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ただ今逃亡中  作者: 七
4/12

脱走計画実行!

「ハァ、ハァ、ハァ……」


サラは森の中を駆けていた。すでに正道を外れて道なき道を進んでいる為正確な現在位置は不明。ただ向かいたい方向はわかっているのでそちらに向かって足を動かしている状況だ。


「ち、ちょっと、休憩……ハァ、ハァ……」


公爵令嬢になって4年。サラはお嬢様の体力のなさを痛感していた。思えばあちこち駆けずり回って遊んでいた庶民の時とは違い、貴族のオホホウフフな世界に運動という時間なんて皆無だ。乗馬くらいか?あ、あと公式の場で笑いを堪えて令嬢スマイルする時とか物凄い腹筋の筋トレになるかな。


貴族のやる事って笑える事が多い。「君という可憐な花に捕らわれた私を許してくれないか、私の姫君」とか(多分本人的決め顔で)言われた時とかもう本気でヤバかった。虫か?この男は自分を虫だといっているのか?何だ私の姫君って!口に飲み物含んでたら間違いなく吹いてた自信がある。因みに、王家主催という洒落にならない場で公爵家令嬢を爆笑寸前まで追い込んだ某侯爵家次男坊はその直後に兄に連れて行かれて最後まで戻ってきていない。そう言えばあれ以来見てない。




「ハァ……チョット無計画過ぎたかしら」


いや、これ以上時間を掛けると本当に一歩も屋敷から出れなくなりそうだから駄目だ、と木にもたれたサラは息を整えながら空を仰ぐ。


サラが逃げ出したのは2時間前。男が珍しく外出許可を出したからチャンスとばかりに計画を実行したのだ。数日後の母の命日に添えるために、生前母が好きだったお菓子を買いに行きたいと言ったからかもしれない。男は物凄く渋々だった。だからなのか予想以上に護衛を付けられて心が折れかけたが、逆に自分への男の執着の大きさが伺えて決行を決意した。


と言っても護衛と侍女の目を掻い潜り知り合いの家に駆け込むというシンプルな計画である。逃げ込めさえ出来ればれば後は何とかなるはずなのだ。折角侍女と護衛達を巻けたのだから今捕まるわけにはいかない。


サラは息を整えると再び走り出した。





――2時間前。


「……うーむ、威力抜群」


公園の木々に囲まれた一角でサラは小さく呟いた。周りには眠りこける侍女と護衛達。


「ごめんね、皆」


サラは足元に転がったビンを1つ拾うと甘い香りが鼻をくすぐった。この街名物のサクラの花を漬け込んだサクラ水である。ほんのり甘くて庶民に人気の飲み物だが、実はザラの実と食べ合わせると強力な睡眠薬となる事は余り知られていない。


理由としてはザラの実は高価なため滅多に平民の口には入らない木の実で、サクラ水は主に平民の間で流通している飲み物だから2つが滅多に交わらないためと思われる。


何故サラが知っているかというと、まだ平民の時にアオが滅多に採れないザラの実を山の奥から採取してきてサラにくれたことがあるからだ。


ザラの実が希少価値以外に甘くて大変美味であるという事は幼いサラも知っていた為、ありがとうと受け取ると好奇心一杯に一粒口に含んだ。が、生憎ピンポン玉大のザラの実は幼いサラには些かデカかった。飲み込めず喉に詰まってしまい、焦ったアオから持っていたサクラ水のビンを受け取り一気。


ようやく実を流し込んだサラはプハーと息を吐いて――そのまま暗転。


次に目を覚ました時に一番に見たものは自分に抱きついて泣きながら寝ているアオの顔だったから驚いた。しばらくしてアオも目を覚ましてくれて事の次第を聞いて思わず脱力。


『サラが死んじゃったから僕も死のうと思って』


どうやら突然私が倒れたから――実際にはサクラ水とザラの実で爆睡――驚き、揺さぶっても頬を叩いても起きない私を死んだと思って一緒に死のうとアオもサクラ水とザラの実を口にしたらしい。で、仲良く爆睡したと。


