検証事案:魔術の理念
俺の名前は、モンド。日本のサラリーマンだった。
異世界転生――俺はそれに巻き揉まれた。
彼女は、ラインさん。
俺が巻き込んでしまった、俺の相棒みたいな人……人じゃないけど。
人工の……いや、神工の存在。手足を機械化した人型の何か。誰もが振り返る至高の造形美を持つモノ。
グラスファイバーを思わせる光沢ある長い髪に。悪魔のような鋭く長い大きなきな機械の手。つま先立ちを強制するゴツゴツしたブーツと呼べないそれは、なぜか地面から少し浮いている。
機械的で無い部位は、ボディペイントじゃないのか思わせるほど、体のラインを惜しみなくエロい……本能が溢れた。知らしめている。
何一つ、特別な能力を持てなかった俺だが、ラインさんの能力を借りて、何とか毎日を生き抜いている。
そんな俺たちは今――
――戦場にいます。
「ブラディ・インフェルノ・エクストラ!」
遠くで、あのチート野郎が声を張り上げた。
「骸骨の丸焼きって……ただの火葬じゃね?」
なんでも、この国のどこぞのエリート様。要は、頭でっかちの貴族様なのだが。そのお方が、国に反旗を翻したとよ。
「くっ、“禁断の魔骨”。これ程とは!? スケルトンだけでなく、スケルトンドラゴンや、巨大な骨のキメラまで! 今ので千・二千焼いたが、まだまだくるぞ!」
はい、説明ありがとう。
そのエリート様が、召喚系のマジックアイテムを手に入れた事で、調子づいたらしい。
「だが、俺達にはあの英雄がいる。今のを見ただろう! あんな広域魔術を使っても、息一つ乱していないぞ!」
はい。戦場の兵士さんからのレポートでした。
俺にどうにか出来るわけも無く、さっさと逃げたいのだが、
「街門、開けてくれないよな」
まあ、外が戦場となれば、大抵の『街』と呼ばれる都市は、防衛として外壁に設けられた門を閉ざす。その横には“くぐり戸”などあるはずも無く。一度閉ざされてしまえば、出れるが入れない。
どうやって出るかって? 飛び降りる。正確には、外壁上から途中までロープを垂らし、それで降りる。だな。
「さあ、どんどん来い! 焼いてやるぜ!」
チート野郎は、いい空気吸ってやがんなあ。
いいぞ~。がんばれ~。
野郎のハーレム要員が、黄色い声を上げてるから、俺が心の中で投げやりに応援する必要はないんだけどな。
「今度はコレだ! トゥルーフレイム! ヴァージョン、ブルー」
さっきのが、真っ赤な炎だったのに対し、今回は、青い炎。ただ火の背丈は先の半分。“燃やす”というより“燃え移す”という感じで、地面を這うように広がっていく。
焼畑みてえだな。
「おー! 凄い! 凄いぞ!」
兵士さん達は、思い思いに驚愕の声を上げて、賞賛の嵐。
本当にチートだな。
「モンドさんじゃないですか」
鬼気迫る対岸の火事な俺に、いったい誰だ?
「何でモンドさんが、戦わないんですか?」
何を言い出してるのかね、君は? 僕は一般人だよ? あんなのチート野郎か、数で押せる兵士さんに任せるしかないしょうが?
