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補足・ないしは蛇足「なぜ江戸しぐさは受け入れられたのか」

 江戸時代において、豊臣秀吉や安土桃山時代は人気がありました。

 徳川幕府はなんども豊臣人気を押さえようと画策していたようですが、それでも豊臣秀吉は講談や浮世絵のネタになってきました。現代に伝わる秀吉のひょうきんなキャラクターや立身出世譚の多くは江戸期に作られたものと言っても過言ではありません。

 でも、皆様もご存じのとおり、豊臣秀吉の治世の末期はそれはそれはひどいものでした。粛清に次ぐ粛清によっていろんな人が割を食ったこと。大名たちの膨張主義に有効な手を打つことができす、海外への出兵という形を取るしかなかったこと。その結果、豊臣政権下の庶民たちがあえいでいたこと……。当時の史料を見ると、豊臣政権への不信感や不満がところどころに噴出していたことが分かります。

 ではなぜ、江戸期に入って秀吉は人気キャラになったのでしょうか。

 たぶんそれは、「我々が忘れっぽい生き物だから」でしょう。

 十年ほど前から昭和ブームが凄いですね。高度成長期の日本を描いた作品や物などが懐かしさをもって紹介され、「あの頃はよかったなあ」と顔を緩めるようなあれです。でも、実際には高度経済成長期の日本は「あの頃はよかった」などと言える時代ではありませんでした。交通事故による死傷者数が統計史上一番高く「交通戦争」とまで表現されたのはこの時代です。また、三億円事件といった物騒な事件も起こっていますし、七十年安保闘争から派生した安田講堂立てこもり事件やあさま山荘事件などもこの高度経済成長期を締めくくる事件だったといってもいいでしょう。また、高度成長に伴う地域の自然環境の破壊や、公害の発生などもこの時代に起こった社会問題です。

 でも、我々はいともたやすくこれらのことを忘れてしまいます。いや、もちろん言葉としては覚えていることでしょうが、実感がどんどん薄まっていくというべきでしょうか。

 そして、目の前にある現実というのは常に辛いものです。だからこそ、人は過去を懐かしむのです。実感の薄まった、いいことだらけの過去に。

 ある意味、現代の江戸時代に対する憧憬というのは、昭和ブームと同じ構造を持っています。

 現代社会というのは、明治維新に端を発する政治体制からスタートしている社会体制です。なので、その一つ前の政権、すなわち江戸時代が素敵に見えるのかもしれません。

 でも、江戸時代だってひどい時代でした。最近では「JIN」によって正確に描かれましたが、病気に対する基礎知識はおろか、そもそも衛生観念すらも希薄な時代でした。流行病や火事が多く、その結果多くの人が命を落としました。そうして減った人口は、江戸に夢を求めてやってきた地方の人々によって補填され、江戸という町は回っていました。日々多くの命を飲み込みながら。そしてこの地獄絵図は都市部だけのことではありません。農村部にあっては飢饉の危険は常にあり、食うに食えなくなった農民たちは土地を捨てて都市部へ流れていく……。江戸時代とて、決して生きやすい時代ではありませんでした。

 江戸しぐさというのはまさに、忘れっぽい我々人類が過去に作り上げてしまった幻のユートピア、虚構の江戸時代の上に乗っかった、実体のない砂の城なのです。


 拙作「そして予定調和へ」の中で考古学者である語り手に、筆者はこう語らせています。


「理想郷的世界など過去には決して存在しない」


 そして、その語り手は最後にこう締めています。


「我々が未来に向かって夢想し作る世界こそが、我々の考える理想郷的世界に他ならない」


 江戸時代に、我々の求めたユートピアなんて存在しない。

 我々の求めるユートピアは史上どこにもないがゆえにユートピアなのです。そして、我々が希求するユートピアは未来にしかないのです。

 そして、過去にしがみついていても、素敵な未来はやってきません。素敵な未来というのは、常に現代人である我々が勝ち取るものだからです。

 だから。

 グッバイ、江戸しぐさ。


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