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なろうレビュー祭り2014  作者: レビュー祭り運営委員会
間章3
21/41

ジョシュア『なろう作品とライトノベル』

 小説家になろうから多くの作品が書籍化された。

 書籍化した作品には二つある。それはサイト内で人気を誇っており、それが出版社に目をつけられるパターンが一つ。もう一つは、サイト内の公式コンテストで受賞したものだ。これらは共に出版社の編集者という「信頼できる」者の目を通り、書籍という「信頼できる」コンテンツへと変わる。結局のところ、PVやポイントは指標になっても「信頼でき」ないものである。もちろんPV、ポイントが高い作品は面白くないと言っているわけではなく、面白さというものは個人に依存するのだから、PVやポイントを当てにしにくいということである。しかし、一度書籍化すれば「読んでみようかな」と思う人も少なくないのではないだろうか。いままでネットで作品を読んでいなかった者もその手に、書籍化された作品を持つことがあるだろう。

 一方で、この書籍化に批判的な人間もいるのは確かだ。確かにわからなくもないし、私自身がかつて述べたことである。それは「小説家になろう」の作品は、結局のところ同じものばかりではないか、ということだ。トリップ、転生、VRMMO、乙女ゲーム、貴族、統治、奴隷、勇者、魔王……ありとあらゆる言葉が飛び交うが、どれも既視感は拭えないだろう。かつては冒頭で転生する直前に神様(あるいはそれに準ずる者)によって様々な説明を受けるなど、まったく同じシーンを持つ作品は多くあったし、今も転生直後に魔法や世界観について細かく説明したり、細かくステータスが表示される作品が多々ある。偉大な先駆者は多くいたものの、その模倣者は上手くなかったというのが私の考えだ。

 長い事、ランキングを見てきたが、その上位を占めてきたものを平均して見ると、なかなか面白いように思う。細かいデータでなくて申し訳ないのだが、簡単に並べると異世界トリップ→アンチ勇者召喚→魔王召喚→貴族へ転生するモノ→VRMMOデスゲーム→VRMMOトリップ→VRMMO生産職→乙女ゲーム転生であるだろうか。確認できなかった時期もあるので前後していたり、あるいは時期が被ったりしていることがあることもご容赦していただきたい。

 途中でVRMMOというジャンルが出てきたが、それを含めても思うのは、流行というものは以前流行したもの+αでしかないのだ。もちろんこの流行に流されない作品や、その前の流行のものでランキングトップを取ったものもいくつもあるし、未だに根強い需要のあるジャンルもある、この法則はあるように思える。

 しかし、それはあくまで設定である。もっと違う場所に「小説家になろう」の作品に用いられている手法があるのではないかと私は考える。

 ここまで読んできたみなさんにはわかると思うが、私は一般のライトノベルと「小説家になろう」の作品を区別している。ライトノベルとして扱われている書籍化作品も、多くの人は「なろう作品」と呼称しているのではないだろうか。では一般レーベルの作品となろう作品の違いはどこか、という疑問も、この流行とやらの中にあると思う。

 そもそもライトノベルというものは、ストーリーを楽しむためにあると言われるが、それ以上に主人公に感情移入、それを越えて身を重ねることにあるのではないかと思う。それはここ最近に人気を博した作品の多くの主人公たちは「弱者」であるからだ。

 例えば『とある魔術の禁書目録』の上条当麻。右手にある「幻想殺し(イマジンブレイカー)」によってどんな異能も打ち消すことができるが、一方であらゆる努力が無意味になるという「弱者」であった。作中ではそれなりの知識力を見せつけるが、それでも通用しないのが舞台である「学園都市」であり、能力者のレベル分けという制度である。

 『ソード・アート・オンライン』においても、主人公キリトは「弱者」であった。我々読者の目からすれば彼はゲーム内で無敵とも言える強さを発揮しているが、本人がたびたび言っているように「所詮はテクニックで強さではない」のである。己を一学生でしかなく、ただのゲーマーで、ゲーム内でも「鍍金メッキの勇者」でしかないことを自覚している。

 『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』の比企谷八幡はその最たるものだろう。クラスで不動のぼっちの位置におり、世の中を斜めに見ている。自らを「強い」と言いながらも、日だまりに憧れを持っている姿を見る事ができるだろう。彼の「本物が欲しい」という願いは「弱者」故のものだ。

 そしてなろう作品はどうかと言うと、なるほど確かに、主人公の多くは弱者だろう。いじめられっ子であったり、ニートであったり、あるいは親を亡くしていたりしている。しかし、一般のライトノベルとなろう作品の決定的な違いはここから生まれる。

 先に挙げた一般のライトノベルの多くの主人公たちは、その立場は変わらない。周りから認められるにしても、それは社会的なものではないし、あくまで人間関係上のものだ。

 一方で、なろう作品はどうだろうか。多くの者は、主人公の立場が変わっていることに気づくのではないだろうか。死んでしまったり、召喚されたりして、主人公の状況は一変する。それは勇者しかり、魔王しかり、貴族しかりである。またはゲームのトッププレイヤーであったりだ。彼らの多くは蔑まれる立場から、羨望される立場へと変わっていると考えられる。それは作品内の個人のレベルではなく、社会的なレベルでだ。

 これは小説家になろうの作者や読者に変身願望のような現実逃避のきらい(悪い意味ではない。悪質なものももちろん存在するが、現実逃避は小説において大きな要素を果たしている)があり、それを満たすための要素として、立場・状況の変化というものを使っているように私には感じられる。そして、その願望を満たす読者のアバターである存在が主人公であるように思うのだ。だから主人公は、現代知識を未熟な文明で遺憾なく発揮するし、ハーレムを築き上げるし、負けることはほとんどない。私はここに、小説家になろうの作品の背景を見ることができた。

 一般のライトノベルと、なろう作品の違い。それは主人公の方向性に見つけることができた。それ以外にも差異はあるし、例外も多くあるが、大まかに分けることができたように思う。小説家になろうの作品は、いままでのライトノベルと比べても異様だ。その異様さを、また機会があれば別の角度から探していきたい。


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