「そうですか? 絶対にモンドさんの方が、上位者だと思うんですけど?」
「お前がそれを言うのかよ!」
パッと見、ふんわりイケメン。マジマジ見ても、ふんわりイケメンなこの男は、“本当の魔術士”。
高身長。痩せ型。脚長。白い歯。効果音が付く笑顔。本当に、
「嫌味な奴だ」
しまいに、性格に好感がもてるのがムカつく。
「一番しまうべき部分の本音が、漏れてますよ」
「だから、出したんだよ。イケメン」
「え? モンドさんも十分カッコいいですよ」
「慰めはいらねえよ。大体、俺に敬語は要らないって言わなかったか? お前のほうが年上なんだからよ」
「モンドさんにはこれが自然というか、落ち着くんですよ。諦めて下さい」
そうかよ。
イケメンとの、自虐的精神修養を兼ねた世間話の間に、三度目の大きな歓声。
なんか、今度はまたカラフルな火だな。
「そんな顔するなよ」
「あ、済みません。そんなつもりじゃなかったんですけど」
やっぱり本当の魔術士としては、見るに耐えんのかね。
「あんな間違ったものを得意満面に見せられると、どうしても」
「お前には、そうだろうな。あいつはチートだが、お前は、ピュア、だからな」
「やめて下さいよ。『ピュア』なんて」
以前、こいつから聞いた昔話。
ある時、ある村に一人の不思議な者がいました。
雨が降らないと嘆けば、雨を。病に倒れたと言われれば、病を。寒いと聞けば、寒さを。何を使うでもなく、大地を潤わせ、病を無くし、寒さを和らげました。
ただ、その力を持つものは一人しか居なかった為、いつも急がしく、ゆっくりしている姿を見たことがありません。
それを大変に思った村の優しい青年は、なんとか助けになろう思いました。
優しい青年は、鍋の水を沸かそうと見よう見真似でやってみましたが、上手くいきません。
青年は、「どうやったら沸かせるんだろう?」と、こぼしたその時、女が戸口から顔を出して、こう言いました。
「火で温めれば良いじゃない」
なるほどと、火を出そうとします。
今度は、火がでました。ただ、直ぐに消えてしまいます。
どうしたものかと考えていると、また女がこう言ってきました。
「釜戸の薪に、火をつければいいじゃない」
ああ、と気をよくした青年は、釜戸の薪に火をつけます。
今度は、鍋の水を沸かすことが出来ました。
以来、優しい青年は、雨が降らないと、雨雲を作り。病に倒れれば、癒しやり。寒ければ、暖かな風を送りました。
優しい青年は、そのやり方を請われるままに、他の人々にも教えてあげました。
こうして村は、より豊かになりました。
めでたし、めでたし。
「『歪められた魔術』だったか」
「ええ。あんなの、ただの“火”です」
さっきから、チート野郎がやっているのは、結局でっかい火を作っているだけだ。
こいつの話では、魔術とは“結果”ではなく、“結局”を成すモノなのだそうだ。
鍋の水を沸かすなら、火であぶろうが、電子レンジでチンしようが、気圧を下げて沸点を下げようが、どれも意味合いは一緒だ。
ただどれも、“沸いた”という結果のために、工程が必要になる。
これは、魔術の本質からしたら無駄なのだそうだ。
工程の結果ではなく、欲する結局だけを成す。これこそが魔術の本質なのだと。
まあ、たしに不思議現象に、科学的な工程を踏まえるナンセンスはあるよな。
「力の足りないさを、自然の摂理を借りて補っているだけです。鍋の水を沸かしたければ、素直に火を越せばいいんです」
そう。
目新しさ。
特別さ。
万人には無い技術。
そうしたものが、魔術の本質を歪めてしまった。と、俺は考えている。
「モンドさんは、この戦場をどうしたいですか?」
「お、やる気じゃん。見るに耐えなくなったか?」
さて、こいつのこの質問はちと厄介だぞ。返答を誤ると、結果がズレちまう。
骸骨軍団を消してくれ? またマジックアイテムで呼ばれても意味は無いし。
首謀者を此処に連れてきてくれ。あ、駄目だ首謀者をここに連れて来ても、ここの人間じゃ罪人確定できない。
じゃあ、王城へ? 今そこに首脳陣が、揃っているかわからないしな。
