さびしくない?
ニコテスは初のイベント開催に向けて大きく舵をきった。
とは言えいつもと大きな変わりがある訳ではない。
少し変わった事と言えば沙織がイベントなどの打ち合わせで店を留守にする事が増えた位だ。
トメに関していえばいつも通りに縫製の仕事を黙々とこなすくらいだ。
香奈は通常業務の合間にせっせとお得意様に向けてイベント用の招待状を書いている。
トメは自分の受け持ちの作業にメドがたつと香奈の作業を手伝う。
二人ともテーブルに向かい特に喋りもせず淡々と作業を進めて行く。
するとハタと思い出したかの様に香奈がトメに話しかけた。
「ねぇ、トメさん。やっぱり昔に帰りたい?」
「どうしたの?突然」
トメは困惑気味に香奈の問いかけるに答える。
「私、おかーさんの顔知らないんだ。親戚とかもいないし、気が付いたらオネーちゃんと暮らしてたんだ」
「そうなの…」
正直、トメは香奈の生い立ちを沙織から聞かされているので別段驚く事ではなかったが、実際に香奈自身の口よりそれを聞かされると香奈の底抜けに明るい表情の影を見た様な気がした。
しかし、香奈は沙織とは血が繋がって無い事はまだ知らないようだ。
トメは心の奥底にある物をいったん飲み込むと
「沙織さんとの生活は淋しい?」
そう優しい口調で話しかけた。
「淋しく無いよ!」
勢いよく首を横に降る香奈。
「とっても楽しいよ!毎日洋服に囲まれて何だかずっと夢の中にいるみたい!」
「解るわ」
「トメさんは?」
「私?」
「本当に淋しくないの?お友達とかと会いたくならない?」
香奈が心配そうな目でトメを見つめる。
トメは一度軽い溜息を吐くと香奈を見つめ直した。
「香奈さん。私はスパイなの。小さい頃からスパイになる為の教育を受けて来たわ。だから友達とかいないの…」
「え…」
「今の人達からすると私の人生って考えられない位窮屈なものかも知れないわ。でもね、私が盗み出す情報で何万人もの人の命が救われると思ったら寂しいなんて言ってられないわ」
香奈は改めてトメが現代に生きている人間ではない事を悟る。
香奈の少し青ざめた顔を見るとトメは慌て
「あ!ゴメンなさい!いけない私ったら!香奈さんに飛んでも無い事言ってしまったかしら?」
そうまくし立てた。しかし香奈の方はいくぶん焦点の合わない目線で「大丈夫、大丈夫」と言うだけだった。




