えくぼ/森野青果『勅使河原美架の傷心』
しがないフリーライターである「私」はとある特殊な経歴を持つ家政婦を雇っている。家政婦の名前は勅使河原美架。風変わりな彼女は幾つもの事件に出逢い、そして解決してきたというのだ。
マンションの一室で、家政婦としての仕事の合間を縫うようにして彼女の口から当時の事件が語られる。鮮やかに、それでいて柔らかな物腰で語られる事件に今日も耳を傾ける。
そんなあらすじで始まるこの物語のジャンルは当然のように推理となっております。
あまり詳しく紹介すると推理物ということでネタバレになってもよろしくないでしょう。とりあえずは冒頭のご紹介をさせていただきました。
普段このサイトでさほど推理物には手を出さない私ですが、新着でふと気まぐれを起こしたのが功を奏しました。
こう言うのもなんですが、当初はさほど期待していなかったんですね。だって推理物を好んで読むわけでもなければ、その当時からこれを書いている現在に至るまで、この作品はまだ人気が出ておりません。
しかしこれを読んだ時ほど、ランキングや評価が当てにならないと思ったことはございません。このような良作が埋れたままであったとは。なんとももったいない話です。ランキングの上位はファンタジーが……というならばファンタジージャンル以外でランキングを見ればいいのではというのは浅はかだったのかもしれません。やはり新着など様々なところから掘り出してみるものです。
まずは文章。この作品は作者様の豊富な語彙による堅実な文章が魅力です。
大事なのは中身だ! などと言う方もいらっしゃるかもしれませんが読みやすいことは大事です。読みにくい文章だと中身が良くても最後まで読めなかったりします。まるで普通の書籍のようなしっかりとした文章はジャンル問わず高いレベルにあるのではないでしょうか。
ただ、一つ言うならば縦書き読みなのでなろうの主流である改行を多くする、といったことがないので、それで一話目でやめてしまった方もいるのでは? いえいえ。この作品は改行などなくても十分読みやすいですよ。
冒頭からの繊細かつ濃密な情景描写に家政婦さんの風変わりさが滲みでていて、作品世界のその光景を鮮やかに貴方の眼前に幻視させてくれるでしょう。
そしてストーリー。その展開にさりげなくちりばめられた料理、歴史、音楽などの多岐にわたるジャンルの描写は作者様の知識量を伺わせます。それでいて解説が全然嫌味にならないのが凄いですね。気がつけば勅使河原さんの作る料理に目を奪われていたりと推理以外の魅力もたっぷりの作品です。
もちろん本格ミステリーの名に違わぬ無理のないトリックに解決までの事件運びも良いです。「ミステリーって人がバタバタ死ぬから……」などと食わず嫌いで手を出すのを恐れている方はもったいない。そこに込められた人間のドラマは淡々とした勅使河原さんの態度と、それを語られる「私」の目線によって客観化されていきます。勅使河原さんは決して熱い探偵ではありません。あくまで家政婦としてその職務をこなしつつ、その間に解決してしまうのです。その華麗でありながら必要以上に干渉しようとしないドライな態度もまた渋い。
最近は中身がスカスカで……などと辟易してきた方は是非こちらを読んでみてはどうでしょうか。
読み応えのある重厚な作りの本格ミステリーがここにあります。
『勅使河原美架の傷心』
作者:森野青果
URL:http://ncode.syosetu.com/n9370bq/