「じゃあ、この召喚の核を、消滅してくれ」
「『召喚の核を、消滅』で、いいんですね」
封印は、しても直ぐ開封されちゃ意味はないし。無効化は、どういう結果になるか想像が出来ない。
俺の肯定に、手を軽く打ちつけて答えた。
「終わりました」
あっけないな、本当に。
見れば、骸骨軍団がチリと消えていっている。
消滅とは言ったが、分解したのか、とも他の世界や次元に転移させたのか。まあ、こいつも結果どうなったかは、解らないだろうしな。
ただ願った。ではないだろう。
たぶん、召喚の核を確定して、それを消滅させたという二つの魔術をつかったと思うんだが。
向こうでは、チート野郎を英雄との歓声が上がっている。
「いいのか? 本当の魔術士さんよ」
「知られれば、僕は殺されてしまいます。この世界に」
まあな。ちゃんとした技術なんだろうけど、神の奇跡にも写りかねない。それこそ世界の敵とか言われかねないよな。
思っただけで、事を成しているようにしか見えないし。
「まあ、なんだ。もう直ぐ門が開くだろう。中で飯でも奢るぜ。お礼だ」
「モンドさんからのお礼ですか? 高くつきそうですけど」
「そう言うことを言うの」
「冗談です。では、僕がひいきにしている店があるので、そちらで」
「おっし」
聞けば、珍しく果物を扱った店らしい。ちょっと楽しみだ。
甘党というわけではないけど、こっちじゃ気軽に食べれないからな。って、ひょっとして、お高い店なんじゃ。こいつ、俺のおごりってわかって……
「楽しみですね。あんまり行けないので」
この野郎、やっぱりか。
門が開くのにあわせて、先だって本当の魔術師が歩き出した。
「はあ、言っちまったもんはしょうがない。行くか」
「モンド」
「何? ラインさん」
「私は、ここに居ます」
「え? 一緒に行かないの?」
「一緒に行きます。私は、ずっとここに居ました」
えーと。何を言い出しているのかな、ラインさんは。
「モンド。私は、ここにいました」
ああ、なるほど。ごめんなさい。蚊帳の外にしてたみたいで。寂しがらせました。
「寂しくはありません。ただ、私はずっとここに居ました」
とりあえず、ラインさんの肌に張り付くような心地よいお胸様をハンド。
「機嫌が直るかなーと、思いました」
ラインさんは、俺の手を払うこと無く、逆におれの胸へ両手を当ててきた。
「直りましたか」
「ごめんなさい」
互いに胸を揉み合う。なんかシュールだな。
「ラインさん!?」
「抱きたくなったのではないのですか?」
ラインさんの、ボディペイントのような厚みのないスーツが、スーと消えていく。脳トレアハ体験みたいだね。
「いや、あの、今はいいです。その、後ほど……」
きっぱり断れるほど、ラインさんボディ&情事の仕草は、エロくなくないんだよ。
「モンドさん。置いて行きますよ」
置いていってもらったほうが、奢らなくて済みそうで、ありがたいんだけどな。
仕方なくラインさんの手を引いて行った店で、こんな話が入ってきた。
「おい、あの貴族様。自分から王城へ来たらしいぞ」
「ええ? だってそんな事。死にに来たのか?」
「何でもよ、号泣して詫びたらしい。聖人のように邪気っての? が消えて見えたってよ!」
「そんでもって、物騒なマジックアイテムも献上したとかなんとかだろ?」
俺は自分の言葉を思い出していた。
言ったのは、『召喚の核を、消滅』。確かに貴族の反国心は、召喚の核だよな。
「あの時『事件の核』って言ったらどうなったんだ?」
「何です?」
「いや、もう一つ頼みごとをしたいと思ってね」
「じゃあ、このスペシャルフルーツの盛り合わせと交換で」
「ちょっ……はあ、いいよ。きっとお安いくらいなんだろうな。対価としては」
「で、僕に頼みってなんですか?」
「ちょっと、マジックアイテム『禁断の魔骨』の能力を無効にしてくれないか?」
いや、だってさ。この後、俺はお楽しみで頭が一杯なのに、早々にその時間を壊されかねない要因は排除するべきでしょ。
いつやるの? 今でしょう。
ラインさんのお胸様が、“たゆん”したのは偶然か必然か。それも問題だ。