検証事案:青い炎
俺の名前は、モンド。日本のサラリーマンだった。
異世界転生――俺はそれに巻き揉まれた。
彼女は、ラインさん。
俺が巻き込んでしまった、俺の相棒みたいな人……人じゃないけど。
人工の……いや、神工の存在。手足を機械化した人型の何か。誰もが振り返る至高の造形美を持つモノ。
グラスファイバーを思わせる光沢ある長い髪に。悪魔のような鋭く長い大きなきな機械の手。つま先立ちを強制するゴツゴツしたブーツと呼べないそれは、なぜか地面から少し浮いている。
機械的で無い部位は、ボディペイントじゃないのか思わせるほど、体のラインを惜しみなくエロい……本能が溢れた。知らしめている。
何一つ、特別な能力を持てなかった俺だが、ラインさんの能力ちからを借りて、何とか毎日を生き抜いている。
そんな俺たちは今――
決闘を、見届け終わっていた。
先に言おう、「勢いでやった。今は後悔をしている」と。
俺の目前には、
焦げた大地。
泣き崩れる男の娘。
両膝をついて、空に向かって乾いた笑い声を上げ続ける女の子。じゃっかん失禁気味……
「これは……何とかしなければ」
「どうやって?」
ラインさん、その突っ込みは適切すぎます。
たしかに俺が悪いんだけどよ。
いや、あいつの無責任な教授がトリガーで、心を旅立たせた笑い女がエントリーして、俺はチョロっとエンタメを施しただけだよ、うん。
なんだ、この惨事の責任は三分の一じゃないか。
いや、責任分配を経緯から分析すれば、十分の一もないかもしない。
うん、そうだ。そうに違いない。HAHAHAHA。
「どうやって?」
ラインさん。背中を向けたまま繰り返さないで下さい。
そもそもは学校の終わり……いや、あの授業がフラグだったのか?
「青、青い炎。青い、青い、青い、青い」
待て、待て、待て、待て。
プレッシャーを掛けないでいただきたい。今、貴方をこちらへ帰還させる準備をしますから!
と、とりあえず、冷静に事の経緯を思いだしてみるんだ俺。
アレだろ。
帰り際に奇跡の男の娘と一緒になって、安くて上手い食事処があるって言うから、じゃあとなって、そしたらなんちゃって貴族のヒキガエルが、絡んできた。
「おいドボン。どこへ行くんだよ?」
「おいヒキ。何でお前が、その質問をするんだよ」
「ああっ? 締めんぞごら!」
「ああっ? 釣りの餌にすんぞ、ゴラ!」
「手前、真似すんじゃねえぞ!」
「手前に真似できない事すんぞ!」
「な、なに? 急に。どうしたのモンド君。後ろから抱きついてきて、こ、困るよ。僕、男だよ」
「何してやがる! お、男同士で! 今すぐ、そいつを放せ!」
ふん、まだ騒ぐか。ほれ、ぎゅっ。
「ど、どうしよ。こんなに求められたの初めてだし、こ、これはもう……」
あ、やばい、やりすぎた。ここはっ!
「それっ」
「わっ」
「なんだよ。あぶねえだろう」
ヒキ……喜びが惜しみなく溢れてるぞ。
背から首に腕を回して抱きしめていた男の娘を、自分の保身のために、ヒキに突き飛ばしてみた。
案の定、ヒキは見事に放り投げた卵を受取るように、壊れ物よろしく抱きしめた。
俺に文句を言ってきたが、まあなんともだらしなく緩んだ顔だな? おい。
さてと、ラインさん。
「ここに立っていればいいのですか。モンド?」
これから違う世界に目覚めそうな危険な状況の俺へ、治療をを行いますのでご協力下さいと、お願いした。
具体的には、後ろから抱きしめさせてもらう。
「何、急にイチャついてんだよ」
「僕の事は、遊びだったの?」
しまった。ラインさんに屈んでもらうんだった。まあ、腕を組むように抱きしめると、こう、幸福の柔らかさが。なんとも言えない。
うん、もちろん。君の事は遊びだよ。遊びじゃなかったら、まずいでしょ。
「ちょっと、いいかしら?」
誰だ俺の幸福タイムを奪うのは。
「今日こそ、決着をつけさせて頂きますわ!」
ビシッと指を突きつけているのは、金髪縦ロールX十本の、いかにもな感じのご令嬢様だった、マル。
って、チート野郎のドラマクィーンじゃん。
指差した先はヒキだが、どんな接点が? あ、ひょっとしてヒキ、お前?
