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ただ今逃亡中  作者: 七
6/12

アオ

虐待などの描写があります。ご注意下さい。

サラがアオと出逢ったのは四歳の時。


パンの具材を採りにサラ母と森に来ていたサラが木の茂みで何かを発見した。


「ママー何か黒いの落ちてるー」

「んー何々~って、きゃー大変!」


黒い何かとは、髪や顔が薄汚れ、ボロボロの衣服を纏い、身体から血を流す少年ーーアオだった。





気絶していた少年をサラ母が抱っこして連れて帰り医者に診せたところ、傷自体は大した事はないが 出血が多かったのと心身疲労が限界を過ぎた故の状態らしい。取り敢えずは安静にして栄養のあるも のを食べさせるようにと言ってお爺ちゃん医師は帰っていった。


サラ母の看病のもと、少年は発見してから2日目に目を覚ました。

サラが暇さえあれば少年の側にいた為少年がまず目にしたのは自分を覗き込んでいたサラだ。


「あ、起きた。おはよーお兄ちゃん」

「……」

「今ママをよんでくるからまっててね」


パタパタと部屋を出ていくサラはしばらくすると母を伴って戻ってきた。


「あらあらよかったわ、目が覚めたのね」

「……」

「私はカロリーヌで、この子は娘のサラ。森で倒れていたあなたをこの子が見つけたの」

「お兄ちゃん血だらけだったのよー」

「医師には診てもらったんだけど、今痛いところはある?」


少年は無言でフルフルと首を振る。


「お父さんかお母さんはどうしたの?」


少年はまた首を振る。


「そう……ん~じゃあ怪我のこととか何か覚えてる?」


この後サラ母は何回か質問したが全て無言で首を振られてしまった。唯一表情が変わったのは熱は下 がったかとサラ母がオデコに手を当てた時のみ目をまん丸に見開いて驚いていた位だ。


「もう少しあるわね。まだ休んでなさい」


サラ母はオデコに当てた手を頬に移し、反対側の頬にお休みのキスを落とした。するとサラが「私もー」と言ったので、ハイハイとサラ母に抱っこされて少年の頬にチュとキスをした。満足したサラは母の小脇に抱えられながら笑顔全開だ。2人が出て行くと、部屋には目を見開いて固まる少年だけが残った。


……今の何だろう。


少年は初めてのホッペにチュウに戸惑いながらも部屋を見渡す。清潔で暖かみのある部屋だ。傷も丁寧に手当されており、服もお日様の香りがする。今まで少年の身近に無かったモノばかりだった。





少年は隣国で産まれた。


父親は貴族だったが母親は娼婦。父の愛人をして少年を身ごもったのだ。父親には堕ろせと言われたが母親は貴族の子を産めば暮らしが楽になると思い少年を産んだ。しかし父親の屋敷へ行ったが証拠が無いと追い返されてしまった。そうなると娼婦である母にとって子供は邪魔でしかなく、かといって殺すほどに関心もなく育児を放棄した。同じく身ごもっていた娼婦仲間が見かねて乳をくれなかったら少年は死んでいただろう。


乳離れした少年に母親はやはり無関心のままだったが、苛々した時は違った。


「お前のせいで」

「生まなければよかった」

「死ね」


母親の長い爪が皮膚を抉る。髪を力一杯引っ張られてブチブチと何本も抜けた。身体中の青痣は消える事はなく、たまに与えられる食事のみで少年は5歳まで生きてきた。


次の年、少年は母親に売られた。


見目がよかった少年を人買いが欲しがり、母親は喜んで売ったようだ。少年はすぐに売れた。相手は裏の世 界で生きる男。逆らえないように首に奴属の首輪を付けられる。


「瞳が気に入りました。使い物にならなかったら処分しますからね」


そう言うと男は少年に様々な事を教えた。礼儀作法や学問を始め、変装、偵察、密偵、暗殺。毒耐性を付けるために何度も無理矢理毒を飲ませ、その度に血反吐を吐いてのたうち回る少年を男は無表情で観察していた。きっと死んでも何も思わないのだろう。抱かれもした。籠絡や暗殺の手段として閨の技術を男にどちらも仕込まれた。


教えられればすぐに理解し、かつ一切逆らわない少年に男はよい買い物をしたと喜んだ。


そして7歳の時に男に命令されて初めて人を殺した。


特に思うことはなく、足下に広がる真っ赤な血をしばらく見ていた位か。男の元に帰ったら殴られた。返り血は浴びては駄目らしいので、仕方がなく次からは浴びないようにした。真っ赤な血が噴き出すのが綺麗だったから次は敢えて派手に血が出るようにしようかなとか思っていたから少し残念だ。




