2、「傘かしげ」にみる定義からの矛盾
個別に見ていくと分かりやすいので例を上げていきたいと思います。
まず挙げるのは、「傘かしげ」。
雨が降っていて傘を差していて狭い道などですれ違う際に、傘を少し倒して相手のための道を作ってやる。そして、相手方も同じ動作をして譲り合うようにして通行するというものです。
まあ確かにエレガントな所作でありますね。かく言うわたしも雨の日、狭い道ですれ違う際にはそうやってすれ違っています。
ただ、この傘かしげ、一つ問題があるのです。
相手もこのしぐさを知らないと、あまり効果的ではないのです。相手が傘をそのまま差してきてしまっては、いくら傘をかしげても通りづらいことに代わりはありません。このしぐさにおいて大事なのは、「お互いにこのしぐさを知っている」ことが前提になるのです。
さて、ここで江戸しぐさの定義の登場です。NPO江戸しぐさによれば、江戸しぐさとは「江戸商人のリーダーたちが築き上げた、上に立つ者の行動哲学」です。つまり、江戸しぐさとは商人の内でもごく一部しか知らない哲学だったということです。ということは当然、江戸時代においてこのしぐさのことを知っているのはごく一部……。
つまりですね、傘かしげという江戸しぐさが役に立つときというのは、自身が江戸しぐさを知っているのはもちろんのこと、向こうも江戸しぐさを知っている状態ではないと発動しない、とんでもないレアケースな瞬間なのです。具体的には、こちらも「江戸商人のリーダー」で、あちらも「江戸商人のリーダー」である、という場合です。でもそれって、それこそ江戸商人たちの寄合の帰りくらいでしか使いどころのないしぐさですよね。
こんなしぐさ、考案したところで誰が使うのだ、ということになりますよね。
それに、傘を傾けあってもすれ違うことのできない狭い道では、そもそもこのしぐさは役に立ちません。江戸という町にはそれこそ人一人しか通れないような隘路がたくさんありました。そんなところでは、傘をかしげたくらいではすれ違うことは叶いません。
つまり、傘かしげとは、
①まあまあ狭い道で
②お互いに江戸商人のリーダーがばったり出会い
③雨の日にすれ違う時に
しか発動しないレア技ということになります。
はてはて?
おかしいな、という話、その一です。