明日に向かって!~あるオンライン底辺作家のしょぼい話~
ずぶずぶと泥の中に体が入っていく感じ。
気持ちはすさみ、自分を全否定されたようだった。
俺だって一生懸命書いてるのに。
なんで、いつまでたってもこんな点数なんだ。
同じ時期くらいに書き始めたやつは書籍デビューをしてるのに。
そうか、才能か。
俺には才能がないんだ。
だから、こんな糞みたいな小説しか書けない。
やめてやる。
全部消して、やめるんだ。
★
心太郎はそう決心すると、まずマイページに行き、投稿小説をクリックする。
そして次々と作品を削除し始めていった。
黒井心太郎は、24歳の会社員。
大学生からオンラインで書き始めて、今年で4年目だ。
「趣味だから」が口癖で、ネタが浮かべば書いてサイトに投稿している。
完結している作品はなく、その数は85作にも及んだ。
4年の月日をかけた作品であったが、30分もせずにすべての作品がオンライン上から姿を消した。
「あっけない。駄作だしな」
心太郎はブラウザを閉じ、パソコンの電源を消す。
そして眠りについた。
早朝。
目覚ましが鳴り、いつもの朝が来る。
違うのは、通勤バスの中で自分のサイトを確認しないところだ。
――あ、今日はアカウントも消さなきゃ。
小説を書きたい、書いていたという事実を葬り去りたかった。
つまらない。
しょうがない毎日の中で、たった1つ彼が楽しみにしていたことだった。
小説書きという世界で、彼は自分らしく生きていた。
しかし、どうしようもなく、自分が情けなくなり、小説書きという土俵からも逃げてしまった。
――どうせ、俺には向いていなかった。
小説書きに費やしていた時間を、別に向けよう。
「お疲れ様です」
つつがなく仕事を終わらせて、心太朗は何かアニメでも見ようかと思う。
家の近くのDVDレンタルショップに行き、ネットで検索した面白いアニメの上位作を借りる。
自宅のアパートの部屋に篭もると、早速コンビニ弁当を広げ、DVDをパソコンに入れる。
あっという間に時間が過ぎ、気づいたら1時だった。
昨日まで感じていた憔悴感が全くなくなっており、心太郎は嬉しくなった。
――なんで、もっとこの面白さに気がつかなかったんだ。
小説書いて、誰か見てくれないか、読んでくれないか、と悩んでいたのが馬鹿みたいだった。
それから、心太郎はアニメのDVD鑑賞に没頭した。アニメが終われば今度はドラマや映画に手を出す。
数ヶ月が過ぎ、それも飽きてきた。
借りてきたDVDに面白さを見出せず、そのストーリーにケチをつける。
「俺だったら、もっと違う展開にするのに。もったいない」
――俺だったら。
心太郎は自分の言葉にはっとする。
――そう、自分だったら主人公はもっと強気なやつにする。ヒロインだって、こんなただ泣き叫ぶような女に設定しない。
話だってもっとスムーズに展開させるし、間延びなんてさせない。
心太郎は、DVDをパソコンから取り出すと、マウスを操作しワードをクリックする。開いたページに、キャラクター、設定などを書き、思い浮かんだことを打ち込んでいく。
そのうち、どんどん書きたい気持ちが膨らんできた。
――でも、どうせ、一緒だ。
俺なんてしょせん、駄作しか書けない。
それでも書くのか?
「やめた」
心太郎はあの憔悴感、悔しさ、絶望感を再び味わう気になれなかった。
ワードを閉じようとマウスでxをクリックする。
保存するか、どうか、ウィンドウが表示される。
『保存』を反射的にクリックし、苦笑した。
「……あほらしい」
心太郎はそう呟くとパソコンの電源を消して、眠りについた。
いつも通りに仕事に行き、帰宅。
でもいつもと違った。
気がつけば、昨日ワードに打ち込んだ物語のことが頭に浮かんだ。
キャラクターが脳裏で話し、喧嘩し始める。
「げっつ!」
気がつけば、バス停を2つも過ぎていた。
歩いては戻れない距離なので、一度降りて道を渡り、反対側のバス亭に行く。
「次のバスは10分後か」
時刻表を見て、ため息をついた。
待ち合わせなどもしていないし、予定もない。
だけれども、待たされるのが嫌だった。
「……お客さん!乗るんですか?」
すこし苛立った声で心太郎は我に返る。
寝ていたわけではない。
バスを待っている間、また脳裏で展開する物語に夢中になっていたのだ。
「すみません!乗ります!」
慌ててバスに乗り込み、心太郎は乗客の不躾な視線を浴びる。
「すみません」
なんだかいたたまれなくなって、そう謝ると窓際の席に座った。
――何やってるんだ。俺は!