「な、俺は何もしてねえぞ。マジだぞ、な」
そうかよ。なんで男の娘に向って言い訳するかね。素直なやつだな。
うん? よくよく見てみれば、あの指若干下がってないか。
「新しい知識を得た今の私は、パーフェクトですわよ。よろしくて」
おいおい、すげーな。突き差した指を引っくり返して『よろしくて』なんて、リアルで見るとは。ちょっと感動が入ってる自分に、びっくりだよ。
ヒキ。幸せタイムは終了だ。そろそろ男の娘を放してやれよ。
お前の体臭でそろそろ限界みたいだぞ。顔が引きつって、既に顔面神経痛レベルだぞ。
「違うよっ。なんか泥くさいけど、別に嫌とかじゃないから。うん、気にしないで。でも、そろそろ放して」
あ、膝から崩れた。
もちろん、ヒキが。
「で、どういった関係なんだ?」
「あのね、モンド君。実はね」
「ライバルですわ!」
あ、うん、もういいです。ご令嬢は、沈黙が素敵ですよ。きっと。
「私こそが、最強の炎獣使いですわ! 今日こそ、それを証明いたしますわ。いざ、勝負ですわ!」
この雰囲気からすると、昨日今日のイベントではなさそうだな。
「うん。三日に一度くらい勝負を挑まれてる」
「そいつは、面倒だな」
「うん。さすがに大変だから、二回に一回は断ってる」
三日に一度。二回に一回。と言うことは、大体一週間に一度は相手にしてるのか。そうなると、何時からってのが気になるところだけど……
「ほら、入学した後にあったクラス交流の授業」
「マジか!?」
あれって、入学して直ぐのやつだろう。
確か所長先生の話では、『入学試験結果でしかないクラス分けに、優越感や劣等感にのまれてその後の成長を妨げない為』、『クラス分けの意味は、進級してからが本当だよ』とか言っていたあれだろう。
なるほどね、ご令嬢は成績別クラス分け最上位のSクラス。
かく言う俺達は、Cクラス。大多数を占める“一般的な才能があるね”なクラスだ。
その授業で勝っちまったわけだ。どっちが勝ったかは、言わずもがなだろう。
で、それから事有るごとに、勝負を挑まれていると。
てことは、累算十回以上?
いや、待てよ。この口ぶりだと、最初の頃は律儀に付き合っていたみたいだからな。実際には二十回近いのかもな。
そんなにやって一度も勝てないとか……どういう事だ?
さすがにその戦績だと、二人のクラス分けが間違っていたとか。もしくは、入学試験で体調を崩していて評価が極端に低くなったとか。そんなのかしか思いつかないのだが。
でも、こいつと授業を一緒に受けてるけど、そんな片鱗は無かったと思う。
もしや、普段は力を隠していて、戦いとなると強大な力を振るう修羅となるとか。何気にかっこいいな、おい。
「相性の問題もあるんだけど。彼女の炎獣は、フェニックスなんだ」
「まじかよ!?」
あ、ヒキが復活した。
「ちょっと黙ってて、ヒキ君」
「お前まで、『ヒキ』呼ばわり……」
轟沈再び。南無ー。
「あれ? お前の炎獣って、炎兎だったよな」
真っ赤な兎にしか見えなかったけど、フェニックスよりも強力だったのか。見た目では判断できないな。
「ううん、全然。向こうの方が凄いよ。比べられないくらい」
じゃあ、術者か。お前には秘められた力が!
「召喚は、物凄く魔力を使うんだ。彼女の魔力量は決して少なくないんだけど、フェニックスを維持するのは大変なんだと思う」
なんとなく、見えてきたぞ。
「僕の炎兎は、逃げ回るのが得意で、同じ炎獣だから強力な攻撃にも有る程度耐えられるんだ」
「逃げ切りわっしょいか」
「『わっしょい』がわからないけど。毎回、召喚維持限界まで逃げ切ってるんだ」
「今日こそ、コソコソ逃げ回る卑怯な貴方と決着をつけて差し上げますわ」
つまりだ。
ご令嬢は負けて悔しいじゃなくて、チョロっと勝てると思った相手に勝てなくてご不満なわけか。
強者に許された傲慢だな。
面白くはないが、これがリアル。
って、何時の間にゴング鳴ったんだよ?