まごうことなき後追い自殺である。


取り敢えずサラはアオに命の大切さを教えてから、この事はお互いの保護者に内緒の話となった。間違いなく大説教されるからである。


ザラの実とサクラ水は一緒に食べるべからず。幼いサラは身をもって学んだ。


そして本日の公爵家の朝食パンはザラの実ゴロゴロもっちりパン(サラ作)。流石は公爵家、料理長にザラの実が欲しいといったら山盛りで用意してくれた。使用人の分もと大量に作ったがこの日のために日頃から皆の分も作っていたから全く怪しまれなかった。そして先ほど喉が渇いたからとサクラ水を買ってもらい、皆にも配った結果がコレである。


皆には申し訳ないが身体に害はないし(公爵家の司書室にて調査済み)、パンに入れた位のザラの実なら短時間で目が覚めるだろうから許して欲しい。父と兄宛に手紙も置いていく。内容は「全て私が勝手にやったから皆を怒らないでね、罰したら嫌いになるからね」的な事をしたためた。私の我が儘であの父達に八つ当たりされたら申し訳ないし。


「ごめんね」


サラはもう1度謝ると踵を返して走り出した。





そして今に至る――in森


「……プハー!」


令嬢あるまじき声と共にサラは小川から顔をあげた。プルプルと水分を飛ばし、ハンカチで顔を拭く。あれから何とか見つからずに街を抜けて森に辿り着いたサラは汗を流すために小川へ寄った。


はぁ~スッピンって楽だわぁ。


貴族ともなると寝る時ですら寝化粧をするのでサラは久し振りの素顔を堪能する。水面に映る顔は地味な凡顔だが、やはり化粧をして綺麗になるよりこちらの方が楽だし好きだ。この楽さを侍女達はなかなかわかってくれないのが残念でならない。


「庶民の方が間違いなく楽よね」


貴族は確かに綺羅びやかで贅沢が出来るかもしれないが、その分の義務と責任がのし掛かってくる。片や平民はその日の分を稼ぎ、記念日にはチョッピリ贅沢をして、家族と喧嘩したり泣いたり笑ったりと何気がねない毎日。どちらの生活も知っているサラはどちらの方が幸せとは言わないが、平民に戻りたいと思っていた。


「……いいかも。母様が亡くなった今連れ子なんて邪魔よね?」


父様や兄様達公爵家の皆はよくしてくれている。でも周りの人間は違った。男がサラ母を公の場に連れてこないため、代わりにサラが男に着いて行った公の場や公爵家の親戚が集まる場でよく悪意に晒された。男とジャーナルがサラ母娘を溺愛しているのは周知の事実。だが敵は狡猾な貴族。毎回決して男にはバレないように僅かな接触で確実に心を抉っていく手腕は見事でありいっそ感心した程だ。


彼らの話を超要約すると、とっとと娘共々公爵家から出ていきやがれとの事だ。


まぁ男は筆頭公爵家の当主であり宰相、次期公爵当主のジャーナルも言わずもがなだ。そんな超優良物件達の近くに平民がいたら目障り以外何者でもないだろうから気持ちはわかる。わかるけど、たとえばその婚姻が王と他の公爵家主導で行われたとか、下手しなくても男の逆鱗に触れそうだとかは彼らは考えないのか心底不思議だ。貴族の欲って凄い。


今までは母のためにも笑顔でスルーしていたが、その母はもういない。ならもういいよねぇ?


父と兄は大好きだがやはり自分は庶民がいい。今の制限されまくった生活もソロソロ我慢の限界だった。元々連れ子で血の繋がりが無いのだから出ていけと言う周りの貴族達のいう事もあながち的外れではないだろう。


友人の所へ無事に逃げれた後は平民に戻って好きに生きたい。どこか住み込で働かせてもらって、お金が貯まったらパン屋を開こうか。母のように小さいけれどお客さんに愛される暖かいパン屋を。


「うん、そうしよ――」

「サラ?」


サラが将来の目標を決めた時、背後でサラの名前を呼ぶ声がした。バッと振り返るとソコには一人の青年がいた。見た目は10代後半、背が高く顔は精端。青年の青い瞳が光に反射してキラキラと綺麗である


「……その瞳……え、アオ?」


サラが驚いた顔で名前を呼ぶと青年――アオは破顔してサラに歩み寄ってきた。


「久し振りだね、サラ」

「……うん」


本当に久し振りだ。アオはサラが子供の頃に血塗れで倒れていたのをサラが拾い、一年ほど家で面倒を見ていた子供だった。今は子供がいなかった母の兄である叔父の家に養子として引き取られて、跡を継いで狩人になっていたはずだ。公爵家の娘となって以来会っていないのだから約8年振りである。