「今日殺すのははこの家の当主です」


いつものように少年は男の命令に素直に頷いた。夜、ターゲットの部屋に忍び込む。貴族の家のようだが少年には関係がなかった。眠る貴族の枕元に立ち暗器を振りかざしたその時、窓から月明かりが 貴族の顔を照らした。少年の手がピタリと止まる。貴族が人の気配に目を覚ましたが少年は動かなかった。


「っ誰だ!……え?マーガレット?」


自分とソックリな貴族が呟いた名前は少年の母親の名だった。少年の瞳は母譲りである。


ーーこの男が自分の父親か。


母が相手は貴族だと言っていたので、少年はすんなりとその事実を理解した。


そして止めていた手を躊躇いなく振り下ろした。


「……」


少年は物言わなくなった父親だったモノを見下ろす。別に好きも嫌いも何の感情もない。男が母を殺した時だって何とも思わずに見ていたではないか。


ーーポタリ


赤に一滴の透明が混じる。ポタリ、ポタリ。何粒も透明が落ちるが赤は薄まることなく赤いままだ。


「……父さん」


月明かりが照らす部屋に返事はなかった。


何故涙が出たのか少年はわからなかったが、取り敢えず男は殺そうと思った。何故だがそう思った。


優秀すぎる少年はいつの間にか男よりも強くなっていた事に気付いていた。他人に殺生権を握られたままは嫌だったのでバレないように細工をしつつ首輪は解除したが、逃げ出す気はなかった。何故なら少年にとって世界はそんなに関心があるものではなかったからだ。世界は白黒で音もなく、ただ自身がソコに存在しているだけだった。そして今まで優しさや喜びといったモノとは無縁の人生を送ってきた為それに疑問や不満を覚えなかったのだが……果たしてよかったのか悪かったのか。


他に行きたい所もなくやりたい事もなかい。本能で死にたいとは思わなかったからただ男のいう事を聞いていたがーーそれももう終わりだ。





全盛期は過ぎたとはいえ男は裏家業の上位者だった為、最後の足掻きも相まって何ヶ所か手傷を負う。疲れた。これから色々生き方を考えなければならないが血を流しすぎた。眠い。


ーー次に目を覚ました少年を待っていたのは少年が見たこともない暖かな世界だった。





2度目に少年が目を覚ました時もまず目にしたのは視界一杯のサラの顔だ。ああ、まだあの暖かな知らない世界が続いていたようだ。


「あ、お兄ちゃんおはよー」

「……」


無言の少年に構わずサラは話しかける。


「いたくない?いたかったらママよんでくるから言ってね。ノドかわいてたらお水あるよー」

「……あっち行ってろ」

「いやー」


自分的に子供なら怖がるだろうなという顔と声で言ったつもりだったのに、まさかの笑顔で拒否を返されて少年はしばし固まる。いまだかつて子供と接した事がないため対応に困る。


「お兄ちゃんお名前は?」

「……無い」

「え?」

「名前なんか無い。僕には、何も無い」


何も写さぬ瞳で少年は天井を見つめながら呟いた。そう、少年には名前すらない。まるで存在すらしていないようだ。そう言えばよく「化け物」とは言われていた。ならば自分は化け物なのかもしれない。いつか本で見た勇者に倒される醜い化け物ーー


「じゃあお兄ちゃんはアオね!」


深い思考の底に沈みかけか少年の意識を再び浮かび上がらせたのは本日2度目のサラのどアップだった。


「……アオ?」

「うん、お名前無いとよべないもん。お兄ちゃんの瞳お空みたいでキレイよ」

「綺麗……」


そんな事言われたことがないぞ。呆然とする少年の瞳をサラはしばらくは笑顔で見つめていたが、突然「あっ!」と声を上げた。


「ママに長くいたらお兄ちゃんが疲れちゃうからダメよって言われてたんだった!」


ゴメンねお兄ちゃん、と眉を下げて謝ってくるサラ。そして頬への温もり。昨日もされたが一体今のは何なんだろうか。


「よい夢が見れるようにおまじないだよ。お兄ちゃんお休みー」


パタンと閉まる扉。部屋は再び静けさを取り戻したが少年はが当分眠れそうになかった。だって知らない。瞳を誉められる事も、謝られる事も、よい夢を見られるように願われる事もーー触れられる事 も。


