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ただ今逃亡中  作者: 七
5/12

脱走失敗の代償

全くの予想外だ。


故意にしろ他意にしろ、消えた私を探すために公爵家の私兵を使うのはわかっていた。でもまさか兄様自らが出てくるとは思わなかった。


ジャーナルは現在15歳。すでに父親の補佐として仕事についていて、次期公爵家当主の名に恥じぬ見事な采配ぶりらしい。そんな兄様は当然多忙だ。朝家族で食べる朝食と私の就寝時間にお休みの挨拶だけは必ず時間を取っているけどそれ以外は妹の私でもなかなか会えないくらい父様に次いで超多忙。確か面会希望が向こう2ヶ月ギッシリとか兄様の従事が言っていた。


その兄様が、そこにいる。


笑顔でこちらに歩いてくるジャーナルの登場に困惑するも、手はアオに掴まれ周りを公爵家の兵に囲まれてしまった今逃げ出すことは出来ない。


「俺が呼んだんだよ」

「どうして……」


アオに聞き返しても答えてはくれなかった。やっぱりあの笛は兄様達を呼ぶものだったらしい。でもどうして。ますます混乱するサラの正面にジャーナルが到着した。


「心配したよ、サラ」

「兄様……」


不意に手首の温もりが消えたので視線をずらすとジャーナルに膝まずくアオがいた。


「ご苦労だったね、アオ」

「いえ」


え?知り合い?サラは驚いてアオを見るが、アオは俯いたままで表情は伺えなかった。


「我々を呼ぶまで時間がかかった気がするが……まあいいよ。下がれ」

「はい」


2人の会話の意味がわからずサラは兵達の方へ歩いていくアオを困惑した顔で見ていたが、ツイッと顎を掴まれてジャーナルの方へ向けられた。


「長いお買い物だったね」


それはアオとの会話の時とは違う甘い声音だったがサラを安心させるものではなかった。サラはジャーナルの言葉に思わず視線を下げたが、それは許さないとばかりに顎を持ち上げられてしまい2人の視線が交わる。


「母様の好きなお菓子は買えた?」


サラはコクンと頷く。眠らせた侍女の1人が持ってくれていたはずだ。


「そう、よかったね。母様も喜ぶと思うよ」


サラの顎にあてていた手を頬へ移しながら優しく笑うジャーナルにサラはまたコクンと頷く。


「――じゃあ、ソロソロ帰ろうか」


……頷けなかった。


「サラ?」


いつの間に距離を詰められたのか、耳元でジャーナルに名前を呼ばれ俯いていたサラの肩がピクリと跳ねる。


名前を呼ばれただけなのに機嫌が下がったのがわかった。もう頷く他ないということ位わかっている。わかっているが、頷きたくない。だって、頷いてしまったら――


「……ねえサラ、今日のサラ付きの侍女と護衛の処分はどうしようか?」


サラはハッとして顔をあげる。間近にあるジャーナルの顔は変わらぬ笑みでサラを見下ろしていた。


「わ、私が勝手にやったの!私がーー」

「サラ」


なおも言い募ろうとしたサラをジャーナルが一言で断じた。


「君はこの際関係ないんだよ。彼らは任務を与えられて、それを全うできなかった。君に万が一の事があったら八つ裂きにしてもなお足りない位の大罪だ。役立たずは公爵家にいらないと思わないか?それともその身に染みるまでキツい懲罰を与えようか?君の身体についた傷の数だけムチをふるうとか。サラ、どう思う?」


スッと細められたら冷たい瞳に見下ろされてサラは唇をキュッと噛む。しかしすぐにジャーナルによって口を開かされる。噛むなという事か。自分の身体なのにソレすらもジャーナルは許さないらしい。サラが目を閉じると溜まっていた涙がポロリと落ちた。


