事実
低く地響きにも似たような音が遠くで聞こえる。
甲高い声が聞こえる。
地響きと思われた音は「ダダダ」という連続した破裂音に聞こえ始め、甲高い声の正体は女性だというのも解った。
その刹那、彼女はダダダという音が無条件に機関銃の発射音に思えその身を跳ねあげた!
咄嗟に一〇〇式機関銃短銃を構え辺りを伺う。
猫のような目をしたオカッパ頭の女性と思われる人がこちらを伺っている。
シルクハットを被っているが眼鏡をツバの上に巻き付けている。敵か?と一瞬思ったが殺気が感じられないのでその心配はなさそうだ。
改めてその彼女のなりを用心深く伺う。
頭は先程述べた通りだが髪の毛がなぜか白髪だ。だが老婆ではない。歳頃の女性と思われる。
首から下はまるでコナンドイルの小説の挿絵みたいな感じだが所々に装飾が施され非常に豪華絢爛な雰囲気を醸し出している。
腰から下もそんな感じだが、南方で着るような防暑服のように丈が膝の所までしかなく、そこから先はタイツになっており、靴は道化師が履くような感じで先が反り上がっていた。
「オネーさん気分はどう?大分寝てて夜になってるけど」
香奈が一〇〇式機関短銃を構えた女に話しかけた。
「私は…一体…」
彼女は機関短銃の銃口をようやく香奈から下ろした。
「大丈夫?」
香奈は手を伸ばしながら彼女に話しかける。
その手には指輪のようなものがこれでもかと言うほど付けられていた。爪にも何らかの装飾が施されている。
「香奈。お客さんが起きたの?」
奥の方から作業の手を休め沙織が出てきた。
声のする方に顔を向けるとミシン台がチラリと見えた。
先程、機関銃の音と勘違いしたのはミシンの音だったのか。
彼女は安心しきると落ち着いて辺りを見渡した。
壁には所狭しと洋服が掛けられており余り広くない室内にも装飾品の類と思われる物が陳列してあった。
「ここはどこ?」
思わず彼女は呟いてしまった。
「ここは裏原だよ」
香奈が元気よく答える。
「ウラ…ハラ…」
「あれ?おねーサン。そんな格好してるのに裏原知らないの?」
香奈がイタズラっぽく返す。
「香奈。そんな言い方しないの!ごめんなさいね。裏原ってのはここら辺の地名の愛称で住所で言うと神宮前ね。そしてここは私達のお店のなか。」
「そうですか」
彼女は少し力なく答える。
「ねーねー。おねーサン。その鉄砲見せて!」
香奈が興味津々に一〇〇式機関短銃に触ろうとした。
彼女は危険を察知し反射的に機関短銃を香奈から遠ざけた。
香奈がキョトンした顔をする。
その表情を見た彼女は少し悪い事をしたような気がしたので、弾倉を抜いて香奈に百式機関短銃を渡してあげた。
「うぉー!重ーい。しっかしリアルだなぁ」
香奈は珍しそうにそれに見入っていた。
それにしても彼女には合点のいかない事があった。
ここが日本で神宮前という事が解ったのだが戦時下でこのような商売ができるのか?しかも若い女性ふたりで。
それと道いく人々。日本とは思えない大量の自動車。
そう思っているとラジオ放送のような音声が耳に飛び込んで来た。
その音がする方にフラフラと彼女は歩き始めた。
それを少し不安そうに香奈と沙織は見守る。
四角い平べったい板のような物にニュース映画のようなものが流れていた。
思わず彼女は息を呑んだ。
「総天然色のテレヴィジョン…?」
そう静かに呟いた。
「へ?」
香奈が気の抜けた声をあげる。
「総天然色のテレヴィジョンなんていつの間にできたんですか!」
彼女は声を荒げる。しかし香奈はキョトンした顔で
「そんなの香奈が生まれた頃からだよ」
言葉の意味も解らず香奈は適当に答える
「え!?」
大分困惑した表情で彼女は再び画面に顔を戻す。
画面にはニュースが流れているが自分がよく見るニュース映画とは明らかに違う。
確かにアナウンサーは日本で起きた出来事を述べてはいるがその内容は彼女にとっては支離滅裂だ。
食い入る様に画面を見つめる。
そのうち公共事業と思われる内容のニュース原稿が読み上げあげられた。
「つづいてのニュースです。平成30年に完成を予定していた…」
「平成30年!?」
その声の大きさに香奈と沙織は思わず肩をすくめた。
彼女は慌て外に出た。
戦時下であれば夜間は灯火管制が行われていて真っ暗なハズだが、街並みは光で溢れ家々の窓には明かりが灯り一家団欒の楽しそうな様子が伺える。
まさかとは思うが彼女はこの事実を受け止めなければならなかった。
そう、未来に来たという事を…。