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ただ今逃亡中  作者: 七
11/12

ないったらない

それは昨日の夜の話だ。珍しくカイルもジャーナルも早めに帰宅したので久しぶりの家族揃っての夕食の時。


「今日からサラも大人の仲間入りだね」


顔、能力、家柄、その他諸々全てをひっくるめて超有料物件へと成長をとげたジャーナル(19歳)が、お嬢様方を虜にしている公式仕様ではない甘さを含んだ微笑みを浮かべながらサラに話し掛けた。


「おめでとう、サラ」

「おめでとう」

「……ありがとうございます、父様、兄様」


2人に差し出された杯に向かってサラもグラスを傾ける。


今日はサラの14歳の誕生日である。貴族社会においては一人前とされ、同時に結婚相手として見なされる年齢でもある。


貴族の産まれたからには家のために政略結婚は当たり前だ。彼女達もそれはわかっている。わかった上でなお、未来の旦那様に夢見るのが乙女というもの。


商業が盛んなだけにマナーカの国民は人脈を重要視する。それ故により良い縁談を求めて正式なデビューとなる14歳になる子を持つ貴族の最初の社交界シーズンへの気合いは半端ない。特に娘の場合は息子よりも適齢期が短いために余計にパない。


と言っても当人は14歳。綺麗に着飾って緊張でドキドキしながら差し出された手を取るその初々しさはこの時期特有のモノで、周りの大人達は微笑ましそうに見守るのが通例だ。


あの緊張を隠せずぎこちなく笑う令嬢も恥ずかしくて俯いちゃった令嬢も、1年後には隙のない笑顔を身に付けてこのきらびやかで油断ならない世界を立派に渡り歩いているのだろう。


そしていつかはウチの奥さんみたいになるのだと思うと時の残酷さに涙が……あ、嘘です冗談です。今日の笑顔も素敵だよハニー!


と、自分の妻の14歳の頃を思いだしては遠い目になる夫と笑ってない笑顔で「あなた?」と言う妻の夫婦のやり取りもこの時期特有の風物詩だ。ビクッとなった夫が妻のご機嫌を取るまでがワンセットである。


勿論小さな新人淑女達だってただドキドキしているだけではない。チラリと然り気無くかつシッカリと相手の顔、能力、家柄、釣り合い等を瞬時に計算し結婚相手として有りか無しかを天秤に掛けるたしなみ位は装備済みだ。当然相手からの値踏みもあるので淑女スマイルで華麗にスルーする。取り敢えず値踏しているとわかるような視線をよこす相手は大きく減点だろう。


こんな感じでマナーカの貴族にとって14歳とは超ビックイベントなのである。


結婚かぁ。サラもチョット想像してみた。

人前で着飾って?男性の手を取り?ニコリと微笑む?


……うん、邪魔が入る以前にまずそんな状況にさえなれる気がしない。引きこもり(強制)歴4年ともなると安定の中堅クラスである。


本人は至って健康優良児ではあるが、対外的には病気のために自宅療養となっている。元平民とはいえ公爵家現当主と次期当主が義理の娘を溺愛しているのは周知の事実であるので、巧くいけば甘い汁が吸えると考える貴族からのお見舞いという名のご機嫌伺いは後を絶たない。絶たないがそれらがサラに届くことはない。身分が低ければ家令の所でストップするし、身分的には釣り合う家名でもカイルが一瞥してグシャと握り潰すからである。ご機嫌伺いをしてご機嫌を損ねるというこの残念感。見舞いリストを制作した公爵家の家令が「小物を選別するのに役に立ちます」と喜んでいた。


ある程度目端の利く人間は我が身を守るためにサラには関わらない。目端が利き、かつ野心のある人間はサラに興味を持つものの屋敷から出てこないために手が出せない。


因みに公爵家に忍び込むというある意味囚われのお姫様を救い出すような乙女な展開も、カルデナート公爵家が相手ではヒーローではなくただの不法侵入した自殺願望者となる。


よって、空気を読める人間はサラに対して沈黙を守る。


連れ戻されてから今までその手の縁談話題が一切上がらなかった。義理とはいえ仮にも公爵家の令嬢に14歳まで婚約者すらいないなんて有り得ない話だ。


超豪華で頑丈な檻の中でヒーローも来ないまま、まさかの14歳を迎えてしまった。


これまで誕生日がきて14歳が近付く度に「おいおい」「まさかねぇ」「え、マジで?」と思っていたのだがどうやら彼らは本気でサラを公爵家から出す気は無いようだ。出自が低いために正妃は無理でも側妃なら余裕でトップを狙える権力と財力があるにも関わらず、そうでなくても人脈を広げる有効な手札なのは間違いないのにその手札を切る気が無い。むしろ手札自体見せる気も触らせる気もない。


コレはやっぱりアレか、公爵家の皆の言動から鑑みるに生涯独身ってことなのだろうか。


……マァ素敵☆


サラの計画では未来の旦那様を騙s…ゲフン、脅s…ゴフン、丸め込m…ゴホゴホッ、あー話し合う?そう、お話し合いをしてコッソリとパン屋を開こうかと企てていた。サラにパン屋の夢を諦める気はない。まさか貴族の奥さんが顔を晒してパンを焼いているとは思うまい。


が、それもめでたく(?)政略結婚したらの話である。え、じゃあ兄様にお嫁さんが来ても私は公爵家ここにいるの?それって小姑ってこと?嫌すぎる!