「……なさい」

「ん?どうしたの?」

「ごめんなさい兄様、ごめんなさい」

「何を謝っているの?」


優しく涙を拭われながらサラは己の失敗を悟った。甘く見過ぎていた。ジャーナル兄様を。公爵家を。彼らは他人の人生を容易く摘める権力と心を持っている。そしてサラはそれに耐えられない。捕まった時点でサラは敗者だ。


「彼らには何もしないで」

「家に帰る?」


コクンと頷くと突如浮遊感。ジャーナルに抱き上げられていた。まだ成長前のサラはすでに成長期終盤のがャーナルに楽々運べる小柄さだが、もう兄に抱っこされる歳ではない。


「歩ける」

「怪我してるからダメ」


とりつく島もなくジャーナルはサラを抱いたまま歩き出した。……これは怪我した事をかなり怒ってるな兄様。


「……あの人達に何もしないでね」

「サラに嫌われるのは嫌だしね。今回はチョットお仕置きするだけにしてあげる」


サラは安堵の息を吐きながら兄の肩に頭を乗せ、コクンと頷いた。ジャーナルに「いい子だね」と頭を撫でられるのを黙って甘受する。


「あ、そうそう。国境付近に隣国の人間と思われる者が数人いたみたいなんだけど追い返しておいたから」

「――っ」


ジャーナルの言葉に一瞬サラの身体が固まるもすぐに力を抜いた。兄もさすがに隣国の人間手は出してないだろうから無事に知人の元へ帰れたはずだ。


「……そう」

「まあサラには関係ない話だったね」


それ以上ジャーナルは何も言わず、サラも何も言わなかった。


これで多分間違いなく友人との連絡のやり取りは出来なくなるだろう。だからサラは彼の地の友人に思いを馳せた。


ルー、ごめん。脱出失敗した!!







そのまま公爵家に戻ったサラを待っていたのは新しいサラの部屋だった。


全て一級品で揃えられサラの好きな薄いクリーム色で纏められた豪華な部屋。物凄くサラ好みの部屋である。サラの部屋を他人に任せるはずがないから恐らく部屋を整えたのは男とジャーナル。流石はネットリ執着系の家系。サラの好みはバッチリ把握済みのようだ。


まあ不満があるとすれば内側からは扉の開閉が出来ないのと窓がはめ殺しな所くらいだろうか。一応空気の入れ替えのために高い場所に開閉可能な窓が付いているが人が通れるほどは開かないのだろう。あとパッと見わからないが部屋の様子を外から監視できるようになっているはずだ。何故ならサラ母の部屋がそうだったからだ。


帰ってからずっとジャーナルに抱きしめられていたサラは、その日珍しく早く帰ってきた男にしばらくは部屋から出さないと軟禁宣言をされた。お仕置きだそうだ。因みにサラの計画は全て男にバレており、眠らせた侍女と護衛の他にも精鋭の護衛達が常にサラに付いていたと教えられた。


隙を見せたらサラは逃げるのか。逃げるならどのような手段で誰を頼るのか。男は決してサラを逃がす気などなく、ワザと逃げ出させて全ての可能性を潰した。しかも学問はさることながら指揮能力なら男も凌ぐとまで言われているジャーナルが精鋭部隊の指揮を執っていた。サラに万が一の成功はなく、幸い友人には手を出せない理由があり直接は手を出していないがシッカリ釘は刺したらしい。名前がバレた以上、秘密の連絡手段もバレたはずだ。試しに侍女の目を盗んで連絡を取ってみたけど見事に無理だった。表立っては何もされないだろうがが当分は頼ることは出来なくなった事を意味している。


結局サラは男とジャーナルの掌でまんまと踊っただけだった。





いつものようにお休みのキスをして扉を出ていく2人。ソレを見送るサラの耳にガチャリと鍵の閉まる音が響く。


ーーこうして、サラは薄いクリーム色の豪奢な籠の鳥となった。サラ、10歳の時だ。


【時系列】

・サラ10歳

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