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ガンスレイブの足が止まる。
その場所に霧はなく、またあの金切声は、既に聞こえていなかった。
ヒポクリフトは改めて、地下6階層の構造を見る。霧に隠れて分からなかったが、どうやら地下6階層内部とは、赤塗りのレンガ調の壁が、迷路の如く入り組んでは広がっている階層みたいだった。
息を荒くしたガンスレイブが、ヒポクリフトの体をおろした。酷く疲弊してるように見えて、またいつもの余裕はどこにもない。
「ガンスレイブさん、一体どうしたって言うんですか!?」
ヒポクリフトはガンスレイブの腕を掴み、状況説明を求めた。
「……最早隠していても仕方ないか…」
ガンスレイブは観念した口振りで、視線をヒポクリフトの位置まで落とすと、ゆっくりとは語り出した。
「”あいつ”…それは、このダイスボードに存在する、世の断りを存在の事だ。名前は分からない。ただ、このダイスボードを彷徨い、血肉を求め食らう魂とだけは分かっている。奴に一度でも目をつけられてしまえば、それから逃れる手段は、ない」
「血肉を求め…食らう、魂?」
「ゴースト、俺は奴をそう呼んでいる」
「…は、初めて、聞きました」
「当然だ。奴は本来、このような低階層には出没しないし、またその姿を見て逃れきれる者はいない」
「でも、ガンスレイブさんは、逃げ切ったではないですか?」
矛盾していると、ヒポクリフトはガンスレイブに尋ねた。
「逃げ切った?馬鹿言え。こんなもので逃げきれたものか。奴は直ぐにでも追ってくる。生者でも死者でもないこの俺を、どうしてか感知しては、ずっと付け回してくる危険極まりない奴だ。まさか、こうまで早く見つかってしまうとはな…致し方ない」
そう言って、ガンスレイブは懐から、例の薬草を束にして、取り出した。ホーリークラフトだ。
「ゴーストは、強い光を嫌う。故に俺は、このホーリークラフトを取りに、わざわざここまでやってきたのだ」
「それで、その、ゴーストを退治できると?」
「退治はできない。できて、この階層に縛り付けておくことぐらいか。それでも暫くは動けまい。俺が初めてゴーストと出逢ったのは100年前、あの頃は何とか封印し逃れる事ができたが…あの頃と今とでは、少し状況が異なる」
ガンスレイブはため息を吐いて、ホーリークラフトを見つめていた。
「まさか、封印が解除されるなんてな…誰かが、あの封印を解いたに違いない」
誰か、それはガンスレイブにも分からなかった。ただ言って、その誰かが絶対には存在すると、確信は持って口にする。
以前、ガンスレイブがゴーストを封印したのは地下54階層。今より遥か先の階層にて、ゴーストはその魂を縛られていた。
自力での解除は不可能、それは直に封印したガンスレイブ自身がよく知っている。なればこそ、地下54階層にたどり着いた誰かが、その封印を解いたということなる。
ただ言って、ガンスレイブの知っている中でも、地下54階層まで進める者は数人でしかない。その数人は冒険者ではあるが、果たして彼らを、今目の前にいるヒポクリフトと同様の冒険者と呼んでいいものか、ガンスレイブは甚だ疑問でしかない。
言うなれば、彼らは冒険者という皮を被った化け物達。魔獣であったガンスレイブに匹敵する程の、超越者たる存在達である。
「これから…どうするのですか?」
黙り込んだガンスレイブに、恐る恐る口を開いたヒポクリフト。自分ではどうすることも、また手助けすることも叶わないと理解しているからこそ、ただガンスレイブに指示を仰ぐしかない。
ガンスレイブは「ふう」と一息ついて、乱れた呼吸を整えた。
「とりあえず、ここのダンジョンマスター(階層主)を潰し、鍵を手に入れる。そこまでは理解できるだろう?」
「はい」
「問題はその後の、ゴーストをどのようにして縛り付け、封印するかだが…再びゴーストと対面せねばならない。そして、このホーリークラフトを供物とし、ゴーストの魂をこの階層に縛り付ける。ただ、それが果たして上手くいくかは、今のところ、五分五分とでしか言いようはないだろう」
ガンスレイブをそこまで言わしめるゴーストとは一体、ヒポクリフトは息を呑み、先ほど聞いた金切声を思い浮かべていた。
悍ましい叫び声、そして、一度聞いたらいつまでも耳に残る、得体の知れない絶叫音。
ヒポクリフトは途端に、身震いしていた。思い出せば出す程に、震えが止まらない。
果たしてあの場にガンスレイブがいなければ、自分はどうなっていたのだろうかーー想像するも、嫌になる。
「安心しろ、ヒポクリフトよ」
ガンスレイブは力強い声で言った。またそう言ったガンスレイブに、先ほどまでの恐れた様子は微塵も感じられない。
「お前は、必ず俺が守ると保証しよう」
契約だからな、ガンスレイブはそう付け加えた。