はい、決闘中。
「戦いなさい! 卑怯ですわよ!」
「無理言わないでよ」
さっきの話通りの展開だな。
フェニックスの攻撃は、嘴か鉤爪での直接攻撃は強力だ。炎兎より十倍以上巨大な体躯だが、決して動きが遅いわけではない。
逆に炎兎が素早いのかというと、そうでもない。
動きは、ほぼ互角。単純に、小さい的は当てづらいという事のようだ。
「フェニックス! 火の羽を放ちなさい!」
ご令嬢の指示に一鳴きして答えると、フェニックスが地面に降り立った。
翼を大きく広げて羽ばたくと、無数の燃え盛る羽が勢い良く打ち出される。
「炎兎! 空を蹴って逃げて!」
おお!
あの炎兎。どういう理屈なのか知らないが飛び跳ねた後、空中を蹴って方向をかえてるよ。
しかし、空中跳びを駆使しても、さすがあの量の火羽は避けられないようだな。
何本かは当たってる。いや“紙一重”“カスっている”だな。でも、ダメージが入っているようには見えないな。これが同じ属性って事か。
「もう、やめようよ」
「何ですの、その上から視線は?!」
いや全然『上から』とかないだろう? どちらかと言えば、お前さんの方が『上から』だと思うぞ。
「でも、その余裕も今日までですわ!」
なんだろうな。突然小物臭のするセリフを吐き出しやがった。
「知っています? 炎は赤より青い方が高温なんですのよ。燃え上がりなさい、フェニックス! トゥルーフレイム、オーバーライド!」
フェニックスは、苦痛を訴えるような不快な鳴声を一つ。足元から猛烈な炎が噴きあがると、
「燃え尽きた?」
誰の言葉かわからないが、その通りに全てが灰となって崩れ落ちた。って、これってあれか?
「フェニックスは、灰から再び燃え上がる。ですわ」
やっぱりソレを言うのかよ。
灰の中に青い火がチラチラ見え始めたと思ったら、突然燃え上がり、そのまま鳥の形へと姿を変えていく。
青い炎で染め上げた火の鳥が一羽。
「コレこそが私の真の力ですわ。お覚悟は、よろしくて」
ご令嬢はこの言葉を皮切りに、胸糞悪い“嬲り”をはじめやがった。
「もう、もう止めてよ! 僕の負けでいいから!」
男の娘の叫びに、ご令嬢はまったく聞く耳を持たない。
ていうか、あれ完全に酔ってるな。
さすがドラマクィーン。力に酔ってるのか、悪役に酔っているのか。
フェニックスの攻撃は、特別変わっていない。変わったのは姿が青くなっただけだ。今までの戦闘を再現するように、紙一重で炎兎は直撃を避けている。
が、今までと違うのは、カスった攻撃もダメージを与えているって事だ。
どうも、あの青モード。俺の知識じゃ、ただ酸素の供給量が上がった結果でしかないはずなのだが、魔力的には、周囲の火素を極端に消費するみたいだ。
あのダメージも攻撃を食らったと言うよりも、火素を奪われて弱体しているというところか。
とは言え……
「手前! もう負けを認めてんだから、いい加減にしろよ! このブス!」
「おほほほほ。弱者の遠吠えとは何て甘美なのでしょう……蛙の鳴声でも遠吠えって言うのかしら?」
「手前! ブスブス、ドブス! 胸の詰め物がズレてきてんぞ!」
「え、あ、な、何を言いますの。コレは本物ですわよ! このドロ蛙!」
ドロ蛙か。コレって出世なのか、降格なのか? 後で調べてみるか。
それはそれとして、ヒキとの口論に時間を割いてる今がチャンスだろうな。
そこのベソかき男子、括弧疑問よ。ちょっと耳を貸せ。
「ぐす、何、モンド君。え、そんなの聞いた事も。うんわかった。あのね炎兎――え、出来るの?」
希望に満ちた瞳を向ける子羊に、俺は全力の笑顔で心のままに応援してやった。
「やっちまえ」
もちろん、親指で首を掻っ切るジャスチャーもセットだ。
「何がそんなに憎いのですか、モンド?」
あれ? ラインさん俺、笑顔ですよ。これ、笑顔ですよ。あれー?
