、アルビダ。どうやら完全に、精神と体を乗っ取られたしまったことを理解。どうすればアルビダと、あの黒い霧を分断できるかを模索して、ついにはその答えを知る事は、できなかった。




