後編
湿り気を帯びた風がだんだんと強くなり、外は台風が来る直前のようだった。
「領事館までは、その道を真っ直ぐに進めばたどり着ける。」
「ありがとうございます。エリマキトカゲのけいじさん」
「まぁ、あれだ。無事に帰れるといいな」
妹のレイカの手を握って、警察署を出る。
通りには風貌の怪しい動物擬きが奇異なものを見る目で此方を見ている。
領事館には、日本国旗が揺らめいていて、門はしっかりと閉ざされていた。
「なんだ小僧。領事館に用事があるのか」
「はい。パスポートを無くしてしまって」
「それなら、裏に回れ。こちらは今工事中で入れない。
警備員はまるでチワワだった。
迫力はないが、妙に不気味だった。
「すみません」
「なんだ。もう終業三十分前だ。やっかいごとは明日にしてくれ」
予想に反して、領事館の受付は人間だった。
「あの、パスポートを無くして帰れなくて困っています」
「なんの冗談だ? お前らが密入国者ならパスポートなど持っているはずないだろうが」
「妹と2人で祝日の国来ました。狸のひとさらいに見つかって」
「まてまて、面倒ごとは沢山だといっただろう。女王陛下の口癖を知らんのか」
子供と見るや否や、軽くあしらおうとしているのが分かった。
「僕たちはただ、帰りたいだけなんです」
レイカがぎゅっと僕の手を握るとどんな事も怖くは無くなった。
「くそ、仕方ないな、パスポートを再発行する。まずは、お互いの名前を思い出す。」
「大丈夫。覚えています。」
「あとは帰るべき家がどこか、しっかりと念じる事だ。」
帰るべき場所は、きっと父と母がいる場所で、引っ越す前の家でも、新しい家でもない。
帰りたい。
「オッケー、じゃあゲートを開くから、さっさと帰りな」
自動ドアが開くと、そこは空港に繋がっているようだった。
「ありがとうおじさん」
「おじさんじゃないお兄さんだ、クソガキ」
口は悪いが、そんなに悪くない人だ。
一歩踏み出すと、飛行機の轟音が響いてくる。
「どうしたの? 2人してこんな場所で眠り込むなんて」
妹と僕は、トイレの入り口にあるわずかなスペースで目を覚ました。
2人して顔を覗きこみ、戻ってきたことを実感する。
「お母さん、おかえりなさい」
「おかえり」
今までの緊張がほぐれてようやく笑顔のやり方を思い出す。
「まだ、夕飯も食べてないなら、ファミレスにでも行く? 」
その答えはレイカも僕も一緒だった。
「とにかくお家に帰ろう」
「そうね。じゃああそこで寝ているパパを起こして帰りましょう」