3、江戸っぽくない江戸しぐさ
江戸しぐさへの疑義は他にもあります。
この江戸しぐさ、全然江戸っぽくないんじゃない? という指摘が結構あるのです。
よく言われるのが、「時泥棒」という概念。江戸っ子は他人の時間を盗むのを嫌い時間の約束は必ず守った、とされるものです。でも、よくよく考えてみれば、正確な時計もなくそもそも不定時法が支配的だった江戸時代に、「時間に正確に」なんて考えが存在するはずがないのです。
実を言うとこの手の批判は他の皆さんがかなりなされているので、あえてわたしが指摘するまでもないのですが、ちょっとわたしが思うところを一つ。
江戸しぐさに、「三脱の教え」というものがあります。江戸っ子は、初対面の人の年齢、職業、地位の三つを問うたり詮索することはなかった、というものです。
ええ、思わずコーヒーを吹いちゃいましたよ。
これを考えた人は、間違いなく江戸時代を誤解しています。
どういうことかというと、江戸時代にあっては、人々の「年齢、職業、地位」についてはある程度当て推量できたんです。
その秘密は、髪型。
江戸時代人たちの髪型はけっして自由とはいきませんでした。大きく分けると、髪の毛のサイド(鬢といいます)を膨らませた町人髷と、撫でつけていた武家髷に大別できます。また、医者や学者など特殊な立場の人は髪の毛を剃ったり髪の毛全体を撫でつけたり総髪にしたりして、区別が出来るようになってました。ちなみに女の人の場合だと、髪の結い方でその人の結婚歴や配偶者の有無、年齢まではっきりしちゃうことがありました。
そして、ここからが重要なのですが。
なぜこんなにも髪型が細かく決まっていたかというと、それは江戸時代という時代が身分社会だったからです。江戸時代も後期になればずいぶんと緩んではきますが、江戸時代を通じて武士は特権階級として存在しました。武士には(行使にめちゃくちゃ煩雑な事務手続きが必要でしたが)切り捨て御免すら認められていたのです。当然、江戸時代の人々は相手がどういう人物なのかを飲み込んで付き合っていたに違いありません。そのために、武士には武士の、町人には町人の髷の結い方が存在したわけです。(あと、江戸っ子たちが武士の野暮を嗤う意味もあり、どんどん町人たちの格好が華美になっていったという事実も見逃せない点です)
江戸時代という身分社会にあっては、相手のキャラクター以上にその背後にある身分に着目しなくてはなりませんでした。それゆえ、「年齢、職業、地位」を気にしない、なんていう「三脱の教え」なんてあろうはずもないのです。
もしかして、これを考えた人は江戸時代をユートピアか何かだと思っているのでしょうか……。