今度は同じ失敗をしないぞと、窓の風景を見ていると、脳裏がざわざわと騒ぎ出す。
――うわ、なんだよ。これ。
心太郎は停車ブザーを押して、降りる準備をした。
雨は降っていない。時間もまだ夕方だ。
バス亭1つ分くらいは歩いても悪くない時間だった。
乗り過ごしてバスにまた乗るくらいならましだと、バスが止まると下車をした。
自宅までの道を歩いていると、また始まる。
――なんだ、なんだ。
どうにもおかしなことになっていて、心太郎は家に帰るとパソコンの電源を入れる。
ワードを開くと、次々と言葉が溢れ出し、頭を占拠する。
それに追いつこうと必死にタイプして、気がつけば2時間が経過していた。
ワードの合計ページ数は10ページ。
「なんだよ。これ」
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、そのままラッパ飲みする。
冷たいお茶が体を冷やした。
しかし、心は熱いままで、まだ書き足りない、続きがあると、言っていた。
心太郎はペットボトルをテーブルの上に置くと、再び座り込み、キーボードに手を載せた。
その夜憑かれるように書き続け、寝たのは2時だった。
朝寝坊して、慌てて会社にいったが、同僚に心配されるくらい、気が抜けた状態だった。
というのも、時間があれば、物語のキャラクターが脳裏で話し続けていた。
こんな状態が3日ほど続き、心太朗はやっと正気に戻った。
小説のほうは1章分、3万文字を超えていた。
キャラクターがやっと脳裏で騒ぐのをやめ、熱も同時に冷めた。
「……なんだったんだ?」
冷静になって、心太郎は自分が3日掛けて書いてきたものを読んでみる。
ひどいものだった。
勢いだけで書かれてあり、誤字脱字も多い。
でもなんだか、気持ちだけは伝わってきた。
熱い気持ち、生き生きとしたキャラクター達。
「……小説か」
書いた時間が長いだけで、実を結んでいないオンライン上の物書きの自分。
でも、あほみたいに夢中になれた。
そういえば、あの憑かれたような気持ち久々だったな。
高揚感とかめちゃくちゃだった。
まさに「生きている」という感覚。
「また書いてみるか」
流石の心太郎も殴り書きした小説をそのままサイトに載せる気はなかった。
しかし、ちょっと気になってサイトにアクセスする。
すると2通メッセージが届いているではないか。
1通はよくやり取りしている人からで、もう1通は交流がない人からだった。
まずは「知っている人」からのメッセージを読んだ。
☆
ブラックハンターくん
こんにちは。
君の小説がいきなり全部なくなっていてびっくりした。
もう書くつもりはないのか?
一緒に企画したときとか面白かったのに、残念だ。
また一緒に活動できることを楽しみにしている。
シンドラー 拝
☆
一応気にしてくれたんだと、心太郎は少し嬉しくなった。
ちょっとだけ高揚した気持ちで、次のメッセージを開く。
☆
ブラックハンター様
初めまして。
突然のメッセージすみません。
ブラックハンター様の書く話が好きでした。
元気がないときに読むとハメリヤの元気さに癒されました。
また載せてもらえませんか?
図々しいお願いですみません。
タカラ
☆
ハメリヤ!
心太郎が最初に書いた作品で、一番気に入っているヒロインだった。
元気いっぱいで、どんな苦境にも負けないヒロイン。
ヒーローを元気付けてくれる可愛い女の子。
「俺、がんばろうかな」
一人でも読んでくれている人がいる。
駄作、駄作と思っていたけど、読んでくれていた人がいる。
それだけで十分じゃないか。
心太朗は息を吐くと、キーボードに手を載せた。
二人に返事を書いた後、一度ブラウザを閉じパソコンの画面の「マイドキュメント」をクリックする。
そこにオンラインに載せたもののオリジナルが保存してあった。
「やってやろう」
一人でもいい。
読んでくれている。
その感謝の気持ちを忘れないで、これからも書き続けよう。
これからも悩みはつきない。
でも自分はやっぱり小説を書くのが好きなんだ。
心太朗は、微笑を浮かべるとまずは保存していたハメリヤの小説を開く。
開けたそれは、オンライン上で推敲する前だったので、かなり酷い出来であった。
が、彼はもうめげなかった。
小説を書くことは楽しいけど、辛い。
しかし、やめることができないのだ。
黒井心太郎は今日も妄想しつつ、バスに乗り遅れぎみなりながらも、書き続ける。
明日に向かって。