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都の中の異国 読み切り  作者: あきら
読み切り:1ページで終わる集まり
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薄暮過客

 マルジャーンの歴史は古い。現王朝も既に十一代を数えるまでになった。

 だがしかし、前王朝の前の、前の、ずっと前、無明時代と呼ばれる前史時代にこの地にあったのは魔術で栄えた王国だったという。僅かに残る資料から”メルナディ”とされるのが一般的であるが、人々の口にあがる物語の中でもっぱら”古代の国”あるいは”魔法王国”と呼ばれることが多い。

 無明時代では今のように違う国とのやり取りなど考えられないほど戦いに明け暮れていた。一歩街を出れば言葉も違ったという。隊商の行き来などありえなく、人々は自らの土地で手に入れた僅かな糧で日々を暮らしていた。弱者はどこまでも弱者であり、赤子はあっという間に死んでいった。

 そこに神からの無限の恩恵はなく、動物のような暮らしと今を生きる者からは蔑まれている。

 と、同時に”魔法王国”存在も伝わっているのは本当に不思議な事だ。

 魔法王国の伝承によれば、彼らは水の流れを自在に操り常に水で満たされた畑を持って居たという。夜になれば火を使わなくとも輝き続けるランプの元で酒が湧き続ける水差し酒盛りをする。寒さが辛ければ一瞬にして火が起こし暖を取り、暑くなれば風を起こし涼む。

 魔法王国とは、無明時代とは一体何なのだろうか?


「ヤシュム! きょうのはなしは、たからがいいの!」

 そう言った今日の主催者のはキラキラと煌く目をしていた。

 中庭に面したテラスには絨毯がひかれ、新鮮な無花果が器いっぱいに盛り付けられている。ヤシュムの好物だ。が、その数は尋常でない。いくつかの無花果は器を離れ、絨毯にまで転がりだしている。他にあるのはお茶を淹れるための幾つかの道具だけなので、なるほどこの無花果が唯一のお茶請けというわけだ。

 女官たちのハラハラとした顔に対して、童女は自信たっぷり満面の笑みでその前に座っている。そしてその横には彼女の母がいつものように椅子に座わり静かな表情でいた。

 ヤシュムは用意された客人の席に座る。主催者の目の前に用意されたその席はかなり立派なクッションが用意され、なるほど歓迎されている事が非常に良く伝わってきた。

「随分と立派なお茶会だ」

「うん! タートキアがよういしたの! かあさまじゃなくてタートキアよ!」

「僕、無花果好きだよ」

「タートキアも!」

「では、いっぱい食べようか」

「うん!」

 ヤシュムは無花果の山に取り掛かる。幼い手もまた器へと伸びた。

「宝っていうのは古の王国の?」

 無花果を頬張りつつもそれた話を戻してやる。

 彼女に物語を語るのはヤシュムの今宵の任務である。あれだけ楽しそうに聞いてきたのだ、せっかくだから望む話をしてやりたい。

 全く、割と胡散臭い人物であると自認していたが、童女ーータートキアは気にならないらしい。確かに、変な人間と言うのは妙な魅力を持つものだし、ヤシュム自身胡散臭い人物に惹かれることは多々あるが……自分がその対象になるというのはほんの少しこそばゆい。

「まほうの!」

「ふむ」

 お茶を入れていた女官が横から口を挟む。

「姫さま、ヤシュムは都へ帰ってきたばかりなのですから、遠い異国のお話などを伺っては如何でしょうか?」

「それもきくけどっ! だってヤシュム、ランプのはなしだけだったんだもん!」

 ランプ、と言うのは前回ここを訪れた時に童女に話した魔法王国の伝承であった。

「あのランプ、便利といえば便利なんだけどねえ、燃やせるものがあったなら火の方が楽だったりすることも多いんだ。何か青白くて見づらい。それに僕はバナナ焼くのが好き」

「!!!!!!! ヤシュムもってるの!?」

 興奮した童女は立ち上がり跳ねる。幾重にも重なったモスリンのスカートがひらひらと揺れる。そして淹れたばかりのお茶を激しく揺らした。

「僕、じゃなくて故郷の人がね。お酒好きの良いおじさんだよ」

「ふうーん。いいなあ……」

「そのおじさんはほかにもナニかもってる?」

「お酒以外で?」

「おさけはダメ! くさいの! もっとキレイなのがいい」

「うーんそうだなあ。綺麗なの綺麗なの……黄金のオウムとかは?」

「オウム?」

「鳥だよ。鷹は分かる?」

「タートキア、タカわかる」

「オウムは鷹よりちょっとだけ小さくて、そんでもって色んな色をしているんだ。特に南の方の国に行くといっぱい見れる鳥。ヤンおじさんのオウムは黄金で出来ているんだ」

「”おうごん”って?」

「金。タートキア姫がしている首飾りと同じ」

「じゃあ、おうむ?、は、かざりものなの?」

 ヤシュムは少しだけ考えて、小さく口の端を上げた。

「生きてるよ」


 オウムは魔法王国に居た時、有数の商人の屋敷に居たという。

 とさかから爪先まで全てが輝いている。目玉はダイヤモンドで、覗き込めば無数の光が満天の星空のように見える。そしてそのまばゆい姿にふさわしい鳥籠に入れられている。銀でできた柵にルビーの取っ手。サファイアの鍵。

 大広間の中心で彼は朝に夜に人々を楽しませる。

 彼が一声上げれば鈴の音、命じれば古今東西の歌をさえずった。

 ただこのオウム、少しばかり気難しい。

 食べるのは真珠、飲むのは透明に澄んだ酒精だという。

 やがて商人はオウムを養えなくなってゆき、王国は滅び、今はただ鉄でできた小さな鳥籠の中で次の主を待っているという。

 仮宿の住人が気まぐれにくれるワインを飲みながら。


 その話は幼い心を捉えたのだろう。「うわー」や「ああう」と言った言葉にならい声をあげる。そのまま席を立ちすぐ隣の母親の元へと飛び込んだ。

 母親の方はいたって冷静に彼女を受け止める。スカートもショールもぐちゃぐちゃで

「かあさま! いきてるって! とりさんいきてるって! きんなのにーへんなのー!」

 しばらくそうやって主催が母親に語っていると、後ろに控えていた見習いと思われる年若い女官がおずおずとしていた。

 やがて意を決したように「よし」と気合をいれヤシュムに話しかける。

「あっ、あのっ、差し出がましのは分かっているのですが、その黄金のオウムは飛べたりするのでしょうか? あの、その……気になっちゃって……」

 語尾の方になると消え入るような声になっていた。どうやら先輩女官が気になるらしい。目線をちらりと送っていた。

 送られた方は、どこ吹く風、堂々としたもので、

「努めも果たさず話などに興じているようようでは女官失格です!」

「ひゃっ! も、申し訳ありません!!」

「……とでも言うと思いましたか。姫さまがヤシュム殿をお招きしている場に一緒に侍ることを許されているのですから、もっと堂々とお聞きなさい」

 くすくす、といくつもの場所から控えめな笑い声が上がった。

 ヤシュムは無花果をひとつ、口に放り込んでから答えた。

「オウムは飛べないんだ。歌うためだけに作られた存在だからね」


 無明時代は遠い。

 全てを支配したとされる魔法王国は既に砂嵐の向こう側。

 今はこの地にマルジャーンの王都が存在する。

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