「いくよ、炎兎! 輝炎召喚!」
「ふん、今更なんですの?」
よしよし、炎兎が近づいても酔いどれご令嬢は、思った通り火鳥を下げたり迎え撃ったりしないな。
「そのローソクの火でどうしようと言うのですの? 追い詰めすぎてしまいましたかしら? 強者であるのも考え物ですわね。おほほほほほほほ」
へえ、流石はフェニックス。同じ炎獣だけあってアレが何かわかっかってるみたいだな。
ご令嬢、フェニックス、炎兎、男の子。鳥と兎の間に召喚された手の平程度の火がゆっくりと進むと、同じ様にフェニックスも少しづつ下がっていく。
「炎兎!」
「おほほ、とうとう目障りな兎が消えましたわね。これが本来の結果なのですのよ。さて、今までの苦渋……晴らさせていただきますわよ。ねえ?」
ドラマクィーンは良い空気を吸ってんなー。
兎が消えた。多分アレを召喚したせいで、自分を維持できなくなったとかだと思う。アレと引き換えに消滅、とかは無いはず。無いよな?
「フェニックス。そんな小さな火なんて踏み潰してしまいなさい」
あーあ、可哀想に。フェニックスは動けないみたいだ。ご令嬢の支配力が中途半端なせいで、命令無視も出来ないが、抵抗出来ないわけでもないとい結果なんだろうな。
蛇に睨まれた蛙とは、正にコレだろう。な、ヒキ。
「ブース、ブース、ブース」
お前、まだ言ってたのかよ。
「なあ、空の太陽は青いか?」
俺は、空を指差してドラマクィーンに投げかけてやった。
「ほ~ほほほほほ……はあ? 何です突然、気分の良いところで。貴方馬鹿ですの? 太陽が青いわけないじゃありませんか」
格好をつけた俺が、凄く格好悪い。くそー、何でこんな自己嫌悪を味わされることに?
空を指していた指を一度ご令嬢に向けてから、フェニックスを指差してやった。
「だからなんですの? ……フェニックス……?」
青い鳥は、真っ赤に燃え上がりました。それはもう真っ赤に。
「何で……嘘。だって、青い炎のほうが高温だって……あの人が……」
あれって“女の子座り”っていうんだっけ? ペタンと腰を落として地面に座り込むご令嬢は、ちょっと放心気味だ。
あの火は、太陽フレアに相当する。
俺の説明が拙い。術者の理解が出来ていない。炎兎の能力では行使に足らなかった。それらの理由で、真紅に染まる火の召喚は、劣化した黄色火の召喚になったんだろうな。
それでも、効果は抜群だ。
「ねえ、モンド君。コレってどうやって消せばいいの?」
あん? あれ? まだ消えてないな……燃やすものが無くなれば消えるはずなんだけどな? って、まずくないかコレ!
「に、逃げてー!」
「へ?」
ジリジリとご令嬢に迫る火に、危機感を覚えた男の娘の叫びが響いた。
「え、何、や、止めてくださいまし。私の負けですわ。だから――」
「止められないんだよ! 逃げてー!」
「嫌、腰が抜けて、動いて……嫌、嫌、嫌ー!」
やっちまった! やっぱ調子に乗ると駄目だ俺。とりあえず走るか。
「ヒキ! 水!」
「お、おお」
! 嘘! 拙い説明、理解不足、その上での行使……こうなってたのか!
ヒキが打ち出した水球は火に触れると、燃え上がった。
まずい、アレ、火じゃねえ。劣化したアレだ。どうしてだ? 今日の鎮火実験でラインさんの火を見たからか。
アレ――熱さは無く、燃えるという事象が具現化したモノ。
まずい、まずい、まずい。
火じゃないから燃え移りは起きないが、アレに燃やされたら存在も燃やされちまう。癒しの魔術でも回復できないぞ。
喉から血の味がする。頼むもっと動いてくれ! もう少しなんだ。
「もう、嫌ー!」
ご令嬢の地面に広がるスカートに、アレが着てやがる。
「届けー!」
――俺の手は届かなかった……
「青、青い炎。青い、青い、青い、青い」
女の子座り万歳。
アレは膝の間を進みよいよという処で、消えてくれた。
「た、助かった……」
とは言え、この状況。
俺の目前には、
焦げた大地。
泣き崩れる男の娘。
両膝をついて、空に向かって乾いた笑い声を上げ続ける女の子。じゃっかん失禁気味……
「これは……何とかしなければ」
「どうやって?」
本当にどうしよ……
教訓、調子に乗るな。はい、後悔してます。はい。