「狩の途中?」

「そうだよ。目当てのモノが中々見つからなくてこんなに奥まで来てしまったみたい。サラはこんな所で何をしているの?」


狩人のアオが森にいるのは当たり前だが予想だにしなかった再会にサラは少し怯む。アオの格好は麻の服の上に簡単な防具をつけてマントを羽織るという平民がよく着るシンプルな狩装束。むしろワンピースに普通の靴でこんな森の奥にいる自分の方が不審者だろう。案の定アオに突っ込まれてしまった。


「あ~その……お散歩?」

「公爵家令嬢がお供も付けずにこんな森の奥を?」


アオの指摘にぐっと言葉に詰まる。デスヨネー。


「……もしかして逃げてきたの?」

「……」


アオの質問には答えず周囲を見渡すサラ。追っ手が来るかもしれない今、早く逃げなければいけない。さてこの青年をどうしようか。


「俺も着いていっていい?」

「……へ?」


予想外な言葉に間抜けな顔になったサラの手をアオが優しく持ち上げる。


「あちこちに傷がある。もし誰かに襲われたなら君は俺に助けを求めるはずだよね。それをしないという事は、君は君の意思でここにいるんでしょ?」


道なき道を走ったせいで露出した肌に小さな擦り傷がたくさんあり、服もほつれている。とてもじゃないが公爵令嬢には見えない。


「あれから俺強くなったんだよ。きっと君を守れるから。ね?だから連れていって?」


すがるようにサラを見つめるアオの瞳を見つめ返す。あれからとは恐らくサラが公爵家に引き取られた時だろう。あの時はドンドン小さくなっていくアオの泣き顔を馬車の中から見続けるしか出来なかった。自分の名を呼ぶ叫び声もすぐに聞こえなくなり、別れが悲しくて母に抱きついて泣いたのを覚えている。


今のアオにはもうあの頃のような幼さはなく、魅力ある青年へと成長していた。元々何をさせでもって優秀だったアオのことだ、きっと優秀な狩人になったのだろう。着いてきてもらえればとても心強い。だからこそ――


「連れていけない」


連れていく訳にはいかない。万が一失敗した時に父達かアオをどうするかわからないから。


「……どうしても?」

「ごめんね、アオ。でもありがとう」

「そう……」


そう言うと俯いたアオ。心の中でもう1度謝罪して踵を返そうとしたサラだったが、掴まれた手に力を込められてかなわなかった。


「痛っ!……アオ?」

「……また僕を置いていくんだ。置いていかれるのはもう嫌だ。それ位なら――」

「え?今何て言――」


俯いたままのアオの言葉が聞き取れず聞き返そうとしたその時。


ピーーーー!


突然高音の笛の音が森の中に木霊する。発信源はアオ。いつの間にかくわえられていた小さな笛が、遠くに散らばった狩人達が仲間内で呼びあうモノだとサラはアオに聞いて知っていた。


でも何故、今。


「……アオ、腕を離して」

「サラが悪いんだよ」

「ーーっ!?」


サラはハッと息を飲む。俯いたまま視線だけを上げて呟いたアオの瞳に先程のすがるような弱さはなく、おまけに暗いようでその奥にあるドロリとした熱い何かをもったその瞳に物凄く覚えがあったからである。とってもよく似た瞳を2つばかり知っているサラは手を掴まれているにも関わらず無意識に一歩下がろうとしてーー




「サラ」




第3者の声で足が止まった。この声は――


無口だが低く甘い声はいつも聞いていて落ち着くから好きだった。でも今は心底怖い。別に大声でも乱暴な口調でもない。むしろいつもより優しげだ。なのに怖い。サラは無意識に震える身体でユックリと振り返り、声の主を見た。


「――兄様」


いつの間にそこにいたのか、後ろに何人も兵を連れた兄が立っていた。兄、のはずだ。あそこに立っているのはサラの優しい兄。いつもみたいに微笑んでいるではないか。しかしサラは兄が怒っていれるのだと理解した。瞳が。彼の碧の瞳が一切笑っていない。


次期筆頭公爵家当主、ジャーナル・カルテラードがそこにいた。






【時系列】

・過去平民時:サラ5歳 アオ10歳

・再開時:サラ10歳 アオ15歳 ジャーナル15歳

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