少年は視線を扉から窓へ向ける。良い天気だ。自分の瞳はあの空みたいに綺麗なのだろうか。





ーー重い。


少年はズシリと身体を圧迫する重さで目を覚ました。


「……」


旋毛。取り敢えず視界には金髪の旋毛だ。これは何だと理解するより先に扉が開いた。


「あら、目が覚めーー」


入ってきたのはサラ母。しかしどうしたのか言葉途中で一瞬固まったかと思ったらいきなり口を押さえながら壁をバンバン叩き始めた。「ヤバい、可愛い!」とか何かブツブツ呟いている。何だコレ怖いぞ。しばらくしてようやく落ち着いたのかコホンと咳払いをしてサラ母は笑顔で少年のベットに近付いた。


「おはようアオ君、よく眠れた?て言うかウチの娘がごめんなさいねー」


どうやらサラが少年の上に乗っかって寝ていたようだ。どうりで重いはず……………今物凄く自然にアオって言われた。そんな思いが顔に出ていたのかサラ母はニッコリ笑って「サラの言うとおり貴方の瞳とても綺麗ね」と言われる。また誉められた。「でも嫌だったらサラに嫌って言うのよ」と言うサラ母にコクリと頷く。嫌では、ない。


「サラったらどこにいるかと思ったら一緒に寝ちゃったのねーってあら?」


サラ母がサラを持ち上げたのだが、サラが両手に少年の服を握りしめていて途中で止まる。よほどシッカリと握りしめているようで、サラ母がサラを持ち上げるほど少年の服もミョーンと伸びる。


「……別に構わない」

「そう?悪いわねー」


サラ母はサラを少年の横に寝かせると「アオ君、ついでにパンの配達に出てくるからサラ見ててもらっていい?」と言ってきた。そして返事を待つ事なく「お願いねー」と少年の頬にキスをしてから笑顔で去っていったサラ母をまたもや呆然と見送る。いつの間にこの母娘の間で自分の呼び名がアオに決まったのか。身元不明な自分に娘を任せて家を空けてもいいのか。尽きそうになかった疑問は、サラがスリっと自分に身を寄せてくることでアッサリと霧散した。サラと密着している部分が暖かい。


知らない。誰かと寝る事がこんなにも暖かいなんて、知らない。


少年はサラの柔らかそうな頬を撫でてみた。サラがホニャリと笑う。……可愛い。ここは少年にとって何もかもが初体験で何もかもが暖かい場所だった。


欲しいな、コレ。


それは少年の初めての執着。この暖かな場所とサラ母とサラが作る空間を少年はとても欲しくなった。このまま親がわからないなら兄夫婦の養子にどうかとサラ母に言われていたところだ。別に今更親などいなくても生きていけるが一応まだ9歳の自分には保護者がいた方が自然だろう。それにサラとの繋がりが増えるのはいい事だ。


男が婚姻というものをすれば男女はずっと一緒にいられると言っていた。将来母の後を継いでパン屋になる自分の旦那様はパンの具材を採ってこれる森の狩人がいいらしい。 自分が採ってきた獲物をサラが笑顔で受け取りパンを焼く未来を想像して、少年はとっても胸が暖かくなるのを自覚した。


本当にこの家は知らないことばかりが起きる。でも、悪くない。少年はサラを抱きしめて目を閉じた。帰ってきたサラ母が再び壁を叩きながら悶えたことは言うまでもない。




ーーこれはこれから母娘が公爵家に引っ越すまでの約1年間、少年の人生で一番にして唯一幸せだった頃の話である。




公爵家の優秀な精鋭に囲まれ、サラ親子を人質に取られて無力に泣きながら遠ざかるサラ達を見送ったあの日、少年は絶望を知った。


無理。あの温もりが側に無いなら自分は凍えて死んでしまう。寒いよサラ。


「ねえ、サラに会わせてあげようか?」


あの温もりを再び感じられるなら手段は選ばない。たとえ王子みたいな悪魔と手を結ぼうとも、構わない。






「ーー見つけた」


暗闇の中にいた少年が温もりを知り、そして再び手に入れるのはまだ先の話。



【時系列】

・アオ0歳~8歳 育児放棄→母に売られ暗殺者に買われる→暗殺家業

・アオ9歳 サラと出逢い幸せ絶頂

・アオ10歳 目の前でサラを連れ去られて初挫折(笑)

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