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「ねぇ先生、このぬいぐるみ……」
次の日、ジュンくんはボロボロになったぬいぐるみを持って保育園へとやってきた。
元々はフワフワしていて抱き心地が良かったであろう、うさぎのぬいぐるみだ。
確かジュンくんの家ではゴールデンレトリバーを飼っていたはず。力の強いレトリバーがぬいぐるみで遊んでいるうちにボロボロにしてしまったのだろう。ぬいぐるみは破け、綿が飛び出していた。
私は裁縫は得意なほうではあったが、うさぎのぬいぐるみはそれでもどうにもならないくらいに無残な姿になっていた。
「ウサギさん、怪我しちゃってるね」
「うん」
ジュンくんは短く答えた。
彼は残念そうな顔ひとつ見せなかった。
きっと先生ならどうにかして直してくれるはず、と期待されているのだろうか。どうすることもできない私はジュンくんに謝ることしかできなかった。
「ごめんね……先生はお医者さんじゃないからそのウサギさんを助けられそうにないの、ごめんね」
しかし、彼は泣き出すどころかにこっと笑ったのだ。
「ぼくがお医者さんになるよ」
確かにジュンくんは手先が器用で、工作もお手の物だ。
しかし、いくら彼でもこんな状態のぬいぐるみを直すのは不可能なはずだ。
「きんきゅー手術をはじめます、道具を準備しまーす」
そう言って彼が持ってきたのは、昨日のあの画用紙だった。
作りかけのキリンの貼り絵。
「移植しま~す」
彼は全く躊躇いを見せず、うさぎのぬいぐるみから飛び出した綿を引きちぎった。
そしてキリンの貼り絵の尻尾の先にペタペタと貼り付けていく。
“緊急手術”をしているときの彼の表情は私が今までに見たことのないものだった。
いつも無表情で、笑っても少し口角を上げて愛想笑いする程度だったジュンくん。友達と遊ぶことも滅多にないし、発達障害の疑いがあるのではないかと考えていた。
しかし、目を輝かせて無邪気に笑いながら綿をちぎっては貼りつけている彼の表情はまさに周りの園児たちと同じ、子供そのものの心からの笑顔だった。
ただ、周りと違うのはその行動。
通常、ジュンくんと同じくらいの年齢の子供なら、人形やぬいぐるみを「お友達」として大切にしたり、それらに自ら人格を与えてままごとをしたり、まるで生きているかのように接する子供が大半なのだ。
大人から見ればぬいぐるみはただの柔らかい無機物だが、子供から見るとそうでないことを保育士の私はよく知っている。
しかし、ジュンくんは屈託のない笑顔でぬいぐるみの綿を引きずり出し、ちぎった。
彼は私たち大人と同じように、ぬいぐるみを「命を持たない無機物」だと認識しているのだろうか?
とにかく、私はその明るすぎる表情とは裏腹の残酷な行動に及ぶ彼に少し恐怖を感じた。
しかし、もう使い物にならないであろうぬいぐるみを“移植”と称してキリンの貼り絵を完成させた彼の素質に、憧れに近い感情を抱いたのもまた事実だった。