王都への招待
やあ旅人さん、今宵も良い月だね。
え? なんで町の人間じゃないか分かるって? そりゃ一度自分を見直してみればいいと思うよ。心の中まで確認しなくても、その汚れきった外套に大きな荷物袋。ついでにこんな時間に酒場へ行くで無しにこの辺りを彷徨いてるあたり……宿を取り損なったね。
ふふ、どうだい? この街を案内してあげようか。
客引き? まあそんなものかな。
ここは大門にほど近い市場が立つ広場。「商人通り」とか言う人もいるかな。外から持ち込まれた物資は殆どがここでやり取りされる。宿も沢山建っているから一刻時くらいしたら戻ってきたらいい。
この都は人は多くて栄えているから、朝が早い。事に宿においては日が昇ったら、などと悠長なことは言っていられない。
隊商は少しでも涼しい時間に出立しようとしている。だけどね、彼らは大きな荷物と沢山の奴隷を連れた団体さんだから、支度にやたらかかるんだ。
食事をここらでするのはオススメしないな。一見馴染みやすく、大衆向けに見えるけど、時間に余裕がない人を相手にしているから雑だし、結構取るよ。相場を知らないと思ってるからね。
大通りを北にまっすぐ、王宮の方向へ向かうともう一つ、広場があるんだけどそっちで食事を取れるよ。昨日は定期市だったからメニューも選び放題だし。
あ、今日は罪人の処刑があるよ!
人の断末魔が好きなら見逃せないね。
後は……そうだね、もうちょっと美しい物が見たいなら王宮かな。僕もちょっとばかり外の街のことを知っているけれど、城の大きさはちょっとマルジャーンに敵う所無かったかも。
赤みが強い日干し煉瓦で出来た壁は水面のように平でつややかで、幾つもの塔が壁の此方側からでもよく見えるんだ。窓ごとに寸分たがわぬ装飾が施されていて……そうそう、正門もいいけれど、馬を通すための通用門は小さいながらもアーチの見ごたえすごいよ。
まあ、そう言うふうに勧めても結局皆んな”白宮”を見るんだけど、ね。
どうしようもない。僕が初めてマルジャーンに来た時もやっぱり白宮に目が惹かれたものさ。あの太陽とも月とも例えられる白さは目を引かないわけがない。なんでもあの煉瓦は人の骨で持って白くしているとか何とか……あ、驚いた? 驚いた? ふふ、まあ王宮の中にある特別な工房で作っていらしいからねえ。僕らだけじゃなく、貴族も、神殿も手を出せない王家だけのものなんだ。
あそこで暮らすってどんな気持ちなんだろうねえ。
見ててもしょうがないし次へ行こうか。
……と言ってもこの時間だと開いてない店のほうが多いんだよなあ。金細工なんか故郷の妹さんへどう? あ、妹さんじゃなくてお兄さんですか。ううーん、じゃあお兄さんのお嫁さんへとか……ああ、そんな目で見ないでください、ちょっとしたジョークだよ。
逆に塩と絹はかなりの高値がつくんだけど、持ってたりしない?
ストップ。答えなくていいよ。どこで誰が聞いてるかわからないからね。
盗賊団の話は知ってる? 今日ついたならまだ知らないか。
衛兵が追っては居るんだけどねえ、なかなかあいつら捕まらなくてさー。今日も張り込みご苦労、まっ追いかけないとまずいしな……ってこれはキミと僕の秘密だ。
特に北の地域ではみっちりと衛兵が見張ってるから、悪いことするなら別の地区でやったほうがいい。それでも北の地区は金持ちと貴族の住んでいる所だから外せない、かもね。
僕は唆してないよ。
あくまで、道案内。
とまあ、こんなもんかなあ。
もっともっと案内したいところは多いけれど、これだけの時間で回るにはマルジャーンの都は広すぎる。
ここからゆっくり来た道を戻って、宿に向かうといい。そこでまず食事を取って、そうしている間に部屋も開くハズさ。
僕はこれから、行かなきゃいけない所があるからここでお別れ。
ん、お代? あー……ええっとそうだな。じゃあ何か何か……ううーん、男から物をもらうといじけるやつが居るからなあ。
今度あったら何か頼むよ。
それじゃ、バイバイ!