「あぁ、そうだサラ」


小姑は嫌~!と悶々と食事をしていたサラにジャーナルが話しかけた。


「結婚する事にしたから」


顔を上げたサラにジャーナルは天気の話でもするように実にサラリと言った。今まさにその事を考えていたサラは驚きで目を見開いた。そんなサラをおかしそうにジャーナルが笑う。


19歳にもなるのに婚約者すら作らなかった公爵家の長男であるジャーナルは、目下最高の結婚相手として王家やはては隣国の王女などから毎日大量に縁談が持ち込まれている。しかしその全てをジャーナルは断っていた。


ある時などこの国の第2王女にお茶会へ誘われてスッパリ断って帰宅してきた事すらある。理由は勿論サラと会う時間を削ってまで王女に会う必要性を感じなかったからだ。王女様の誘いを断ったと聞いたサラは戦慄した。ジャーナルが義理の妹を溺愛しているのは周知の事実。いやー!私のせいじゃないですからね王女様、恨まないでー!と心の中で力一杯叫んだのも1度や2度ではない。


その兄の結婚となると先程の小姑問題がリアルになってくるが、待てよとサラは考える。取り敢えず兄が結婚しないと妹であるサラの結婚も無理だし、奥さんが出来たら今までの妹への執着が奥さんに移ってシスコン度が減るかもしれない。未来の義理の姉には申し訳ないが深い愛を持って兄様の重い愛を受け止めてもらおう。


そうなると敵は父様1人だ。いや、1人だって魔王レベルには変わりないんだけど。魔王が2人いるような無理ゲーよりは遙かにマシだ。そしたらサラも説得して結婚するなり2度目の脱走なりしてこの家を出れる可能性も上がる、かもしれない。魔王が2人いる今現在その可能性すら皆無なのだから0%でないだけ上等だろう。よし、いいかも。


「まぁ、そうなのですか?それはおめでとうございます兄様。お相手はどなた?」


さっきとはいえ打って変わって小姑バッチコイとばかりにジャーナルに笑顔を向けるサラ。マナーカ第2王女様?それとも隣国の3番目のお姫様かしら?どちらも兄にお熱だと聞いている。


「君だよ」

「……え?」

「僕のお嫁さんは君だよ、サラ」


……はい?


サラは意味が理解できずにしばらく微笑んでくる兄を見つめ、ジワジワと心の中で警鐘が煩くなるのを自覚しながら父に顔を向けた。やっぱり微笑まれた。


「……父様?」

「やっとサラが結婚出来る年になったからな。ジャーナルと婚姻の誓約を結んでおけば少しは私も安心だ」


婚姻の誓約とは、その証としてお互いを縛る魔術である。貴族の婚姻でしばしば見られるもので、誓約内容は様々だ。特に上位の家のが下位の家により重い誓約を付けることが多い。


今でさえ物理的に縛られているのにこの上更に魔術の誓約だと?0%どころかマイナスになるではないか。


「でも、私達は義理とはいえ兄妹ではーー」

「サラは公爵家の籍には入ってないから問題ない」

「………え?」


戦乱でもなく政治が安定している今、血を守るために禁止はされていないがマナーカでは余程の事情がない限りは親近婚の許可は下りないことになっている。それは義理の兄妹にも当てはまる。だがカイルは予想外の事を言った。


ーー籍に、入ってない?


「カロリーナが嫌がったからな。サラはカロリーナの娘のままだ。カロリーナが死んでからは私が後見人となっているがそれはジャーナルとの婚姻に何ら差し支えはない。これでようやく本当の娘になるな」


嬉しそうなカイルの言葉をゆっくりと理解し、まさかの事実にサラは固まった。それはカイルの執着を知ったサラ母がせめてサラだけでも逃げ出せる可能性を残そうと願ったものだった。しかし今ここでソレはとてもよろしくない事実となる。サラとジャーナルとの婚姻に支障なく許可が下りてしまうということだ。やや倫理的に問題があるかもしれないが、そんなモノはカルデラード家の威光をもって簡単に黙らせることが出来るものだろう。しかも当の本人であるサラは現在引き籠もり。きっとこのまま続行だろうから外との接触は皆無。カイルとジャーナルが黙するだけでこの話は終りだ。終ってしまうのだ。


「サラ」


いつの間にか呆然とするサラの横にジャーナルが立っていた。見上げるとツィッと頬を撫でられる。


「……兄様」

「君が14歳になるのが凄く待ち遠しかったよ。王女と結婚するんじゃないかって心配した?ふふ、そんな事するわけないじゃないか」


ネットリ執着型のカルデナードの人間が“唯一”を見つけているのに他の人間と結婚するなど有り得ない話である。きっと実の兄妹であっても結果は同じだろう。カルデラードの血の前に倫理などない。それは過去の記録で実証済みだ。


が、近親婚が禁止されている元平民のサラが納得出来るかと言われれば出来るわけもなく。


「もうすぐ建国祭で父さんも僕も仕事で忙しいから、婚姻の儀式はその後しようね」


サラの唇に触れながら楽しみだねと笑う兄にサラは何も言わなかった。ただ無言で静かに決意したーー


よし、逃げよう


ーー2回目の脱走を。


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